25.十六歳の原付
正月明け、粉雪の舞う吉日。
冬休み終了を二日前に控えたこの日、俺は運転免許センターに来ていた。目的は『原付免許』の習得だ。
この免許は16歳以上から取得可能。実技試験はなく最短1日、三時間程度で即日交付されるからな。
昨年10月に高一の誕生日を迎えて以降、年齢条件は満たしていた俺。正月休み中に両親を説得し中古の原付も購入している。長年大事に貯めていた信頼残高とお年玉貯金が火を吹いたぜ。
なんで原付使うのかと言えば、通学の身体的、時間的負担を少しでも減らすためだ。いうて自転車でも毎日片道20分程度の道のりなんだが、コンディション管理って毎日のチリツモだからな。
運動不足の小学生なんかは通学でしっかり歩く事が推奨されているから高校球児だって日々の自転車移動がトレーニングになるんじゃないかと考える人もいるが、俺はその意見には否定的だ。
トレーニングって手に入れたい能力に特化した内容で組んでいくべきだし、疲労を抜くためのリカバリーとのメリハリが大切だからね。
今までも、トレーニング以外の不要な疲労を減らすため、基本教科書は全部学校に置きっぱにして弁当と授業内容をメモしたルーズリーフ数枚位しか入ってない鞄で通学するなど工夫をしていた。ただ、野球バッグって結構重いからな。今回の原付導入によって日々のリカバリーをさらに充実させる事が出来るだろう。
「すみません、隣よろしいでしょうか」
「はい、どうぞ……って、あれ?冬雪先生?」
「えっ……あ、もしかして湊くんですか!?」
交付を待つ間に隣に座ってきたミディアムヘアのスレンダー高身長美人は八幡高校の養護教諭、冬雪六雪先生だった。
入学早々、保健室の設備を確認しに行った時に面識が出来、投球練習中に指にマメが出来た時にも何度かお世話になった事がある。
マメが出来たまま練習を続けるとすぐ潰れてしまい、激痛が走るんだ。
だからマメを作らないのが第一で、俺の場合だとスイングスピードを上げる目的でバットを振る時なんかはサッカーのキーパー用手袋を使うなど対策をしているんだけど、ピッチングはどうしても素手になるからな。
130キロを超えるボールを投げていると強い反力が指にかかるので、どんなに注意していてもできてしまうときはある。プロ野球選手も試合中にマメが出来て降板することがある位だからね。
ちなみにマメが潰れたというのを医学的に言うと、皮膚の最も外側にある「表皮」が剥がれ、神経むき出しの「真皮」が直接外気に触れたり刺激を受けたりするようになる状態だ。凄くヒリヒリするし、完治するまで練習に支障がでてしまう。
なので出来てしまった後は、潰れる前に早く処置して回復を早める必要がある。方法としては消毒後に安全ピンなどで水ぶくれに穴を開け、内部に貯留した液体をしっかりと押し出した後、皮膚を剥がさず湿潤療法用絆創膏で保護する方法が一般的だ。
そこで保健室のお世話になったわけだな。
「湊君はどうしてここに?」
「原付免許を取ろうと思いまして。先生は?」
「私は運転免許です。もう社会人三年目なんで、色々と活動範囲を広げられたらと思いまして。」
ちなみにこの冬雪先生、『仕事はできるがプライベートは少々ぽんこつなタイプ』だと長年の勘が告げている。今も俺の事気づいてなかったしね。
「はあ……」
「どうしたんですか先生、ため息なんかついて」
「ああ、これは失礼しました。君にだから言いますが、現在校長先生から何かしらの運動部顧問をやってほしいと言われてましてね。それは理解出来るのですが、運動部経験も覚悟も無いのに顧問など一生懸命やっている生徒に申し訳ない気持ちもありまして……」
「あーなるほど」
校長の言う事もわかる。この時代、運動部の顧問って毎晩遅くまで休日返上で付き合ってたりするから、家庭持ちよりも若い独身の先生にお願いしたくなるのは自然だ。
でも、冬雪先生の言い分も尤もなんだよなあ。というか、そもそも学校の先生ってちよっと忙しすぎるよね。
何かいい案でも……ああ、あるじゃんか。
「なら先生、顧問の代わりに野球部の部長をやって頂けないでしょうか。」
「や、野球部ですか?ちょっと敷居が高そうな……」
「指導は全て竹中先生がやって下さるんです。ただ、昨年甲子園に出たとき事務処理が大変そうで、強豪校みたいに部長が欲しいって嘆いていたんですよ。」
忙しすぎて、昨年は変な記者がノーアポで取材に来た時監督不在だったりしたもんな。その辺の事情も話せば受け入れて貰えそうな気がする。
「あー……ちょっと考えてもいいですか?」
「勿論、ただ僕は先生が欲しいです」
「うぺぇ!?」
冬雪先生、プライベートは若干ぽんこつ臭がしているが、よく仕事ができるタイプだし養護教諭だから選手の怪我や体調不良にも強い。ウチとしては喉から手が出る程欲しい人材だ。
「あ、免許交付で呼び出されたんで行きますね。さっきの話、僕は真剣なんでどうか前向きに考えて頂ければ」
来てくれると嬉しいな。




