21 仕事人の技巧
古治との死闘から二日後、俺たち八幡は今、決勝戦の舞台にいる。これに勝てば甲子園、相手は県下三強のなかでも最強と名高い清美という県内の高校球児の多くが夢に見るシチュエーションだ。
一回の表、こちらの攻撃は無得点だったが、バットの芯で捉えた鋭い打球も飛んでいて一昨日に辻井と対戦した時とは違い得点出来そうな気配があった。
どうやら清美のエースの投げる球は、事前に想定していたよりも若干球威やコントロールが甘いようだ。きっと、連投による疲労が影響しているのだろう。
そういう希望を胸に迎えた一回の裏。
こちらはいきなり無死一、二塁のピンチを迎えていた。タイムをとり、マウンド上で現状確認を行う。
「で、匠からみた俺の調子はどう、ぶっちゃけ」
質問に対して、指で小さくバッテンを作る匠。
「だよなぁ……」
先日の延長戦は、どうやら俺の身体にとっても相当な負担となっていたらしい。
負荷を分散させる投球フォームを習得し関節も強化してきたおかげで肩や肘に異常はないのだが、中一日の休養日では全身の疲労が抜け切らなかったようで動きに重さを感じる。これが野球ゲームなら俺の調子アイコンは眉の下がった紫顔をしていることだろう。
まあ、炎天下で一点もやれないという緊張状態の中、重い硬球を200球近く投げ続ける経験って今までなかったもんな。関節保護のために投球練習の球数もセーブしていたし。
そんな訳で少々厳しいコンディションながら『いうて縦回転ストレートは慣れるまで打ちにくいですしおすし』、『あと試合になれば気合が入ってパフォーマンスも持ち直すかも』なんて一縷の望みをかけてみたんだが……そんなに世の中甘くはなかった。
県外強豪校との練習試合で俺と似た球質の投手と対戦した経験でもあったのか、いきなり二連打を浴び、しかも続くのは清美の誇るクリーンナップ。コンディションが良い時ならともかく、今の体調だと真っ向勝負で抑えるのは少々難しそうな相手だ。
というわけで
「仕方ない、最終手段だ。プランBでいこう」
「了解。リードし甲斐はないけど、仕方ないっすね」
そう打ち合わせ、プレイ再開。左バッターに対していつも通り左投げを選択、これまたいつも通りセットポジションからランナーを牽制しつつ投球モーションに入り、匠のミット目掛けてストレートを投げる。
ただし、サイドスローで!
「スッットラーイク」
審判が少々裏返った声でコールする。たぶん、いきなり投球フォームとボール軌道が大きく変わったことに動揺したのだろう。バッターも驚いた顔をしている。そうそう、たっぷり混乱しておいてくれ。
そしてその間にもう一球!審判の右手が上がる。
よし、これでツーストライク。
さらに続けてもう一球ストレート。
と見せかけ今度は真横に曲がるスライダーじゃい!
「ストライク、バッターアウト」
よしっ、と小さくガッツポーズ。この投げ方、試合で試したことはなく、ほぼぶっつけ本番だったがひとまずこれでワンアウトだ。
続く四番打者は右打ち。なのでこちらは両投げ用グローブをはめ替えて右投げにスイッチする。先程は左サイドスローだったが、今度は右サイドスロー。
その初球ストレートに腰がひけ、一旦タイムをとった四番打者。
それをみた相手ベンチから、『上手投げよりスピードはないぞ!』とか『俺たちはサイドスローの投手も打ち崩してきた!』とかゲキが飛ぶ。
しかし今の彼のリアクションを責めるの酷だ。何故なら、俺のサイドスローにはちょっとした仕掛けがあるのだよ。
投手には、大きく分けて二つの道がある。
一つは自分が投げやすいフォームでボールのコントロールと威力をひたすら高める王道。もう一つは打者が打ちにくいフォームとボール軌道を突き詰める邪道だ。
今までに対戦した中だと古治の辻井が前者、桝山商業のエースは後者だな。そして俺の投球フォーム、普段のオーバースローは前者だが、このサイドスローは後者に特化している。
俺は右サイドスローという投げ方を大きく27パターンに分類している。それはこの3×3×3通りの組み合わせだ。
(1)軸足がプレートを踏む位置
①左端か、②真ん中か、③右端か
(2)前足を踏み出す場所
①ほぼまっすぐ、②ややクロス、③極端なクロス
(3)腕の角度
①やや斜め上、②かなり横、③真横
かなり個人差があるが、基本的にはこの掛け算の合計が『1』に近いほどコントロールや球速アップに有利な投げ方となる。逆に『27』に近いほど一部の打者攻略に特化した『邪道投法』だ。
そして俺の右サイドスローはというと……当然『27』である。
すなわち、プレートの右端に立ち、足をさらに右側へ大きく踏み出し、真横から腕をだすことで極端な角度をつけ、右打者の背中側からボールが向かってくる軌道を実現した、対右打者専用決戦兵器。
人間の身体の構造上、頸部は60度以上回らないので一般的なスクエアスタンスの右打者なら、視界の端からボールが飛んできたようにみえることだろう。
プロ野球でも生き残るためにこの投げ方にモデルチェンジし右対右、あるいは左対左のワンポイントリリーフとして活躍した選手が何人かいる。
ちなみに、この投げ方が何故アマチュアで増えないかというと一番の理由は『逆打ちの打者にはめちゃくちゃ打ちやすい』からである。
やや身体に無理のある投げ方なので球威やコントロールには劣る上、左対右とかだと出所が見えやすく、しかも打者に向かっていく球なので簡単に打たれてしまうのだ。
「だけど俺は……両投げ投手じゃい!!」
プレイ再開とともにそう言いながら投げ込んだのはサイドスローと相性抜群のスライダー。バッターの腰が若干引け、手打ちになった打球を真田先輩が捌きダブルプレイでチェンジだ。やったぜ!
「なんじゃそりゃー!でもナイスピッチ!」
「正直びっくりしたよ!でもナイスピッチ!」
ベンチに帰ると、ニックや細川が笑顔で出迎えてくれた。とはいえ、この回のスリーアウトは出来過ぎだな。このままいけるとは思えない。
長いシーズンを戦う上で自分のフォームを崩すことを嫌うプロの打者と違い、この試合に賭ける清美の打撃陣が今後どこかでこのサイドスローに特化した打ち方をしてくる可能性は高い。角度を合わすために、オープンスタンスから引っ張るとかね。
また俺が最終的に目指しているのはあくまでも本格派の大投手なので、サイドスローの習熟度だってオーバースローよりもずっと低いのだ。故に今後、四死球を出したり甘いコースをヒットにされる可能性は高い。
確信がある。俺も向こうのエースも弱体化しているこの試合は、準決勝とは一転して間違いなく荒れる。打って打たれての点取り合戦になるだろう。つまり、この先はーー
殴り合いじゃああぁぁぁー!!!
次回、明日投稿予定です。




