20.5 乾坤一擲の勝負
0ー0の十三回表、無死一塁二塁。
バッターボックスには九番打者の一年生投手。
試合の佳境ということで古治野球部監督の小野は、一旦タイムをとって選手を集め伝令を出した。指示はバントシフト、三塁でアウトをとることが出来れば、試合の流れは一気にこちらへと傾くという確信があったからだ。
それにしても今日の辻井は神がかっている。限界を迎えていてもおかしくないのに、気力が充実し『精神が肉体を凌駕している状態』になっていた。
それに引き立てられ、周囲のパフォーマンスも上がっている。相手の一年生投手も恐るべき相手だが、流石にガス欠気味で、次は高確率で得点を奪えるだろう。
もし万一、バント成功からスクイズなどで一点を取られても、こちらはかならず得点するという発奮材料に、逆に向こうには勝ちがチラつき重いプレッシャーがかかる。今日、後攻をとっておいて本当に良かったと思う小野。
バッターボックスに立つのは湊鴎賀。
本日初めて左打席に立ち、オープンスタンスで両足のつま先は遊撃手側に向けた状態でバントの構えをとった湊。左投手を打つには不利と言われる左打席に立ったのは、おそらく一塁へ一歩でも近づきたいからだろう。それを見た小野はーー
「若さがでたな、一年生」
そう呟く。
この場合、同じバントでも小野としては右打席に立ちセフティ気味にされるほうが嫌だった。守備側としてはどうしてもヒッティングの可能性がチラつき、大胆なバントシフトを取りにくくなるからである。
「これなら送りバントと決めつけて猛チャージがかけられる。いけお前ら、三年間厳しい練習をつんで身につけた古治のバントシフトを見せてやれ」
そう念をおくる小野。
左利きの一塁者が猛チャージをかけると同時に、辻井は三塁側に転がしにくいインコースへと速球を投げ込みその勢いのまま打者へ向かいダッシュする。セオリー通りの完璧なバントシフトだ。しかも一塁手と投手、どちらもバント処理するのは左投げ選手であるため三塁に送球の際は反転する必要がない。
つまり、コースに逆らって球の勢いを殺しつつ三塁線の絶妙な場所へと転がさなければ三塁でフォースアウトが取れる。これはバントを狙う打者にとって凄まじいプレッシャーになるはずだ。
対する湊は突っ込んでくる一塁手をみてバットを引き
一度引いたバットをボールへ勢いよく叩きつけた!!
「こっ……!ここでバスター?!」
そう、これは一度バントの構えをして相手野手を釣り出し、そこから急にヒッティングに切り替えることで安打を狙う『バスター』という奇襲戦術だ。
まさかこの場面で打ってはこないだろう、という場面。だからこそ深々と突き刺さる奇襲。守備の裏をかいた打球は、突っ込んできた一塁手の横を抜けライト線へと転がっていった。
「嘘だろおい!??!」
スタンドから悲鳴にも似た歓声があがる間にバックホームが僅かに逸れ、二塁ランナーがセーフになる。その間に真田と湊も次の塁をおとしいれ一点が入った上に無死二、三塁となった。
最悪でも『無失点』で『一死二、三塁』を想定していたところで、『一失点』した上に『無死二、三塁』だ。思わず辻井を見ると……流石の気力も限界を迎えたのだろう、気持ちが切れたのがわかった。
続く一番打者にもヒットを打たれたところでリリーフを告げる小野。この後はもうみなくてもわかる、決着だ。
(この敗戦は俺の責任だな……)
内心で、そうつぶやく小野。
先程、湊鴎賀が左打席に立ってオープンスタンスに構えたのはバントをするためではなかった。こちらに確実にバントだと思い込ませ、一塁手を誘い込んだ上でインコースになげさせ、それを引っ張ることで一塁側へのバスターを決めるという完璧にデザインされたプレーだったのだ。
恐らく八幡は、一点のリードでは足りないという自分と同じ認識を持ち、バスターという乾坤一擲の大勝負をかけてきたのだろう。完全に相手を見誤っていた。
0ー0のまま延長十三回までもつれたこの試合は、結局5ー2というスコアで幕を閉じることになる。ちなみにこれは、辻井と湊の両投手にこの夏初めて自責点がついた試合でもあった。
次回、5月1日投稿予定です。




