18 桝山商業の誤算
甲子園で優勝した経験もある古豪、桝山商業。
その一番の強みは、相手を研究し弱みをつく戦術面にあった。その徹底ぶりたるや、かつて甲子園で『大怪獣』の異名をもつ強打者を5打席連続敬遠した末に勝利して物議を醸したことさえある。eスポーツでいうところの『対戦相手にメタる』というやつだ。
それを可能にしているのは古豪のコネクションに由来する超高度な情報網と、長年チームを率いてきた百戦錬磨の老将、鹿渕の存在である。
「先発は湊鴎賀がきたのう。」
本日は県予選の一回戦。相手の先発投手は昨年の軟式野球の全中優勝した一年生であり、当然春大会のデータはない。しかしーー
「ふぁっふぁっふぁ、こちらの予想どおりよ。お前ら、投球練習はしっかりみたな?ミーティング通り気持ちよく勝って弾みをつけるぞい」
鹿渕は本日の勝利を確信していた。理由は複数あるが、その最たるものは徹底した『湊鴎賀対策』ができたことにある。
確かに、春大会のデータはない。しかし、中学時代から有力選手であった湊鴎賀のことを鹿渕は四月時点からマークしていた。ゆえに、高度な情報網を活かして練習試合などの映像を入手し、ベンチ外メンバーを利用して徹底的に弱点を探らせていたのである。
結論を先に言うと、湊鴎賀には致命的な欠点があった。
速球も変化球もコントロールもスタミナも高校生の平均を上回り、しかも両投げという凄まじい投手であったが、ちょっとした『クセ』を二つ持っていたのである。
一つは『ドロップのサインがでた時だけ一瞬口が開く』こと、もう一つは『牽制球を投げる前は、少しだけ軸足の踵が動く』と言うものだった。
二つの癖は非常にわかりにくいものであったが故に、今まで誰にも指摘されてこなかったらしい。しかし、桝山商業の解析班はそれを見抜いた。
これをカードゲームに例えるなら、こちらだけ相手の手札を見ることができるような状態である。狙い球を絞って打つことができるし、塁にでたら走り放題だ。
先程の投球練習でドロップを投げる時の癖が消せていないのは確認済みで、しかもこちらは先攻。一番緊張するゲームの入りを叩き、動揺させ、一気に攻略すると言うのが鹿渕のゲームプランであった。
「プレイボール!」
審判が試合開始を宣言。サインをみた湊の口が僅かに開くーードロップを投げる時の癖だ。バッターのタイミングを外す変化球から入る配球に一年生バッテリーらしからぬ強かさを感じるが、さて、それを狙い打たれた時どれくらい動揺するだろうか。バッターは完全にドロップに合わせたタイミングをとり
ずどおぉーん!
投げ込まれたストレートに完全に振り遅れて空振りした。
「なんじゃと?!」
目をむく鹿渕。
打者も動揺した様子でベンチをみてくる。
(どう言うことじゃ?たまたま口をあけた?それとも……いや……いやいやいや!まさかな)
作戦継続のサインを出す。今度は口が開かなかった。事前情報の通りならストレートかチェンジアップが来るはずだが……
パァン!
キレの良いドロップがミットに収まりツーストライク。完全に動揺した一番バッターはボールゾーンに落ちていく三球目のチェンジアップに手を出し凡退した。ワンアウトだ。
キャッチャーから三塁へボールが転送され内野で小気味よく回される中、湊鴎賀がこちらをみて笑うのが見えた。夏だというのに、鹿渕の背中を悪寒が走る。
(まさか、癖に気づいて修正していたのか?!少なくとも一月前までは気づいていなかったはず……いや、もしかして初めから癖などなくってこちらを欺くためにわざと……?)
もしそうだとしたら、自分は相手を見誤っていた。最大限に警戒してもなお足りぬ。恐るべき相手だ。
認めよう。確かに今、自分は戦略面で15歳の小僧に上をいかれたことを。事前に時間をかけて準備したプランは全て白紙だ。
「……だが、試合の勝敗は譲らんぞ」
初回の得点を早々に諦めた鹿渕は、二番打者、三番打者に出来るだけ粘り時間を使うようにサインを出しベンチにいるメンバー全員に新しい指示をだす。
それは、『粘って湊鴎賀に球数をなげさせながらロースコアの接戦に持ち込み、投手が疲れて守備陣にもプレッシャーのかかる終盤に攻勢をかけて勝つ』と言うものだった。同格以上の好投手を相手どるときの策を指示する百戦錬磨の老将に、若干の動揺を残しつつも桝山商業ナインの表情が再び引き締まる。
「スリーアウト、チェンジ」
今度は桝山商業の守備ターン。
桝山のエースは、『球威は平均的ながらタイミングのとりづらい変則的なフォームが持ち味の左投手』だった。
八幡も春大会の映像は見ているはずだが、当然ながらテレビ画面で見るのとバッターボックスから見るそれでは全然違う。慣れるには相当な時間がかかり、それまでは凡打を量産するはずだ。そして慣れた頃にまた違うタイプの変則右腕に交代させれば、そうそう得点はされまいと言うのが鹿渕の見立てである。
そして、八幡の一番打者を攻めたエースの球は
カキーン!
という快音を残して左中間へと弾き返された。
いきなりのツーベースヒット、ピンチ到来。
「はあ?!」
訳がわからないといった顔をする馬渕。何故かバッターは変則フォームをものともせず、初回からバッチリとタイミングを合わせて打ちかえしてきたのである。
球威がある訳ではないので、何本か打ち損した内野安打やポテンヒットをくらう想定はしていた。しかしいきなり長打を食らうのは計算外だ。
エースも動揺したのだろう、コントロールが甘くなったところを二番、三番にも続けて完璧なタイミングで打ち返され失点。
トドメは、なんとかこぎつけた二死満塁から放たれた大樹匠のスリーベースで、結局この回だけで5点を失った。まるで悪い夢を見ているようだ。
完全にリズムを崩した結果その後も失点を重ね、湊鴎賀に六回無失点に抑えられた桝山商業。七回をリリーフした三年生にも抑えられた結果、この夏は9ー1の七回コールド負けで姿を消すこととなる。
ちなみに、『牽制球の癖』も完全に消えていたのは言うまでも無いだろう。
古豪が一回戦で消えるハプニングは、鹿渕のこのコメントと共に新聞にも大きく取り上げられることになる。
曰く
『敗因は湊鴎賀くんの存在です。恐ろしい一年生だ』




