17 登板前の準備
現在、七月上旬。
球場入りし、桝山商業との試合開始まであと少しという時に、背番号11番を背負った先輩投手から話かけられた。
「なあ、前から気になってたんだけどよ、それってどんな機械なんだ?よく指につけては何かメモしてるよな」
以前はお互いチーム内でエースを狙うライバル関係だったので話しかけられることも少なかったが、六月末に背番号とスタメンが発表されてからはこうして話かけられる事も増えた。
一年生に先発投手の座を奪われて内心では色々と思うところもあるだろうに、こうして負の感情を見せずにこちらがやりやすいように接してくれており、非常にありがたい。
これは同じく一年生ながら正捕手に選ばれた匠と、二年生をおしのけベンチ入りを果たした細川やニックも感じているところで「絶対にいい結果を出して恩に報いような」と誓い合っている。
「ああ、これですか。『パルスオキシメーター』といいって、動脈血中のヘモグロビンがどの程度酸素と結びついているかと脈拍数を測定する機械ですね。医療機器なんですが、薬局とかでも買えますよ」
測定が簡単で医療現場では大人気のこの機械。令和初期に新型感染症が流行った際に一般認知度も少し上がったんだけど、この時代では超マイナーなんだよなぁ。
「ちなみに、ぼくが注目しているのは心拍数だけです。健康な高校生の場合、ヘモグロビンと酸素の結びつきが異常値を示すことは基本的にないので」
「そ、そうか……よくわからんがなんか凄いな……」
ちなみに、なぜこうしてよく心拍数を測定しているかと言うと心拍数とパフォーマンスは大きく関係しているからである。
安静時では大体一分間あたり80回くらいといわれる一般的な投手の心拍数。しかし、試合中は140回あたりまで上昇するのがベストらしい。
これより低く100回とかだとアドレナリン不足で球速がでず、逆に160回を超えるようだと過緊張でコントロールが乱れ、バテやすくもなるそうだ。所謂、『アガっちゃった状態』というヤツだな。
で、これも元に自分のデータを取り続けた結果、今の俺の場合は安静時心拍数が50〜60回、ベストパフォーマンスを発揮できるのは110〜130回という事がわかった。昔勉強した内容より数字が低いのは中学時代から続けているHITトレーニングにより、俺が所謂スポーツ心臓になっているからだろう。
こういった、自分の数字を知っておくことは非常に重要だ。兵法書には『敵を知り己を知れば百戦危うからず』なんて名ゼリフがあるくらいだしな。
俺の場合だと試合前のウォームアップで一番緊張しやすい初回に合わせて一度心拍数を140〜150回くらいまであげておくことや、マウンド上で大まかな心拍数をモニタリングし、深呼吸や頭の中でBGMを流すことでいつでもほぼ適正値へ調整できるようになった。
「湊、恥を忍んで言うが今日は頼んだぞ」
「任せて下さい。それはそれとして、先輩も心の準備はしておいて下さいね。こっちが大量リードした場面から最後の締めで登板があるかも知れないので」
「いやいや、それはないだろう」
いやいや、ありますって。
何を弱気なこといってるんですか。
「先輩は実力ありますから、深呼吸して落ち着いて打者の苦手なコースに投げれば充分抑えられますよ。それに今年甲子園で優勝するためには俺1人じゃ体力的に厳しいと思うんですよね。だから、どこかで先輩にリリーフしてもらう必要があります。」
「お前、本当に凄えメンタルしてるね。まあ、対策はしっかりしてきたもんな……よっしゃ!正直緊張するけどそのつもりで準備しとくわ」
そう細工は流流、あとは結果をご覧じろだ。
夏のドラマが動き出す
次回、4月18日投稿予定です。




