15.5 春山小梅は陰から愛を見守りたい
ある日、春山小梅は図書室で少々困っていた。
先日からハマっているシリーズ本の配置が、小柄な小梅の手が届かぬ高架に変更されていていたのだ。足台でも使えばいいのだろうが、小梅は一年生でまだ図書室の間取りに詳しくない。また生来気弱な引っ込み思案ゆえ、人に聞くことも憚られる。
どうしたものかも思案しているとーー
「取りたい本はこれ?」
見かねたのか、そばにいた男子がひょいと目当ての本を取ってくれた。彼の顔には見覚えがある、新入生代表挨拶を務めた上、スポーツまで万能だと噂になっている野球部員だ。
「ほぇ……ひょわぁ!!」
「あ、驚かせちゃったか、ごめんね」
「いいいえ、こちらこそごめんなさいぃぃ」
突然の事態にテンパり、素っ頓狂な声をあげる小梅。
春山小梅は生来引っ込み思案な文学少女である。
プライベートで男子と話した経験は少ない。
「いや、全然……ところでこの本、野球小説じゃん。いいよねこの話」
「え、知ってるんですかこの作品」
「ああ、俺も読んだことあるよ。面白かった」
「ええ!?そうなんですか!?」
それは、田舎に引っ越してきた一流投手と地元出身の大型捕手の話だった。時に夫婦に例えられるバッテリーという関係が小梅の想像力という名の翼を掻き立てる。
『こいよ、お前のタマ、俺が全部受け止めてやる』
『……ブッ壊れても知らねーぞ』
ハイテンションプリーズ、本機は只今より恋の編隊飛行へと飛び立ちます。バーティカル・キューピッド。
「二人の関係に燃えるよね」
「そうなんです、すっごく萌えます」
いつからそうだったか、とか、どうしてそうなったかは分からない。あえて言うなら血脈に刻まれた因縁によるものだろうか。
「スポーツものが好きなの?」
「はい。私は運動音痴で根暗だから自分にないものに憧れると言いますか……あと濃密な人間ドラマも好きなんです。だから実は八幡の野球部も陰からこっそり見ていたりして......も、もちろん、そんな自分を変えたいと思ってはいるんですけど......」
これは本心である。
特に、引っ込み思案な自分を変えたいというのは小梅が長年思ってきた事であった。まあ、長年そう思いながらも中々きっかけが掴めず行動に移せなかったのだが、そもそもすぐ行動に移せるようなら引っ込み思案になどならないので仕方ない。
「ってすすすみません、急に自分語りとされても迷惑ですよね?」
「いや、全然。興味深いし、今のままでも十分素敵じゃんとは思うけど」
「すすす、素敵!?」
繰り返すが、春山小梅は引っ込み思案な少女である。
男子とのアオハルはまだない。
免疫ゼロのおぼこである。
「あ、自己紹介遅くなったけど俺は湊鴎賀。同じ一年生だよ、よろしくね」
「こちらこそ申し遅れました。春山小梅と申します。」
「敬語とか使わなくていいよ、タメだし」
「は、はい......じゃなかった。うん、よろしくお......よろしく」
湊鴎賀くんか……いい人だな、なんて事を思う小梅。
礼儀的には湊くんって呼ぶべきだろうし実際そう呼ぶけど、心情的には鴎賀くんって読んだ方がしっくりくるかも……なんちゃって……なんて妄想をし始める小梅。かーっ、みんねダリア先輩、卑しか女ばい。
「春山さんは部活とか入ってるの」
「いえ、本当は文芸部とかあればよかったんですけど八幡にはなくて」
「もしよかったら、野球部のマネージャーとか興味ない」
「ぴゃい?!」
正直死ぬほど驚いた小梅。
「ほら、野球も好きみたいだし、マネージャーなら運動が苦手でも問題ないし。」
「そそそ、そんな恐れ多いです!私なんて陰からこっそり見守らせて頂けたらそれで充分幸せと言うか……」
「いやいや、きっと春山さんが来てくれたら皆嬉しいと思うよ。少なくも、俺は嬉しい。」
笑顔でそんな事を言う湊鴎賀。今、白い歯が光った気がするが勿論そんな事はない。小梅の腐ィルターが見せた幻である。
「まっ、もし良かったら、一度前向きに考えてみてよ。じゃーね」
強制の要素は微塵もないマイルドな勧誘だったが、小梅は思った。もしかしてこれ、自分を変える千載一遇のチャンスなんじゃないかと。
またこの小梅、文学少女のはしくれとして『ちょっと地味なヒロインが学園のエリートに目をつけられる恋愛漫画』なんかも当然履修済みで、そう言う展開に内心けっこう憧れてもいた。
こうしてこの週、八幡野球部に二人目の女子マネージャーが加入する事となる。
次回、4月3日投稿予定です




