12.5 監督からみた湊鴎賀
県立八幡高校は今年、創立百周年を迎える。記録を辿れば野球部も前身校が統合されるずっと前から連綿と歴史を紡いできた。
そんな『八幡高校野球部』には、二回の最盛期がある。
一度目は現在のOB会長が主将を勤めた四十年前。田舎の公立校ながら夏の県予選準優勝の快挙を成し遂げた。
二度目は十五年前。八幡高校出身から六大学野球へ進み、その後プロになった投手が在籍していたこの年、ベスト4まで勝ち進んだ。
しかし、未だ甲子園へ出場したことはない。
そんな中、十五年前にプロになった投手とバッテリーを組み、本人もまた社会人野球で活躍した竹中軍平が監督として八幡に戻ってきた事で野球部の応援に熱心なOB達は沸いた。
また『甲子園』の夢を見れるかもしれないと。
さて、そんな竹中だが母校への赴任が決まった当初から苦しい戦いになることを覚悟していた。基本的に地元の子供たちのみで編成される公立校というのはチームワークがよくOBも協力的な一方で、野心的で優秀な選手が集まりにくいからだ。また、当然ながら子供達の将来を見据え勉学にも力を入れる必要があり、設備面でも私立強豪には劣る。
そのため、もし甲子園に出られるとしても長年実績を積み重ねた上で赴任中に一度、文武両道が評価されて21世紀枠での選抜出場チャンスがあるかどうかだろうというのが現実的な見立てだった。
だが昨年、赴任してきて早々に驚いた。思ったよりも子供達のレベルが高いのだ。特に新入生は中々の粒揃いで、中でもバッティングはかなり期待の持てる実力だった。
「それは多分、湊っていう一つ下の後輩のお陰ですね。去年八幡中学が全国ベスト16まで行けたのも殆どアイツの力ですし、周りの学校の奴らは打倒湊をスローガンにめちゃくちゃ練習していたそうです。」
各中学に優秀な指導者がいたのかと訝しみ、一年生のリーダー的存在である真田に聞いてみたところ、そんな答えが返ってきた。なんでも、本格的に野球を始めたのは中学からだというのに何故か異常に野球に詳しく、野球経験のない監督に代わり練習メニューを組んだり、技術指導を行ったりしていたらしい。
それからも、OB会と話す機会がある度に湊鴎賀の名前は度々聞こえてきた。大体が、『湊くんが八幡にきてくれたらなぁ……でも、本人プロを目指しているらしいし、スカウトされて強豪校に行っちゃうんだろうなぁ』みたいな内容である。まあ、普通はそうなるだろう。自分だってプロを目指すならきっとそうする。
なので自分としては今の一年生と来年の新入生の基礎能力を高めてくれた事に感謝しつつ、どうせ私立強豪にいくなら県外に出てくれと願うばかりであった。
「……と思っていたのに、ウチを受験して合格しているじゃねぇか。しかもトップの成績で」
新入生のリストをみて驚いた。なんと湊鴎賀は八幡を選んだらしい。しかも、同じく相当な実力者として多くの私立強豪からスカウトをうけていたという大樹匠まで伴ってである。
OB達はもちろん大歓喜だ。
ただ、竹中はそれと同じくらい責任とプレッシャーも感じていた。突出した才能をもつ一年生を天狗にしてしまったり、彼に入れ込むあまり上級生をおざなりにしてしまう様なことがあってはならない。
そこで、上級生にこうハッパをかけた。
「新入部員が入ってすぐに紅白戦を行う。この一年間の練習の成果を活かして話題の湊鴎賀を打ち崩してみろ、高校野球のレベルの高さを見せてやれ!」
それから二週間と少し後、奮起した二、三年生が本気で対策まで立ててのぞんだ紅白戦にてーー湊鴎賀は3回を投げ被安打は僅か1つのみと、Aチームをほぼ完璧に抑え込んでいた。
しかも、途中味方のエラーで出たランナーを華麗なバント処理でダブルプレーに仕留め、打つ方ではファインプレーに阻まれなければ長打という特大犠牲フライのおまけ付き。
(凄まじい子だな……球威だけでなく、コントロールも牽制もフィールディングもメンタルもバッティングも全て想定を上回ってきた……)
もしかしてこれ、プロになったかつての相棒が高校三年生だった時くらい良いピッチングをしてないかと内心冷や汗をかきながら、ベンチで涼しい顔をしているルーキーをみる。
するとどうやら、何かを話しているようだった。こっそり聞き耳を立ててみる。
「折角のアピールチャンスだから、五回は投げきりたいしもう少し三振も奪っておきたい。」
「プランBだ、切り札をきろう。」
ベンチからひっくり返りそうになった。
そうして、メンタルにやや難のある三年生エースが動揺し一年生主体のBチームに五回四失点した紅白戦にて湊鴎賀はAチームを五回無失点に抑えた。
しかも、後半の六アウトは全て奪三振というオマケつきである。
オリックス山岡投手のオーバースローとDカーブ、超かっけえ……ドジャース山元投手のヨーヨーカーブもハンパねぇ……
次回、3月20日に投稿予定です




