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その野球小僧、前世知識で鍛錬中につき  作者: いのりん


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12.オーバースローの魔球

前回のあらすじ


現在紅白戦の真っ最中だ、ストレートとチェンジアップだけだとキツイ。だから切り札をだすね!

 先程、切り札を切る(キリ)って言ったが、味方の打線がつながり思ったよりも時間ができた。そこで復習がてら一度、思考を整理しておこう。



 野球のピッチャーには色んな投げ方がある。


 真上から投げ下ろすオーバースロー

 斜めに腕をふるスリークォーター

 真横から出すサイドスロー

 水平より下から投げるアンダースロー


 それぞれにメリットとデメリットがあり一長一短なんだけど、その一つに『各種変化球との親和性』がある。

 ゲームに例えると『このキャラは炎魔法適性が高いが水魔法適性は低い』みたいなイメージだな。適性の高いスキルツリーを伸ばしてしていくのが効率的で、適性の見極めが大切というわけだ。


 で、各フォームと変化球の親和性を超簡単に説明すると『振る腕と同じ角度の変化球ほど修得しやすく威力も高い』ことになる。


 例えば、サイドスローは真横に滑るスライダーと相性がよく、スリークォーターは斜め下に落ちるカーブ系との相性がいい。


 そんな中、今の俺はオーバースロー。


 現在のメインウェポンである縦回転ストレートには高い適性がある一方で真横に滑るスライダーとの相性は最悪。斜め下に落ちるカーブ系との相性も今一つだ。


 一方で適性が高い変化球は、縦に落ちるタイプ。

 持ち玉にしているチェンジアップの他には、フォークボールやスプリットが主な選択肢になるんだが……正直これはまだ投げたくない。


 その理由は三つ。

 肘への負担が他の球種より大きく、球数が増えやすく、俺の球速もまだ不足しているからである。


 フォーク系変化球は手首を固定して投球するメカニズム上、数ある変化球の中でも特に肘への負担が大きいとされている。手首を固定する筋腱は、上腕骨から肘関節を跨いで手首へとつながっているしな。

 野球の歴史を紐解いても『大斧』や『英雄』、『魔神』などフォークをメインウェポンにした大投手には肘の故障経験者が多い。


 で、そんなフォークボールの肝は『ストライクゾーンからボールゾーンに落として空振りを奪う』ことなんだけど、逆にバッターは『いかにボールを見逃せるか』が大切になる。結果、球数がかさみやすい。


 そして、球速が早いほど打者に見極める時間を与えない一撃必殺のボールになっていくんだけど、今の俺は目標値まで10キロほど球速が足りていない。


 と、いうわけでフォーク系は除外する。ストレートとチェンジアップはもう投げているから一見手詰まりのようだがーー


「あ、チェンジっすね。せっかく味方が援護してくれた後なんで、いつも以上にビシッと頼むッスよ」

「よっしゃ、任せとけ」


 と、いうわけで投球練習してバッターと対峙する。

 打順は二番、打者は同じ中学生出身の真田さん、一学年上のキャプテンだった好打者だ。


 セットポジションから踏み込み、オーバースローからボールを離す直前、ボールに『ある操作』を一瞬で加える。そして放たれたボールはーー

 打者の顔よりも高い位置から急速に落下して、低めに構えた匠のミットへと収まった。


「ス、ストライク……」


 審判を務める先輩と真田さんが驚いているのがわかる。多分見た事の無い軌道だし、中学時代は殆ど投げなかった切り札だからな。


 今投げたのは『ドロップ』という球だ。


 近代野球では縦カーブとかヨーヨーカーブとか言われることがある球なんだけど、個人的には昔からながらの『ドロップ』という呼び方が気に入っている。


 何故ならこの球、カーブ系の特徴である横回転が殆どかかっていないトップスピン回転のボールだからだ。

 もしかしたら『卓球やテニスのドライブ回転』と言った方がわかりやすいかもしれない。ストレートがバックスピンによって上に伸び上がるのと真逆で、トップスピンのボールというのは下方向へ急速にボールを落とす力が働く。

 つまりこのドロップというボールは、野球界に存在するあらゆる球種の中で一番落差が大きく、打者の見逃し率も空振り率も高い球種なのだ。さらに素晴らしいことに身体への負担も比較的少なく、プロ通算の400勝を達成し『皇帝』と呼ばれた超レジェンドのメインウェポンでもある。


 だが、そんな優秀な変化球にもかかわらずドロップの使い手は少ない。特にこの時代は絶滅危惧種になっていたくらいだ。


 理由はいっぱいあるんだが、一つは習得の難しさがある。


 まず、ドロップと一番親和性が高いオーバースローという投げ方自体、習得がやや難しい。人間の身体の構造上、真上から投げ下ろすためには身体を30度ほど傾けて投げる必要がある。その際、体幹のしなやかな強さやバランスコントロール能力がないと制球が定まらず、故障リスクも高くなるのだ。だから、投手にはスリークォーターが一番多い。


 そして、ドロップの特徴である強いトップスピンをかけるためにはリリースの際に①手首を捻り②親指でボールを弾きつつ③中指で引っ掻くという複雑な操作を一瞬で行う必要がある。これが、めちゃくちゃ難しいのだ。


 ゆえに習得難易度が高く、使い手も少ないドロップ。それだけに一度手に入れてしまえば、初見殺しの超強力なSSRカードになる……というわけでハイ、もう一球どうぞ。


「ストライク」


 で、こうやって真下に落ちる球を見せた後に伸び上がるストレートを高めに投げとけば……


「ストライク、バッターアウト!」


 まあ、高確率でこうなるわけだ。

 真逆の変化なので、前の球種の残像が一瞬打者の反応を遅らせるからな。今の真田さんのリアクションでこの球の有用性も証明できたことだし、後五つのアウトは全部奪三振を狙っていこう。

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― 新着の感想 ―
マイナス方向?のマグヌス効果。 理屈は容易いが、実際に投げるとなると指が死にそう…。文章の意味は理解できても、具体的な指・手・腕の動きがトレースできない…。凄いな…。
400勝投手と言うと、オーバースローで「2階から落ちる」縦のカーブを得意としていたカネタでしょうか。 「『さん』を付けろよデコ助野郎!!」(違う) 実は60年代に、カネタさんへメジャーから声が掛かっ…
還暦爺としては変化球というとカーブ、シュート、ドロップのイメージなんだけどね。
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