番外編 〜大樹匠のマニアック捕手理論〜
活動報告に頂いたコメントから降ってきたお話です
読者様リクエストの力って凄い(*´ω`*)
プロ入りした湊鴎賀がシーズンオフに動画配信をはじめてから、はや4年が経過していた。
国際大会で活躍したトップアスリートが直々に語るトレーニング理論や野球技術についてのチャンネルであり、英語や中国語など多言語にも翻訳されていることで現在は世界中で視聴されている。
そんな動画配信、ここまでの間に投稿数は100を超え普遍的なトレーニング知識や全ての野球選手に共通する基礎部分については概ね伝え終わった。
よってここから先は、競技に特化したより応用的な内容や新規視聴者を開拓するための楽しげで魅力的な企画へとシフトしていく時期だ。
「……と、言うわけで今回はゲストとして我らがドラゲキンの正捕手、大樹匠選手に来て貰いましたー」
「はーい、よろしくっすー」
中学時代からの相方に紹介された大樹匠は、カメラに向かって普段通り飄々とした、力の抜けた感じで挨拶する。
シーズンオフとなった現在、例年通り合同で自主トレを行なっていた所で湊鴎賀に依頼されたのだ。
『動画で小学生から高校生くらいの捕手を対象にした企画をやりたいんだよねー。今日のトレーニングの後、小一時間ほど協力してくんない?』
みたいな感じで。それで
『えー……まあいいっすよ。鴎賀の頼みだし仕方ないっすね』
みたいな感じで引き受けた。
そういえば、長い付き合いだがこのエース様と時間をかけた捕手談義ってのはやった事が無かったなという事情もあって。
「じゃあ、早速なんだけどさ。キャッチャーの配球、つまりリード面について基本のキからレクチャーしてくれる?」
「了解っす。まず、捕手の配球選択には基本的に3つの型があるんすよ」
そういって指を3本立てる大樹匠。
「一つ目は『投手優位型』、これは投手の持ち球の内その日調子の良い球種や、その時投げたそうにしてるボールを投げさせるリードっす。ピッチャーがベストパフォーマンスを発揮しやすいってメリットが大きいから、アマチュアには一番オススメの型っすね」
ちなみに、デメリットは配球がワンパターンになりやすく、格上の打者を抑えるにはやや不向きであること。
「おお、俺もこのリードは好きだな。感覚的には、匠はプロ入りしてからも結構このリードしてくれてる気がするんだけどその辺はどう?」
「そこはちょっと企業秘密っすねー」
飄々とはぐらかす大樹匠。
なお、内心ではいきなり爆弾をぶっ込んでくるなよと思っている。
プロ入りしてからもこのリードを多用出来るのは純粋なボールの威力で打者を牛耳れる球界屈指の好投手だけだ。ここで『その通りっす』とでも答えれば、結構な広範囲へ喧嘩を売る行為になりかねない。
「二つ目は『打者優位型』っす。ピッチャーが投げたいボールよりも打者の狙いを外したり苦手な球種を選択する感じっすね。プロ野球ではこのリードをするケースが一番多いっす」
「駆け引きだな、勝負に徹する感じ」
「そうっすね。ちなみにデメリットはさっきと逆で、投手が未熟な場合は特にパフォーマンスが低調になりやすい事っす。裏をかくために苦手な球種を続けたりするんで、ど真ん中に入ってガーンって打たれちまうリスクもあるっす」
まあ、眼前の男には苦手な球種というのがそもそも無いのであまり関係ない話なのだが。
「成程ね、最後は?」
「三つ目は『環境優位型』っす。風やグラウンドコンディション、それから味方野手それぞれの守備能力等によって配球を決める感じっすね」
「プロ入り後のアルベルトやマツケンはこの配球パターンで来ることも多いよな」
「そうっすね」
風の強いマリンスタジアムを本拠地とするアルベルトは風向きによってストレートとフォークの比率を変えてくるし、所属チームに守備範囲がぶっちぎりに広い名セカンドがいるマツケンは露骨にそちらに打たせようとしてくる。
「ちなみに、『雨でぬかるんでるからフライを打たせる』リードや『草野球でセカンドとライトが素人だから右打者には引っ張らせようとする』のも『環境優位型』のリードと言えるっす」
荒天だったUー18ワールドカップの決勝もこの『環境優位型』で配球を組み立てる事が多かった。
「で、試合ではこの三つの型のどれかをベースにしつつも展開によって臨機応変に変えていく事になるっすね」
「やっぱり一番頭使うのは打者優位型のリードする時?」
「そうっすね、ぶっちぎりで。このリードの時は騙し合いになる上に『打者の読みと反応のバランス』があるから考えるべき事が多いっす」
そこから『打者の読みと反応のバランス』のあたり少し詳しく説明してくれる?と言う話になり了承する。
「当然だけどバッターって狙っているボールが来た時に一番上手く対応してくるんすよ」
「まあ、そうだよな」
「でも、カーブ、カーブときて、もう一球カーブを続けた場合は、裏をかいていても綺麗に打ち返される場合が多いんすよね」
「その前に二球続けてみた事で、脳裏にカーブの残像が強く残っているからだな」
「その通りっす」
だから、現実世界では漫画みたいに『裏をかいて全部同じ球種だった』というリードをする事は殆どない。
「逆にここでストレートを投げると『読み通りだったけど身体が反応できなかった』って空振る事も多いっす」
だからこそ、野球は緩急が大事なのである。
まあ、毎球違う球種を投げさせるのは投手のリリース感覚も狂いやすいのでその辺の塩梅も難しい所なのだが……
「しかも、バッターにも色んなタイプがあるから事態は更にややこしいんす。完全な山張りタイプもいれば、来たボールを打つタイプもいるし、コースや球種の片方だけ限定して待つタイプもいるっすからね」
高校時代のライバルで言えば、山張りタイプはアルベルト、来たボールを打つのは島津、片方だけに限定するのはマツケン……とまあそんな感じだった。
「なんなら、それらをカウントやシチュエーションによって変えてくる混合タイプまでいる……というかプロにはそんな厄介なタイプがかなり多いっす」
一応、名門校レベルの捕手になると打席内での細かいタイミングの取り方や構え方の僅かな違いからどのボールを狙っているか予測を立てる事もできるのだが、眼前の鴎野郎のようにそれを逆手にとって罠を張ってくる奴までいる。
打者も捕手も、プロというのは色々と考える事が多いのだ。
「そういや匠ってネクストバッターズサークルでの素振りの様子から打者の狙い球を察知したりもしてるよな」
「鴎賀、それはオフレコにしときたいやつっす。相手チームの若手には気付いてない選手も結構いるから」
「あ、そうなの?」
ちなみにベテラン打者になる程、バッテリーが投げて捕球するタイミングでしか狙ったコースや球種に合わせた素振りをしなくなってくる。
まあ、湊鴎賀は格下の打者や一球外す遊び球の時は『目線だけはキャッチャーミットではなくネクストバッターに向けて投げる』みたいな曲芸ピッチングをしてその対策の更に上をいくのだが。
しかし、それはこの場では言わぬが花である。
プロとして、引退するまでは秘匿しておいた方が良い裏技術だ。さっきの下りも編集でしっかりカットさせて貰おう。
「うーむ、不確定要素が多くて難しいな。結局そう言う時、最後はどういう基準で選択するんだ?」
「ぶっちゃけ最後は『勘』っす。いい当たりが正面着いたり打ち取ったのがポテンヒットになったりと上手くいくかは運の要素も大きいし」
勿論、今までやってきた様な根拠の積み上げは必要だし高校野球以上のレベルの捕手なら読みの深さに違いはあれど全員がやっている。
しかし、試合は生き物だし言語化できない微妙な変化というのも多々あるので、球界屈指の名捕手でも最後は勘にならざるを得ない時が多いのである。
「てなわけで、個人的には運気を上げるために善行をつんだり占いチェックしとくのをオススメしとくっすね。まあ、その辺は科学的根拠ゼロなんすけど」
そこから捕手談義は送球時ステップワークやキャッチング、ブロッキングへと進む。
そして、そろそろお開きという雰囲気になってきた。
「最後に一つ質問。匠が思う『周囲から一目置かれる良い捕手の条件』ってなにかな」
「えーっと、アマチュアとプロの両方についてコメントする感じでいいんすかね」
「ああ、それで頼む」
そう言われて少考する。
この動画の前に、プロとして言えない技術や裏話は別にして出来るだけ正直にぶっちゃけトークして欲しい、と依頼されていたからである。
「じゃあ、まずアマチュアからなんすけど」
「おう」
「最低限ボール補れて投げれる子がやってるって前提でいうと……『打てる捕手』っすね」
「ぶはっ!」
隣でエースが、身も蓋もない話だなぁと爆笑している。
(自分だって散々捕手技術を語った後に言いたくは無かったんすよ!)
なんてことを内心で思う匠。
だが、正直にぶっちゃけると、どうしてもそうなってしまうのである。
「その心は?」
「だって、中学レベルのピッチャーとかは投げられる球種が少ない上に色々考えてリードしても構えた所にあんまりボール来ないっすからね」
「嘘!?俺は結構投げられてたと思うよ」
「ごく一部の例外を持ち出されても困るっす」
確かにこのエース様は中学時代から構えた所にズバズバ投げ込んでいた。
高校時代のチームメイトだった細川や河野や菊池もコントロールの良い好投手だったが、それでも湊が頭一つ抜けていて『こう言う奴がプロに行くんすねぇ』なんて思っていたが……自分もプロに入って驚いたことがある。
中学時代の湊鴎賀よりもコントロールのいいピッチャーは、プロにも殆どいなかったのだ。
「てなわけで、リード面はあんまり目立たないし盗塁阻止は投手の技量も大きいから、周囲から一目置かれるとなると打てる捕手になっちゃうんすよね。よく目立つし試合の勝敗にも直結するし」
「あー、成程ね。確かに匠も当時から色んな技術持ってたけど、一番分かりやすく目立つのはバッティングだったもんな」
その通りである。
ドラフトで指名された際、スカウトは肩や配球や守備を高く評価していると言ってはいた。
ただ、もしも自分の打率が2割そこそこならプロへの扉は絶対に開かれなかっただろう。
「じゃあ、今度はプロの場合ね。ズバリ、プロで一目置かれる捕手の条件は」
「……『打てる捕手』っすね」
「ぶふっ!アマチュアと一緒じゃん」
隣で吹き出すエース。
匠としても身も蓋もない話だとは思うが、正直にぶっちゃけるとそうなってしまうので仕方ない。
「その心は?」
「プロで名捕手って言われてるの、基本的にめちゃくちゃ打てる人ばかりっすからね。プロでキャッチャーやってるなら肩も捕球技術もある程度優秀なのはデフォルトだから、そもそも打てないとスタメンで試合に出られないんす」
自分が開幕一軍の座を掴み、当時の正捕手が怪我した後でレギュラーを掴んだのだってオープン戦で他の控え捕手よりも打っていたのが大きい。
「で、配球ってのは試合経験も大きいっすからね。ルーキー時代、リードを酷評されてた捕手がいつの間にか名捕手とか言われるようになったりゴールデングラブ賞の常連になったケースも多いっす」
「あー、めっちゃわかる……」
という訳で、捕手の皆さんは守備練習と同じくらい素振りも頑張りましょうとオチをつけて動画を終わってもいい場面。
だが、大樹匠はふと気になって質問した。
「ちなみに、鴎賀の思う『いい捕手の条件』ってどんな感じなんすかね?」
やっぱり俺も打てる捕手だな、とか身も蓋もない事を言うのだろうか……言いそうだなコイツなら。基本的に合理主義の脳筋だし。
長年、裏方として色々やっている捕手としてはちょっとだけ寂しい事ではあるがーー
「んー、匠みたいに『ミリ単位でこだわって投手のために尽くしてくれる奴』かな」
その答えは予想外だった。
「視聴者さんに説明するとね、匠って学生時代から投手陣のために色んな配慮してくれていたのよ」
驚く大樹匠に対して、湊鴎賀は当たり前のように指折り数えつつ説明していく。
曰く
各投手の性格に合わせた色のミットを使っていた。
投手がセットに入り投げるタイミングを把握し、そのリズムを崩さないようにサインを出し、ボールが手から離れる時にはきっちりとミットを静止。
バチンと決まったら、やっぱり一定のリズムで返していく。その返球は必ず、寸分の狂いもなく胸へと返ってくる。
もしも投げ急いでるなら、返球を少し遅らせたり、匠自身がゆっくりとした動きをして返す。
その間合いも投手ひとりひとりによって微妙に変わる。各自の特徴を把握して性格を読み、最高の呼吸が出来るようにしていく。
これらをマウンド上に立つ投手には気づかないレベルで、少しづつ調整しながらさりげなくやっている。
だから、バッテリーを組む投手は毎回、これ以上ないぐらいリズムに乗って投げることが出来ていた。
「……とまあ、この辺をいきなり全部やるのは難しいと思うけど、これからキャッチャーをやる皆さんには『返球をきっちり相手の胸に返す』とかそういう細かいところにも気をつけて欲しいかな」
そんなコメントを聞いた大樹匠は思う。
つい緩んでしまいそうになる口元は上手くコントロールできているだろうか、自分はやっぱり結構チョロいらしいな、と。
「皆さん、今日はさっきのトコだけ覚えて帰ってくれたらいいっす。大樹匠はいい捕手、ここテストでるっすよー」
普段の様な感じは出せているだろうか、いまいち自信がない。だってなぁ……そっかぁ……聞いた事無かったけど全部気付いてたんすねぇ……
「まあ、来年からは俺はメジャーにいくからしばらくバッテリー組めなくなるんだけどな。てなわけで、匠もメジャーきてくれ」
気軽に言ってくれるなぁ、と思わなくもない。
少なくとも、今の自分が海をわたってもメジャーリーグで正捕手の座を掴むことは出来ないだろう。
だってそれを成し遂げる事は、アジア人野手にとって殆ど前例のない偉業なのだから。その挑戦は日本球界最強捕手と言われてやっとスタートラインに立てるレベルであり、この先数年がかりで腕を磨いていく必要がある。
自分がこの日本球界最強投手と伴走するために影でどれだけ必死にもがいているか、分かっているのだろうか?
いないんだろうなぁ、なんか幼馴染補正で実力以上に高く評価してくれている感じがするし。
まあ、そんなもがきを隠しているのも過分な評価を訂正しないのも自分だし、自業自得なのだが。
そんな内心を隠しつつ、大樹匠はいつもの調子で飄々と答えた。
「まあ、ドラゲキンとの契約期間が終わる頃に前向きに考えてみるっすよ」
それはきっと過酷なチャレンジになるだろうが、やってやろうじゃないか。
何せ、今の自分のモチベーションは『いい加減長い付き合いとなってきた親友と、この先も対等な存在で居続けること』なのだから。




