番外編 〜メジャーに咲く大輪の花〜
ロサンゼルスの夜空が震えている。
今年、カリフォルニア州の大都市を本拠地とした2チームは大いに躍進し、共にワールドシリーズの決勝まで駒を進めた。メジャーリーグ史上初となる『LA決戦』の幕開けである。
その渦中にあるデビルズとドラーズ。
悪魔超人軍と銀河系ドラ猫軍団はここまでが共に3勝ずつを取り合い、本シリーズは今日勝った方が世界一という劇的な様相を呈していた。
そんな試合が行われているのは、昨年の覇者でありワールドシリーズ連覇を狙うドラーズの本拠地。
MLB最大級の収容人数を誇るスタジアムは5万6000人を超える観客で埋め尽くされていて、その殆どがドラーズのファンだ。
現在、試合はいよいよ大詰めであり5ー5で迎えた延長11回の裏。
『ボール……フォアボール!』
回を跨いで投げていたデビルズのリリーフエースがマウンド上で天を仰ぐ。これで状況はワンナウト満塁である。
ドラーズ打線はこの回、彼を攻め立ててヒット以外に四球でも犠牲フライでもサヨナラの勝ちという大チャンスを演出していた。
そして迎えるバッターは……
『Wooo!』
青いユニフォームをきた背番号17が打席に立つと歓声が爆発した。本日2本のホームランをかっ飛ばしている、野球史上最高の選手と名高いスーパースターのお出ましだ。
全身から闘志を漲らせながらも瞳には冷静さを宿し、その表情は自信に満ちている。
かの選手が心身ともに素晴らしい状態にある事を読み取ったドラーズの監督、ロバートはダグアウトで拳を握った。
(……よし!もらった!)
その選手は日本において投打で圧倒的な成績を残し23歳で海を渡ると、移籍先となったドラーズでもすぐに頭角を表した。
当時、各々が全盛期を迎えメジャーリーグを席巻していた六学年上の『オリハルコン世代』……マツケンや神子、アルベルトといった面々からホームランをぶっ放し、あるいは島津隼人や大樹匠を三振に切って取りその実力を示す。
その翌年には若干24歳にしてメジャーリーグのMVPを獲得。
それ以降、彼はおよそ十年に渡り投打で大活躍を続けた。現在、34歳になったとはいえ全く衰える様子を見せず、むしろ円熟期を迎えていると言っても過言では無い。
『『『レッツゴー、ドラーズ!』』』
現在は一死満塁。
敬遠はなく、犠牲フライでもサヨナラ。
そして打席にはスーパースター。
高まる期待。スタジアム全体を包み込む興奮は大歓声という物理的圧力となり、守りにつくデビルズナインの鼓膜を叩く。
(今日、デビルズは9回までの決着を目指して細かい継投で総力戦を仕掛けてきた。だから、今捕まえた投手以上のリリーフはいない……いける!)
それは、監督のロバートだけでなく詰めかけたドラーズファンの総意でもあった。
思った以上に苦戦したが、これで終わりだと。
そもそも、戦力的にはデビルズに3勝もされた方が異常なのだ。その内2勝をもぎ取ってきた向こうのベテランエースは恐るべき相手だったが、昨日完投しており本日は登板できない。
普通なら。
そんな中でデビルズの監督が投手交代を告げ、テキサスの大地を思わせるイントロが流れ始めるとスタジアムがざわついた。だってこの曲は……
おいおい嘘だろ!?
昨日完投してたよな
しかもアイツ、今年40歳だろ
でも……もしかしたら……
ふざけんな!勝つのは俺達だ
ざわつきはやがて悲鳴の様な怒号へ。
『選手交代をお知らせします。ピッチャー、ナンバー1、オーガ・ミナト』
そしてアナウンスが入って曲がサビの部分に入る頃には
『『『Boooo!』』』
地鳴りの様な大ブーイングへと変化していた。
それだけ、ドラーズファンがこの投手を警戒している証拠だ。後、スーパースター同士の対決が見られる興奮も付随している。
〜〜〜
投手交代に伴い球場のボルテージが際限なく高まっていく中、メジャー最強チームと名高いドラーズの主砲はというと——
(いい夜だな)
夜空に浮かぶ満月に目をやり、ぼんやりとそんな事を考えていた。
とはいえ集中力を切らしたわけではない。
この後で極限の集中状態に入るために、今はあえてギアを落としているのだ。
(本当にいい夜だ)
確信がある。
きっとこの後に行われる勝負は白熱する。そして、結果に関わらず、将来自分が野球人生を振り返った時には間違いなく今日の出来事を思い出すだろう。
なにせ最高の舞台かつ最上の試合展開。
そして、今回敵として自分の前に立つは少年時代から憧れていた生ける伝説。
野球選手なら一度は夢見る、極上のシチュエーションなのだから。
唯一、想定外があるとすれば相手投手の中0日登板だが、きっとあの人はそれすらものともせずに高いパフォーマンスを発揮してくるだろう。
それ位の信頼がある。
(……今まで超一流であり続けてくれて本当にありがたい。心からの感謝を)
そう、彼は湊鴎賀を……そして湊鴎賀に連なる全ての先人を、心から尊敬していた。
史上最高の選手と名高いドラースの主砲はよく知っているのだ。
今日の名選手は、過去にいた何千何万もの選手達が流してきた汗と涙と試行錯誤無くして語る事はできないという事を。
過去の名選手を越えんと努力した選手が今日の名選手となり、そんな選手を越えんとする野球少年が明日の名選手をまた作る。
実際、自分が高校時代に書いた目標設定用紙、通称『マンダラチャート』だって彼らがいなければもう少し低い目標を書いていたに違いない。少なくとも球速目標に170キロとは書かなかったはずだ。
シニアリーグ時代、夢中になったオリハルコン世代。特に湊鴎賀がオフに行う動画配信は欠かさずに見ていた。
そんな彼らの持つ技術を研究し、公開されたトレーニング理論について学び、それらを超越せんと研鑽を続けたことで自分はいつしか唯一無二の『二刀流』となり『世界最高の選手』と言われるまでになった。
とはいえ、無敵ではない。
例えば、投打共に通算成績で世界記録を作るのは難しいだろう。
今、メジャーリーグには圧倒的な生涯通算成績を誇り、樹立した世界記録を今なお更新中という二人の王がいるからだ。
打のギルガメッシュに、投のオーガ。
打者と投手のうち、片方に全集中すれば何とかなるかも知れないが、自分のアイデンティティである二刀流をやりながら超えるのは不可能である。
故に、この二人を超えたと証明するには彼らが元気なうちに大舞台の直接対決で勝つしかない。
そんな中、まだ湊鴎賀に勝てたという実感はない。
10年近く戦ってきた中でヒットやホームランも沢山打ってきたが、こういった舞台で勝てた経験は未だ無いのだ。
故に、彼は現在も自分にとっての憧れであり、大きな壁でもある。そして……彼の年齢的にこの先チャンスは殆どないだろう。
だからこそ、今日だけは憧れるのを辞める。
自分は伝説を乗り越えにきたのだから
無論、相手は強大だ。
左右どちらでも投げてくる上にオーバースローからアンダースローまで使いこなし、投げる球種は全てが一級品。
流石に最高球速は20代の頃より若干落ちているものの、今なお150キロ後半のストレートを投げ込んでくるし、細かい駆け引きや技術はその頃よりも精錬されている。
しかし幸い、今まで何度も対戦してきたしその度に球種をインプットして打ち返すイメージは固めてきた。特にこの一年は、湊鴎賀の投げるボールに標準を合わせて徹底的に準備してきた。
昨日だって、湊鴎賀の操るボールの中でも最強格である『ライジングカッター』を捉えることに成功している。
そして今日、自分の状態は抜群にいい。
故に絶対にホームランを打てるとまでは言わないが、どの球種がきても前進守備の間を抜くヒットや犠牲フライなら確実に打てるだろう。
昨年は、通算1000本塁打を超える最強の男『世界の本塁打王』ギルガメッシュ・ウルクにターゲットを絞りこの舞台で撃破した。
だから、今日だ。
ここで自分は眼前に佇むレジェンドにも勝つ。
〜〜〜
昨日完投した事による疲労が皆無では無いが、パフォーマンスを阻害する最大の要因である『防御性筋収縮』はどこにもない。
なにせ昨日の登板後と今日の朝、個人専属契約を結んでいる鍼灸師に依頼してターゲット筋にピンポイントで鍼を打ってもらったからな。
西洋医学ではあまりメジャーでは無い鍼治療だが、身体の状態を正確に把握した上で一流の使い手が処置すれば今回の様な目覚ましい効果が期待できる。
まあ、極細の針で深層にある筋肉をダイレクトに刺激するわけだからね。そもそも効果がないと考える方がおかしいのだ。
とはいえ今回のやり方は乱用厳禁で慎重に行う必要があるんだけどね。
なにせ、やっているのは疲労やダメージが入った時に身体がこれ以上無茶しないようにとブレーキを掛けるべく出した生理的反応を抑える行為だから。
だけどまあ、今日は特別だ。
自分の身体の状態は誰よりも把握しているつもりだし、今期最終戦だしね。プロとして、ここは身体に鞭を入れるべき所だと判断した。
てなわけで、今日投げる分のコンディションには問題なし。
残る問題は相手打者がギルガメッシュと同じくノーステップ打法と超高速スイングの持ち主である事。
そしてパワーこそやや下回るものの知覚や認識や意識決定を司る脳の処理速度においてはギルガメッシュの上位互換であろう事だ。
もっとわかりやすく言うと『パワーはちょっと下だけど、ミート能力は更に高くなったギルガメッシュ』って感じだな。厄介!
そして状況は同点かつ一死満塁の前進守備。
バットにすら当てさせたくないこの状況において最悪の相手ともいえる。
てなわけで……
「よっしゃ、ここは全部『新魔球』でいこう」
マウンド上で状況を整理してからそう告げると、捕手の顔が引き攣ったのが分かった。
おいおい君、随分と弱気じゃないの。
……とはいえ、世代交代したばかりのルーキーにそれを求めるのは酷か。パスボールでもサヨナラ負けの場面だし。
多分、昨年までバッテリーを組んでいた匠なら『えー、まじっすかー』なんて言いつつウキウキしている場面なんだけど……いや、無いものねだりは辞めよう。皆んなが皆、アイツみたいに心臓に毛が生えたようなメンタルしてる訳じゃないもんな。
仕方ない、ちょっとハッパをかけてやるか。
「おいカーク。お前は今まで手を抜いてきた日があったか?ないだろ?練習さぼった日あるか?ねえよな?今日までやること全部やったよな、これ以上できねえ位やってきたよな?」
そう言って胸を小突くと、目に光が戻ってきた。『ええ、そうです』と答えるカーク……いいね、段々と戦う男の顔になってきたじゃないか。
「じゃあ別に怖いもんねえだろう、もう力全部出すだけだ! 男ならスーパーファッキンガッツ出してやるべ!!」
「イエス、サー!」
カークはそう言ってキャッチャーミットを大型の特注品へはめかえると、キャッチャーズボックスへ向かう。やったるぞ、って意思を感じるね。
そうそう。大丈夫だって、多分。
お前もマシン相手に沢山練習して、殆ど全て補球できるようなったんだから。ほんの少し足りない分は勇気で補えば100%さ。
……さて、勿体ぶっても仕方ないので新魔球について先に教えておこうか。
魔球の正体は『ほぼ無回転の超高速フォーク』だ。
たぶん、現時点では世界中で俺しか投げられないのでオリジナル変化球として『ロサンゼルス・スマッシュ』と名付けた。クールだろ?
さて、そんな『ロサンゼルス・スマッシュ』だが実のところはフォークボールであってフォークボールでは無い。
何故か。
通常、フォークボールというのは一分あたりに約1000回転......つまりストレートの半分くらいの回転数があるからだ。
なのに何故俺だけが無回転でフォークを投げられるかと言うと、長年をかけて少しずつ指を開く可動範囲とボールを強く挟む筋力を鍛え上げてきたからに他ならない。
俺はプロアスリートとしては小柄だが、単純な握力だけならメジャーリーグでトップ3には入る。市販されている握力計ではもう測れないレベルだしね。
加えてヨーガやマインドフルネス、それから自己暗示の技術を習得し野球に応用する事で『アドレナリン分泌量や神経系の出力を極限まで高めることで脳のリミッターを部分的に解除する』事もできる様になっている。使用時に脳波や筋出力が明確に変わっているのを確認済みだから、少なくともプラシーボ効果では無いだろう。
まあ、これは野菜戦士や努力型忍者の使うロマン技と同様に身体への負担がめちゃくちゃデカく怪我するリスクも高いのでシーズン中には使えないのだが。
とまあ、そんな鍛錬の末に『超高速かつほぼ無回転』を実現したロサンゼルス・スマッシュ。これは本質的には『ナックルボール』に近い。
ちなみに、ナックルボールというのは砲丸投げのようにボールを押し出しながら指で弾く独特の投球メカニズムをもつ変化球であり、マスターすることが極めて難しい球だ。
加えて、その特殊な投げ方ゆえに球速が出ないなどの欠点もあり現在メジャーリーガーに優れた使い手はいない。
ただ、古のメジャーリーグにはそのボールを操る大投手が何人かいて、いずれも野球殿堂入りしていた。
なにせ、一度右に曲がった球が、打者がスイングを始めた途端軌道を変えて左斜め下に落ちるというように、まるで漫画に出てくる魔球のような変化をするのだから。
しかしこれ、実はきちんとした物理法則が働いている。さっき例に出した不思議な変化の仕組みを簡単に説明すると、こういうことになる。
野球ボールには108個の縫い目がある。
無回転で投じられたボール。左の縫い目に風が当たり、空気抵抗で右に曲がりながら1/4ほど回転。
すると今度は右の縫い目に風が当たるようになる。空気抵抗でボールは左へ。
さらに重力も働いた結果、最後は斜め下にストンと落ちる。
カーブやスライダーなど一般的な変化球は回転数が多いほど良いとされ、その上限はない。しかしナックルボールはその逆で、回転数が少ないほど良いと言われている。
ホームベース到達までの回転数が一回転以下なら、それがカンスト値。理論上、それ以上は望めぬ『究極のナックルボール』となる。ステロイド全盛時代の強打者たちが分かっていても殆ど打てなかった、まさに魔球だ。
無論、そんなナックルにも欠点もある。
というか結構多い。
例えば握力の消耗が激しく、またスピードが110キロ程度と遅いために少し回転が増えて変化が単調になるだけで長打を浴びるリスクが高い。また優れた打者がミートに徹すれば、失投するまでカットで球数を投げさせる事も可能……などだ。
だが、心配ご無用。
なにせ俺のロサンゼルス・スマッシュは通常のナックルボールと違って150キロオーバーだ。だって、投げ方自体はフォークボールのそれだからな。身体のリミッターもプルス・ウルトラしてるし。
その上左右どちらに曲がるか分からないし、軌道も途中からランダムに変わる。万一少し回転数が増えてしまっても、その時は『めちゃくちゃ落ちる爆速フォーク』になるからそれはそれで打ち難い。
と言うか、プロのキャッチャーであるカークでも捕球練習を始めた当初は結構弾いてたレベルだからな。実戦で対峙するバッターは当てるのだって大変だろう。
残る問題は肘への負担がめちゃくちゃデカいことと、パスボールのリスク。故にここまでずっと封印していたんだが……使うならここだ。
なにせ野球は体重制限のない無差別級スポーツだからな。自分よりも15センチ以上高くて20キロ以上重いメジャーのバケモノ達に勝とうと思ったら安全な道ばかり選んでもいられない。
そして何よりこのボールは、こういった舞台で『最強の選手』であるギルガメッシュや目の前にいる『最高の選手』と対等以上に戦うためだけに、長年かけて練り上げてきたのだから。
ちなみに、そんな奴等と長年に渡りバチバチにやってきた俺は現在『最愛の選手』なんて言われているらしい。
無論、ファンに愛される人気者という意味ではない。だってほら今も大ブーイングを受けてちゃってるし……
由来は昔受けたインタビューで『野球の神に愛されるのではなく、誰よりも野球を愛しこちらから多くを捧げたい』的な事を言ったシーンが切り取られていつの間にか定着していたそうな。
そして俺……実は結構この呼称が気に入っている。
だってカッコいいし素敵じゃんね、最愛。
ほら、良くあるじゃん、魔法少女アニメとかでさ。強大な試練を前にした主人公が愛の力でパワーアップして新しい大技ををぶっ放すやつ。
ああいうの、結構好きなんだよね。
てな訳で
「喰らえ、この愛」
呟きつつ大きく振りかぶる。
それから俺は、全身の力を連動させつつボールを握る手を強く固め、キャッチャーの胸へパンチを放つイメージで腕を強く振り抜いた。




