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その野球小僧、前世知識で鍛錬中につき  作者: いのりん


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番外編 〜とあるアメリカ人視点〜

湊くんが28〜29歳くらいの出来事です

時期は多分、4〜5月くらい

 自宅のリビングにてキンキンに冷やしたラガービールをジョッキに注ぐ。麦芽と泡は勿論7:3の黄金比、それをオーブンで焼いて粗塩を振ったプレッツェルと共に喉奥へと流し込んだ。


「びゃー!うまい!」


 全く、贔屓チームが勝っているのを眺めながら頂くコイツらはいつにも増して最高だ。本当に悪魔的な旨さ……


 おっと、申し遅れたね。


 僕はどこにでもいるロサンゼルス・デビルズのファンだ。まだジュニアスクールに通っていた頃にファンになって、それから30年以上にわたって悪魔軍団を応援してきた。


 仕事が大変だったときも、子育てに悩んだ時も、ずっとだ。


 そんな時はデビルズと自分を重ね合わせて、時に選手たちの勇姿に力を貰い、時に『お互い大変だけど頑張ろうぜ』と自分を奮い立たせることで何とか今日までやってこれた。


 ちなみに、それだけ長く見ているとチームにだって当然、いい時もあれば悪い時もある。人生と一緒だ。


 そして……我らがデビルズは悪い期間が結構長かった。


 まだ幼かった娘を球場に連れて行くたびに逆転負けを喫し、三回目に『もう行かない!』と泣かれた時は結構凹んだものだ。


 勿論、それでデビルズを嫌いになったりファンを辞めたりはしない。最下位に沈んだシーズンがあっても、次の春にはポジティブな情報を集めて『今年のデビルズはいいぞ!』なんて事をネット掲示板に書き込んだりもしていた。


 僕の理想とするファン像は、『チームがいい時は手放しで賞賛し、悪い時は温かく応援するような人』だからね。


 とはいえ、長い低迷期の中で『このままずっと勝てないままだったらどうしよう』なんて不安を感じない訳ではなかったが……


 冬の終わりは、唐突にきた。


『デビルズ、第二回WBCで活躍した日本人投手を獲得』


 あるオフにそんな見出しで始まった記事。しかしそれは、肩肘に不安のある選手をジャパンマネー獲得のために招いたのではないかと言うやや批判的なものだった。


 でも、もちろん僕はファンとしてその投手の良いところを見ようと思った。

 インターネットを使い、通算成績を調べたよ。


 そして、その上で『きっと彼がチームの救世主になってくれるだろう。今年のデビルズはいいぞ』なんてポジった内容を、半分願いを込めつつWeb掲示板へと書き込み――本当にその通りになった。


「パパったらまたデビルズ?」


 背後から、来年ハイスクールに上がる愛娘の声が降ってくる。


「ああ」


 対する僕は画面から目を離さずに生返事……すまん、君の事を愛しているが今凄くいい所なんだ。


「やった!ダメ押しだ」

「本当に好きだよねぇ」

「そうなんだよ」


 今年新加入した捕手がスリーランホームランを放った所で、僕は娘の方へと向き直る。今日は『彼』の登板日だし、この点差ならもう安泰だろう。


 海を渡りメジャーリーグにやってきて、デビルズの救世主となった彼。その投球スタイルはメジャーリーグでも唯一無二のものだった。そしてそれは、昨今のメジャーリーグにおいて確立され常識となった、『投手完全分業制』に真っ向から喧嘩を売るようなやり方でもあった。


『五回までは左で投げて、六回からは右で投げる。そして完投勝利を目指す』


 それが、彼のスタイルだ。


 ちなみに、投げる腕を一回しかスイッチしないのは『左対左などに限定しない事で打者の目を慣らさせないため』と『視界やリリースポイントを真逆に切り替える際に生じる脳神経系へ微弱な負荷を減らすため』らしい。


 前者については『ピキーバック方式』と少し似ているかもしれない。現在、マイナーリーグにはタイプの違う先発投手にバディを汲ませて、その2人だけで試合を作るって起用方法があるんだ。まあ、彼はたった一人でそれを行うんだけどね。だからまあ『オルトロス方式』とでも形容した方がいいのかもいれない。


 後者については、長年にわたって個人データを取り続ける中で見つけた長いシーズンを戦い抜くための工夫なんだそうだ。


 そして、大体勝つ。


 ちなみに、殆ど全ての先発投手が100球を目処に交代するメジャリーグでは現在、防御率と同じくらい『長いイニングを投げることができる能力』が評価されている。


 一試合平均六回を投げてくれる先発投手は『イニング・イーター』として賞賛されるくらいには。


 そんな時代に置いて、彼は当たり前のように完投する。のみならず延長戦までたった一人で投げ抜く。その姿にはいつしか『イニング・プレデター』やら『暴食の悪魔』なんて二つ名が付き、ルーキーにも関わらず他球団から畏怖されるようになっていった。


 そんな事を思い出しながら、娘に声をかける。


「ちなみに今日は『オーガ・ミナト』が投げているよ。良かったら一緒にみないか」

「え!?みるみる!」


 言いつつ、ソファを周り僕の隣へと座る娘。

 数年前には絶対に無かった光景だね。


 彼女はデビルズというよりはオーガのファンだ。それも野球ではなく、彼が無料配信している動画をみて興味を持ったらしい。


 けどまあ、何も問題は無いね。


 僕はデビルズファンだが、同時に彼のファンでもあるんだから。それに娘と好きなものが被りこうやって同じ方向を見られるってのは、間違いなく最高の人生の一つだ。



 ......さて、そんな居心地の良いウチのリビングと違い、メジャーリーグの投手事情はとても過酷だ。


 試合数、移動距離、日程、一軍登録できる投手人数など全ての面において他国の比ではなく、シーズンが進むにつれ、疲労でどのチームもだいたいリリーフ陣からボロボロになっていく。


 特に先発が弱いチームほど事態は深刻だ。


 三番手や四番手の先発投手が炎上した後の尻拭いで疲弊するリリーフ陣。それが次の登板で打たれてエース級の勝ち星まで消してしまうと言った負のスパイラルに陥ることも多い。


 そんな中で、オーガの先発する日は他の投手を完全に温存できて、しかも勝てる。このアドバンテージは計り知れない。


 実際、彼が大車輪の活躍を見せた事で『投崩』と言われていたデビルズの投手陣は完全に復調。

 その年以降、見事な立て直しを見せ毎年のように優勝戦線に絡むようになった。


 だから、僕が今ネット掲示板に書き込んでいるのは『今年のデビルズはいいぞ』という言葉ではなくて――


 なんて事を考えていると、娘が声をかけてきた。


「ねぇパパ……もし今度オーガが投げる日にチケットが取れたらさ……」


 また昔みたいに……と上目遣いをしてくる娘に息が止まる。


「私を野球場に連れて行ってくれない?」

「……ああ!もちろんだとも!」


 グレイト!今日は人生最良の日だよ!


 楽しみにしていてくれ。


 オーガ・ミナトが最高なのはもちろんのこと、最近リニューアルされた球場にも沢山の見所があるんだ。それに、我らが悪魔軍団には他の選手も面白い奴等が揃っているんだよ、さっきホームランを打ったオールドルーキーとかね。


 ……よし、決めた!

 今日の出来事はデビルズファンの集う応援スレに書き込もう。


 最近の常用句となっている


 今年も(・)デビルズはいいぞ!


 って言葉と共に。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。タイトルを見た時、メジャーリーガー視点かと思いましたが、普通の野球好きパパ。いいですね。
またカモメ野郎がおかしなことやっとる(´・ω・`)
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