蛇足: 各ヒロインのIFルート
① エンディング〜秋空ダリア〜
「おかえり、ぱぱ」
「かえりー」
デーゲームの試合が終わりロサンゼルスに購入したマンションへ戻ると、まだ幼い子供達が出迎えてくれた。
「海人、真凜、ただいま」
子供っていいよな、実に可愛い。
遠征とかもあって毎日は会えない分、こういう時にしっかり相手が出来ればと思う。
まあ、ここまで懐いてくれているのは今だけかもしれないが……いやいや、俺の努力次第で思春期に入っても仲良くいられるはずだ。入団当初、まだ客足が乏しかった頃から熱心に応援してくれているオジサンがいるんだけど今日は娘さんと思わしき人と一緒に応援に来てくれてたし。
プロ入りしてから10年、現在俺は28歳。同年代にも結婚する奴が増えてきた頃合いだ。昨年は細川と小梅ちゃん、上杉と夏日が結婚したって連絡がきた。
そういえば、冬雪先生が竹中監督と結婚したのも確かこの位の年齢だったっけ。
「二人とも、大人しくしてたか」
「「してなーい」」
「いいぞ、その調子だ」
型にハマった人生なんて面白くないからな。悪意をもって人様を傷つけない限りは何してもOKだ。自由にのびのびと生きてくれ。
「うわぁ、甘いパパだなぁ」
そう言って笑うのは一歳歳上の美人妻。
加えて、仕事もできて性格までいいという、俺には勿体ないくらい素敵な女性である。
「安心して親バカになれるんだよ、なにせ母親が賢いからね」
「よせやい、照れちゃうぜ」
ノリもいい。
この辺、高校時代から変わらないなあ。
そう、俺が結婚したのは高校時代の先輩であり、八幡高校伝説の女子マネージャーだったダリアパイセンである。
俺がプロ入りして観光アンバサダーに就任した際に、彼女とは連絡先を交換していた。
パイセンは当時、地元の大手和菓子メーカーで働く傍ら八幡の観光大使も務めていたからな。
で、プロ野球選手として名古屋ドームで『湊鴎賀監修メニューを作る』って企画が立ち上がった際に彼女の助力を仰ぎ、『塩あずき&みかんの二鳥拳銃生モナカ』ってのを開発したことがあった。
補足しておくと、スタジアム観戦における大きな楽しみの一つに『プロ野球選手監修メニュー』という球場グルメがある。
各球場で、所属選手の好物や出身地の名物などを取り入れたオリジナルのフードやスイーツが販売されるのだ。
その辺から高校時代以上に仲が深まって結婚に至ったというわけだ。なお、売れ行きは好調。二人とも商業科出身だからね、面目躍如。
「完投お疲れ様、今回もカッコよかったよ」
「ありがとう。そっちもお疲れ様、今日も午前中は撮影だったんでしょ?」
「まあねー、でも本気出してはやく終わらせたよん」
結婚した後少しして和菓子メーカーと観光大使を辞したパイセン。現在はスカウトされてロサンゼルスでモデルの仕事をやっており日米で人気者。勤めていた和菓子メーカーのCMに出演したり、地元の観光アンバサダーにも就任するなど多方面で活躍している。
もちろんその分、中々に多忙なんだけどマネージャーをつけてハウスキーパーやシッターも雇うことで家庭も上手く回っていた。
子供達も、色んな大人と交流できて毎日楽しそうである。家事やしつけや教育はプロが上手い事やってくれてる分、親は大手を振ってデロデロに可愛がってあげられるしね。
かつて野球部の頼れる女子マネだった彼女。
現在は湊家のみんなが最高のパフォーマンスを発揮できるように指揮をとるゼネラルマネージャーにメガ進化をとげている。
「褒めてくれてもいいんだぜぃ」
「凄いなぁ、よしよし」
「えへへー」
いや、本当に凄いと思うわ。
② エンディング〜春山小梅〜
「美波から連絡がきたよ」
ソファの隣に座る小梅ちゃんに、そう声をかけた。
子供達はこっちで元気に楽しんでるよ。久しぶりの夫婦水入らずを楽しんでね、だってさ。
「よかった。美波ちゃんには本当に感謝だよ」
「あと『世界一の奥様にもよろしく。先生の新作、楽しみにしています』とも書いてるな」
「うう、ありがたいんだけど義妹からの敬意と期待が重い……」
いや、別に堂々としてればいいんじゃない。世界一の奥さまってのも、期待されてる人気作家ってのも事実なんだし……
でもまあ、これ以上言うのはやめとこうか。謙虚で奥ゆかしいのも彼女の魅力だもんね。
俺達の仲が深まったきっかけは、一年目のオフから始めた動画配信だった。
トレーニングや野球についてまとめた動画に字幕をつけるスタッフを探す際、『中国語ができて、野球に詳しく、信頼のおける人』って条件を考えた時にぴったりなのが小梅ちゃんだったんだよね。
当時、彼女は中国に語学留学してたんだ。『好きな作品を原文で読めるようになりたい』って気持ちがあったんだと。
あと、将来の第一希望は小説家だったんだけど、不安定な仕事ゆえ翻訳業もできるようにしときたかったらしい。
そこから試合に招待したり、オフに会ったりしている内に次第に……って感じだったな。
そんな訳で結婚し30歳になった俺達は現在、台湾の首都である台北にいる。
昨年、ワールドシリーズ優勝とリーグMVP、投手三冠を獲得したから、一年間限定でこの国のプロ野球チームに所属することにしたのだ。
それは、かねてより考えていた台湾への恩返しのためである。
8年程前、日本を大きな震災が襲った。
名古屋ドラゲキンのオーナーである田豊会長が事前に色々動いてくれていたお陰で前世よりは少ない被害で済んだんだけど、それでも大きなダメージを受けた日本。
その時、台湾では街頭やテレビ番組などで日本を想う大規模な募金活動が自発的に行われ、世界最多水準となるとんでもない額の義援金を送ってくれた。また台湾の野球場では日本を励ます横断幕と千羽鶴が多数掲げられていたという。
そして震災から二年後、第三回WBCがあったんだけど、そこで俺はめちゃくちゃ感動する体験をしたんだ。
試合は一点差で試合は台湾がリードする展開となり、日本が土壇場の9回2アウトから追いつき、延長10回に4-3で逆転勝ちしたんだよ。こっちにとっては嬉しいが向こうにとっては非常に悔しい結果。
だというのに、台湾の選手たちは、試合後にマウンド付近で円陣を組み、開催地である日本のファンに向けて脱帽して深々と頭を下げた。それに、台湾からきたファンも「がんばれ日本」といったプラカードや横断幕が掲げてくれたんだよね。
で、野球選手としてこの恩にどう報いるか考えた時に思いついたのが『世界一の投手になり、一年間台湾でプレーする』というものだった。
日本球界にも一流のメジャーリーガーがきたことでレベルが飛躍的に上がった時期があったからな。いつかレベルアップした台湾とWBCの決勝で戦えたらいいなと思う。
「しかしまあ、我儘いってすまんね」
「ううん、素敵だとおもうよ。突然じゃなくて前もって言ってくれていた事でもあったし、台湾の人達もすごく喜んでくれてるみたいだし」
そうだね。日台友好にもなるし、今回の件が話題になって球場にくる人や日本人観光客が増えれば台湾経済にとってもプラスになるだろう。
「それに私も最近の『台湾文化』や『社会情勢』について取材したかったから丁度よかったよ」
「それは新作のため?」
「ま、まあそんなところかな……」
相変わらず、勉強熱心なことだ。しかし、実は俺、まだ彼女の小説を読んだことはない。
「いつか読んでみたいなぁ、小梅の小説」
「そ、それはちょっと……」
「いいじゃん、中国やタイにも多くのファンがいる人気小説なんだろ?」
「いや、鴎賀くんに読まれるのは恥ずかしいと言うか知らぬが仏というか……」
こんな感じで、本人がタイトルを教えてくれないのだ。
まあ、気持ちはわかるけどね。健全な内容をなろうやカクヨムに投稿してても、家族に見られるのはちょっと……って人は多いだろうし。
でも、気になるんだよななぁ……人気の映画や漫画にも辛口コメントする事の多い美波が大絶賛していたくらいだし。
そう、なんと美波のやつは小梅ちゃんがどんな作品を書いているか知っているのだ。俺は知らないのに……ちょっとだけジェラシィ。
というのも小梅ちゃんとの仲が深まってきた頃、美波が『どこの馬の骨?!その女がお兄ちゃんに本当に相応しいのか私が見極めなくっちゃ……』とか言い出した事があったんだよ。
悪い女に騙されてないか心配だったのかな?
頼りない兄でかたじけない。
で、初めて実家に遊びにきた時『小梅さん、私の部屋でちょっとお話しましょう。お兄ちゃんは外に出といて』って小梅ちゃんを連れ出した。
まあ、小梅ちゃんならすぐに誤解も解けるだろうと思いつつ、念の為に一応部屋の前で待機してたら『貴女が神か!』って大声が聞こえてきたんだ。
どうやら美波、小梅ちゃんの小説の大ファンだったらしい。まあ、それでも何故か俺には絶対にジャンルやタイトルを教えてくれないんだけどね。
俺をモデルにしたいって言ってきた事があるから、野球小説じゃないかって睨んでいたんだけど……美波曰く、『先生の小説は……なんと言うかこう、すごくお耽美なんだよ。純愛を、見事に描ききってるんだ』とのことだから違うのかもしれない。
まあ『女は秘密を着飾って美しくなる』って名台詞もあるし、この件に関しては今後も詮索はしないでおこうと思う。
③ エンディング〜冬雪六花〜
31歳になった。
台湾でのシーズンが終わり、今はオフ。
というわけで俺は一度日本に戻り、毎年恒例となっている『先天性疾患が発病する兆候がないか』の精密検査を受けた。
「今回もどこにも異常はありませんでした」
「そうですか。良かったです、お疲れ様でした」
報告している相手は、高校時代に部長として野球部を支えてくれた養護教諭こと冬雪先生。
何故ここまでプライベートな事を話しているのかと言うと、俺が彼女と結婚しているからである。ちなみに、前世の記憶がある事も伝達済みだ。
きっかけは街コンだった。
21歳の時、オールスターゲームで前世の妻が別の相手と連れ添っているのを見た俺は、その年のシーズンオフに地元で行われた街コンに参加したんだ。
町おこしの一環としてやるタイプのやつで、観光アンバサダーとしてよかったらゲスト参加してくれませんかって誘われてたのもあってな。
そこで冬雪先生と再会した。いうて20歳の冬に同窓会した時にも来てくれたから1年ぶりくらいなんだけどね。
で、向こうもお祭り的な雰囲気を楽しみにきてるのかなと思って気楽に話しかけてみたら……結構ガチ目の婚活として参加していたらしい。
彼女なら引く手数多だろうと思っていたのだが八幡の野球部は未だ強いが故に多忙で出会いが殆どなかったとのこと。
また、『結婚後も八幡に残って仕事を続けたい。家事育児は折半にしてほしい』という条件に合致する相手も中々見つからなかったようだ。
この時代の田舎って、『結婚後は仕事を辞めて家庭に入って欲しい』とか『家業を手伝ってほしい』って人も多いからな。
ちなみに、俺はそう言うのは全然ない。結構稼いでいるから家のことは専門家を雇えばいいって考えだし野球についても同様だ。逆に、『結婚した後もバリバリ働く様な女性』の方がタイプまである。
前世、よく稼いでる未婚の社長さんが『お金はあるから結婚相手を養うのは全然いいんだけど、初めから養って貰う気満々の人が来ると萎えるんだよね』ってボヤくのをよく聞いてたからその影響かね?
あと冬雪先生の場合は、性格キツく見られたりするのもあったのかもね。一見は仕事のできるクール美人だから。
プライベートはポンコツでお可愛い人なんだけど……
そこで、婚活の一環として街コンに参加したものの、俺が話しかけたことで必要以上に注目を浴びてしまいそんな空気じゃなくなってしまった模様。悪い事をした。
で、そのままやけ酒を飲み酔った彼女の話をきくことになった訳だな。
『大学の同級生だけじゃなくて、赴任一年目の教え子にも結婚してる人が結構いるんですよ。教育実習にきた真田くんも、秋空さんと結婚を考えている様子でした』
とか
『将来的には子供も欲しいと思っているのに、私、もう29歳ですし……』
とか
『でも、湊くんも女としては見てくれないでしょ?』
とかね。
まだまだ充分若いと思うが、彼女は擁護教諭だからな。
医学的な妊娠適齢期が22〜29歳で、35歳以降は流産や妊娠合併症や染色体異常のリスクが急増するって考えると焦る気持ちもわからなくもない。
ちなみに、このデータを元に『だから女は早いうちに金を持った年上男性と結婚した方がいいんだ』みたいな事をネットに書く奴がいるんだけど、男も35歳以降は精子のDNA損傷率って急増するからね。男女平等。
で、だ。
そんな事を話している折に、店員が配膳を間違えて俺もウーロンハイか何かを飲んでしまっていたらしい。あと俺、下戸ではないもののかなり弱いタイプである。
天使と悪魔が肩を組んで、仲良くラインダンスを踊り始めた。そして俺は、愛されるよりも愛したいタイプだ。
その後、冬雪先生が心身共にお疲れの様子だったのでホテルで一緒に休息し、11本の指で特別なマッサージさせて頂く流れに。
白目になるほど満足したらしき彼女の手をとり、ダブルピースの形にするイタズラをしてから満ち足りた気持ちで眠りについた次第である。ちなみに彼女、こう言った経験は皆無だったらしい。なんか嬉しい。
『無かった事にしましょう。お互い酔ってたし……』
って寝起き後すぐの彼女に言われたけど、シラフの状態で改めて言葉と身体を駆使して口説き落とし、ゴールインさせてもらった次第である。
終わり良ければすべてよし!
「一月の間は家族でゆっくりできますね」
「ええ、部長の仕事も貴方がいた頃よりは大分楽になりましたし……部員の事を考えると、あまり喜ばしいことではありませんが」
八幡の野球部はここ数年、甲子園と縁がない。監督と部長が優秀だから県のベスト8〜4まではよく行くんだが、最後のひと押しが足りない感じだ。
「でもまあ、田舎の公立校にしては充分立派な成績ですし。お陰で去年も長期休暇中に六花さんと子供達がアメリカに来れたわけだからね」
「すみません、中々家族の時間が取れず……」
そう言って恐縮する彼女。
「いやいや、何いってるんですか。俺は生徒想いで仕事を頑張る冬雪先生が好きなんですからこのままがいいんですよ」
「そ、そうですか?」
「そうなんです」
そして、そんな彼女と結婚できて幸せだ。
対等に話せる関係って、いいよね。
④ エンディング〜夏日朝顔〜
40歳になった俺は、妻の朝顔と一緒にかなり良いお値段のするホテルの最上階でディナーと洒落込んでいた
「鴎賀さんのワールドシリーズ制覇と」
「朝顔の女子硬式野球日本一に」
「「かんぱーい!」」
子供達も大きくなり、こうやって夫婦水入らずの時間も取り易くなったからな。たまにはいいだろう。
「いやー、第七戦の王谷選手との勝負は本当にシビレたっス!」
「あそこがターニングポイントだったな」
海を渡ってきた『世界の至宝』は今年34歳になる。ベテランの域に差し掛かってきた彼だが、全く陰りを見せず『二刀流』として投打でナ・リーグのタイトルを取りまくっていた。
現在の王谷は最強チームであるドラーズに在籍しておりエースで主砲だ。
しかもどう言った訳か前世よりも更に強化されている。昨年のワールドシリーズではギルガメッシュが挑んで返り討ちにされてたっけ。
「ほんと今回、良く勝てたッスよね」
「まあ、俺の方が長年やってるからね」
「……40歳って普通ガクッと成績が落ちてもおかしくない年だと思うんスよ。なんでグイッと上がってるんスか?」
そうなる様に長年鍛えてきたからね。
今の俺は8通りの投げ方からそれぞれ5種類以上の変化球を投げる事ができる。ローテーションで小出しにすれば疲労する箇所も分散されるしそう簡単には打たれないのさ。
ちなみに、秘技・背面投げもマスターした。今のメジャーリーグだと反則投球になるから使えないんだけどね。お披露目するのはキャリア晩年、NPBに戻ってからになるだろう。
「ホント、師匠は昔から凄いっス」
「朝顔だって高校生の時から凄いよ」
当時、八幡唯一の女子野球部員として三年間しっかりやり切って、しかも最後の年は部員投票でキャプテンまで勤めたからな。
「今回も監督兼GMとしてチームを地域に密着させて、しかも日本一にまで導いたんだから大したもんだ」
「それは、師匠達が色々とお膳立てしてくれたからっスよ」
そして、彼女は今も野球に関わっている。卒業後、俺達の仲がより深まったのもその関係からだったな。
卒業後のオフ、彼女から『野球をしたい女子は多いが、プレーできる場がない』という話を聞いた俺は、地域アンバサダーという立場とコネを使い『女子野球で町おこし』をコンセプトに『瀬戸内マドンナベースボールプロジェクト』という地域密着・官民一体の構想を打ち出した。
早い話が、女子野球の普及振興と地域発展の一石二鳥を狙ったんだ。田舎が過疎って元気がなくなる一番の原因って、若い女性がどんどん流出することだからね。
それに対して高校や大学を卒業した女子野球選手たちが八幡に来て地元企業で就労しながら野球を継続できる仕組みを整えることで解決にならないかと考えたワケ。
地元企業は深刻な人手不足の中で意欲が高く体力・協調性のある優秀な若手人材を安定的に確保できるし、選手の視点からみても引退後のキャリアに不安を抱えずに野球に打ち込める。そんなウィンウィンのシステムになればいいなーって思ってさ。
「チーム一同、改めて感謝してるっス」
「いや、仕組みを整えても現場が弱いとどうにもならない。朝顔や後輩達が頑張ったからだよ」
ははは、と笑い合う。褒め合いながら食う飯ほど美味いものってないよね。
実際、彼女たちは凄く頑張っている。
仕事と自分たちの競技活動にとどまらず、子ども向けの野球教室・イベント開催、人権スポーツ教室に地元消防団への参加など非常に精力的だ。
「彼女達は一人ひとりのプロ意識が本当に高い」
「これまで野球ができる環境に恵まれなくて、やっと競技に打ち込める土俵に立てた子達ッスからね。居場所を守ろうと必死なんスよ」
いい傾向だと思う。
選手が人からどの位お金を貰ってスポーツができるかは、基本その競技の上手さ以上にチームや選手個人を応援してくれるファンの数で決まるからね。
「ふう、ご馳走様でした」
「美味しかったッスね」
食事もひと段落したところで、佇まいを直す。
「さて、朝顔さんや」
「なんでしょうか鴎賀さんや」
「実は、部屋を取ってあるんだ……」
まあ、今日がお泊まりデートってのは事前に伝えてあるんだけどな。子供を見てもらう根回しもあるし。
じゃあなんでこんな事いうかと言えば、人生で一度は言ってみたかったセリフだったからである。
ハッとした顔をした後、笑顔を浮かべる朝顔。
実はこれ、昔、彼女に言われた事でもあるのだ。
当時、俺は彼女に心惹かれつつも『頼られてる先輩として、適切な距離感を保たねば』みたいなことを考えていた。
そんな折、女子野球に関するアレコレのお礼として食事をご馳走したいと言われホイホイついて行って、彼女の用意した完璧な据え膳に釣られクマーしたのである。
どうやら彼女、キビキビした元気っ子であると同時に当時から中々の策士であり『女』でもあったらしい。
さて、そんな感じで部屋へ行き「ちょっとドレスを着替えてくるっス」といってシャワールームに行った彼女。
そこから再び出てきた姿を見た俺は、目を見開くこととなった。朝顔は……いや、夏日は、高校時代の制服を着ていたのである!
「ししょー、今晩は色々教えて欲しいっス♡」
「そ、そんな餌で俺様が釣られクマー!」
野球の駆け引きには自信のある俺だが、プライベートではこうして妻から結構手玉に取られている。今夜は、高校野球がごとく白熱した延長戦になりそうだ。




