特別話 夢の舞台へ
作中のエピソードは山本由伸投手に関する逸話を下地として、色々と脚色を加えたものです。
「MLBワールドシリーズ第3ステージ、リーグチャンピオンシップシリーズは最終戦までもつれ込みました」
試合の実況を行うアナウンサーが話しているのは日本語。現地の時計は夕刻を示しているが、彼が伝えようとしている視聴者たちの中には寝ぐせをつけたままテレビの前にも座っている者も多いだろう。
「この試合に勝った方が世界一決定戦、ワールドシリーズに進めるという大一番!4勝0敗で既に進出を決めているドラーズと戦うのは、果たしてどちらのチームになるのか」
現在、試合開始の30分前。
試合を行う球場、ミニッツメイド・パークに備え付けられた巨大スクリーンには今までの六試合でとび出したナイスプレーやファンの姿が映し出され、気分を盛り上げる大音量の音楽が鳴り響いている。
客席は既にほぼ埋まっており、そこにいない観客は限定フードとビールを買い求めて球場に通路に長蛇の列を作っていた。
「この試合の解説は、名古屋ドラゲキンで四年間、投手コーチとして湊鴎賀選手に関わってきた林さんが務めて下さいます。林さん、どうぞよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
そして、両軍のスターティングメンバーが発表される。その片方、ロサンゼルス・デビルズの先発には日本人投手の名前があった。
コールされた瞬間凄まじいブーイングが起こる。それだけ敵地のファンに警戒されている証拠だ。
「試合開始まで、まだ少しばかり時間があります。よろしければこの間に、林さんだからこそ語れる名古屋時代の逸話や選手としての特徴などがあれば教えて貰ってもよろしいでしょうか」
「わかりました。ええっと……」
そこで、僅かに間を置いた林。
それは話題が無いからでない。
伝えたい事が多すぎるが故である。
「投手コーチとして素晴らしいと感じていた特徴は、不調の波が非常に小さく、修正能力が極めて高いことでした」
そして林が語ったのは、こういう事だった。
人間、投げれば必ず疲れる。故に長いシーズン中、必ず不調の時は来るのだが湊はその波が驚くほど少ない。どんな時もゲームを作るし、そもそも不調といえる状態が二試合続くことがほとんどない。
加えて、例えばボールが若干の高めに浮くような時、それをイニング間に修正できれば一流なのに湊はイニング中にも修正できる。また試合前に投球プランを綿密に組み立てる一方で、その計画を試合状況に合わせて臨機応変に変えることも可能。
「あと本質的に前向きで潔かったです。普通だと『援護がなかった』とか『審判が辛かった』とか言い訳したくなるような負け試合でも、彼は絶対そんな事は言わないんですよ」
「では、代わりにどんな事を言うのですか?」
「たった一言『めっちゃ悔しい!次、絶対にやり返します』とだけ」
それで有言実行するんだから、大したものですよねと言う林にアナウンサーも同意する。
「その辺が今季シーズンを通して大活躍し、サイ・ヤング賞を獲得できた要因と考えてよろしいでしょうか」
「ええ、それと練習への取り組み方も非常に素晴らしかった記憶があります」
プロでも、一軍に定着してしていない選手の中にはコーチが来たとたん投げはじめて、『もう上がれ』というまで終わろうとしない者がいる。
それは技術習得というよりは、首脳陣へのやる気アピールという側面が強い行為だ。しかしそういう選手ほど試合で結果を残せず消えていく傾向があった。
一方、湊鴎賀は新人の頃から自分のことを淡々とやったらすぐにその場を後にする。自分のやるべきことを頭の中で整理してわき目もふらずやっていく。
それは頑張って集中しているというよりは、今よりも上手くなりたくて夢中でやっている様子だったという。それを見た林は『コイツは大物だな』と感心したそうだ。
「あとね、返事だけしてやらない選手って多いんですよ。どうしても『自分の感覚』ってのがあるから。でも、彼はあれだけの実績を持ちながら、なんでも一回はやってみる。で、ダメだったらそれも詳細に報告してくる」
そういう林の顔の顔には苦笑が浮かんでいた。
「槍投げなど一見常識外れの練習をやる事も多かったのです。『なんでも食わず嫌いはよくないですから。不味ければ吐きだせばいいだけですし』と言ってました」
「前例のない練習をはじめた時、コーチとして心配にはなりませんでしたか?」
「そこは心配してなかったですね、彼がいかに考えて行動し、試行錯誤しながら積み上げてきたかを近くで見てきましたから」
また林は、球団の土壌が湊に合っていたのも良かったのでは無いかと考えていた。
ドラゲキンというチームはそもそも監督が『おれ流』の独創的な野球理論の持ち主で、セオリーを度外視した練習を認める空気があったからだ。
「質問の仕方も適切でしたね。『何を聞いたらいいか分からないという選手』ってプロにも意外と多いんです。感覚派の若い選手とかは特に」
それは、勉強の出来ない子が『質問の仕方が分かりません』と言うのと一緒である。
「でも、湊にはそれが無かった。我々コーチ陣だけでなく、栄養士やデータアナリストなど、あらゆる専門家に適切な質問をしていました」
そして、年々成績を向上させていったのである。
だから林は、ルーキー達にその事をよく話す。『体つきはお前の方が上だけど、野球にかける姿勢は湊の方が断然上だったぞ』と。
「最終年のキャッチボールなんて、人間の投げる球とは思えませんでした。遠投のボールが重力に逆らうようにどこまでもスーッと伸びていくんです」
「成程……間近で見てきた投手コーチだからの逸話をどうもありがとうございました」
そして、アナウンサーは話題を変える。
「さあ、まもなく敵地、ヒューストンでの試合が始まります。今日の見所は、ズバリどこになるでしょうか?」
「それはもう、中三日で登板する事になった湊が強打で有名なアストロボーイズ打線をどこまで抑えてくれるかでしょう。特にギルガメッシュ・ウルクとの『矛盾対決』は注目です」
今シーズン、ア・リーグの打撃三冠王を獲得しリーグMVPを受賞した最強の矛、ギルガメッシュ・ウルク。
一方、投手三冠王となり最強投手の称号サイ・ヤング賞を獲得した最強の盾、湊鴎賀。
二人は今シーズン、数々の名勝負を繰り広げてきた。
「後、湊の表情に注目してみて下さい」
「表情、ですか?」
「ええ、先程投球練習を見たのですが非常にいい笑顔を浮かべていました」
NPB時代、そういう時の彼は大体調子がよかったんですよ、と林。
「少年時代は大好きだった野球でも、レベルが上がるにつれて楽しむ余裕がなくなってしまう者が多いんです。特にプロになると野球は『仕事』になるわけですしね。でも湊は、大舞台ほど野球を楽しんでいるようにさえ見える」
「凄いメンタルですね」
「ええ、本当に」
「何故、そんな事ができるのでしょうか?」
その問いに、林は笑ってこう答えた。
「彼はきっとーー」
きっと長年、『大舞台に立っても楽しむ余裕を持てるだけの鍛錬』を積んできたのでしょう。うんと幼い頃から、ずっと。




