99. 情報ネットワークの典拠
湊鴎賀
日本のプロ野球投手
【概略】
八幡市出身のプロ野球選手(投手)。両投両打。名古屋ドラゲキン所属。現在、プロ四年目であり来春からはMLBに挑戦予定(ポスティングシステムによりロサンゼルス・デーモンズへの移籍が決定)。
プロ一年目から17勝5敗、防御率1.95、奪三振224、投球回215という圧倒的な成績を残しリーグMVPなど複数のタイトルを獲得。
その後も年々成績を伸ばし続けた結果、名古屋ドラゲキンに所属していた4年間で91勝11敗(通算勝率.892)、通算防御率1.57、1192奪三振、954投球回、獲得タイトル数27という『平成最強の絶対的エース』とも呼べる数字を叩き出した。
MAX157km/hの両投げであるなど特筆すべき点は多々あるが、一番話題になる事が多いのは超人的な回復力。特に最終年は中4日のローテーションで完投し続け、年間37試合に登板(うち1試合はリリーフ)し防御率0.98、30勝の大記録を樹立した。なおシーズン30勝投手が出たのは平成初であり、実に43年ぶりの快挙である。
また、通算打率.286、14本塁打を記録するなど打撃も非常に優秀。
日本代表としても活躍し、アンダー18ワールドカップや第二回WBCの金メダル獲得に貢献した。
愛称は「二丁拳銃」、「野球のオーガ」、「デスノボリ建築士」など多数。プロ入りと同時に八幡市の観光アンバサダーに就任している。
【経歴】
小学生時代は習い事としてチアダンス、水泳、サッカーを行う。いずれも大きな実績は残していないが、水泳では非公式ながらジュニアオリンピック出場選手と同等のタイムを記録していた。また、小学6年生の時はソフトボール投げ67メートルを記録し、県大会5位入賞を果たしている。
市立八幡中学校へ進学後に軟式野球部へ所属。三年生の時に競技歴2年半ながら全国大会で優勝し注目される様になる。多くの強豪校からスカウトされるも、後にプロでもバッテリーを組むことになる大樹匠と共に地元の公立校である八幡高校へと進学した。
八幡高校では硬式野球部に所属。一年目から甲子園出場を果たすと、合計5回の甲子園出場を果たした。甲子園22勝は歴代最多である。
同校は下校時刻が19時30分のため「平日の練習時間を2時間半に限る」という環境下であったが高密度、高強度のトレーニングを行い高校三年間で20キロ以上の球速アップに成功。アンダー18ワールドカップでは最速154キロを記録した。
ドラフト会議では歴代最多タイとなる八球団から一位指名され、名古屋ドラゲキンへの入団を果たす。
【選手としての特徴】
両投げのオーバースローから、コンスタントに150キロを超えるストレートとキレの良い多彩な変化球を投げ分けることが可能。
時おりスリークォーター、サイドスロー、アンダースローを混ぜるなどプロの中でも相当器用なタイプ。技術習得にも貪欲で、ドラゲキン入団から2年目のシーズン終了までに先輩投手陣の得意変化球やランナーへの牽制、クイック技術などは一通りマスターした。
チーム帯同トレーナーから『狂気的』と言われるほどのフィジカルトレーニングと徹底したコンディション管理の結果、年間を通して高いパフォーマンスを発揮している。その一方、威力のあるボールを投げる反動によるものか指先に豆ができる事も多い。
【人物】
学生時代から文武両道で知られており、マスコミへの受け答えもほぼ完璧。
とはいえ、全てが優等生的発言というわけではない。自分なりのこだわりがあるようで、取材やヒーローインタビューの際に特徴的な言い回しを使う事も多い他、ビッグマウス的な発言をする事もある。
ただし、『明日も勝つ!』と言った翌日からチームが5連敗したり『僕の登板日はブルペンの休養日にします!』と言った次の登板で両手の指に豆ができ自身プロ最短となる4回途中で降板するなど、ビッグマウスとの相性は今一つの模様。
プロ野球の応援歌が好きで、歌詞を見ずに十二球団全ての応援歌が歌える。試合中、ピンチの場面で『これは自分に対する応援だ』と自己暗示をかけるため、自ら対戦チームのチャンステーマを口ずさむこともあった。
英語が堪能で、助っ人外国人と通訳を介さずに話す事ができる。実際に会話したアレックサは『彼のお陰で早くチームに溶け込めた。鴎賀のリスニング力はパーフェクトだ。話す方はどうかって?言いたい事はキチンと分かったよ』と感謝の意を示している。
プライベートでは過去にアナウンサーや人気アイドルからアプローチされていると噂された事があったが、本人は否定。
シーズンオフにはトレーニング理論ついての動画を無料公開したり地元である八幡市についてのPRをしたりと精力的に社会貢献活動を行う他、寝具メーカーとアンバサダー契約を結びCMにも出演した。




