98. 不確定の未来
それは広島で行われたオールスターゲームで勝利し、ファンサービスの一環としてグラウンドを一周しながら観客席にサインボールを投げ入れていた時の事。
老若男女、色んな人が見にきてくれてて嬉しいなぁなんて観客席を眺めていた俺は、そこにある人物をみつけて一瞬フリーズした。
「どうかしたんすか、鴎賀?スタンドに知り合いでもいたっすか」
「あ、ああ……いや、よく見たら知り合いじゃなかったわ」
少なくとも、今世では。
スタンドにいたのは、前世の妻だった。
最後の記憶にあるよりもかなり若いが、見間違うはずがない。夫婦として15年以上、交際期間もいれたら20年程連れ添った相手だからな。
俺より3つ上の姉さん女房だったから、彼女は今24歳か。今世で俺は全く別の道を歩む事にしたため会う事はないと思っていたんだが……こうして再会できて、なんか嬉しいな。
(そういえば彼女、スポーツ観戦が好きだったな。よく一緒にプロ野球も応援したっけ)
そんな事を思いながら、手元にあるサインボールを彼女に向かって優しく投げる。今世、ピカピカに磨き抜かれたコントロールによってボールはピンポイントで彼女に向かって飛んでいきーー
横から出てきたグローブにキャッチされた。
(ちょ、おまっ!?)
それ、隣の女性にあげるつもりだったのに……同じ場所に続けて投げるのって本当は良くないけどもう1球いくか?……なんて葛藤しているとキャッチした男性はボールをそのまま隣の女性へと手渡した。
そして、それを笑顔で受け取る彼女。
左手薬指には銀色の指輪がハマってある。
(……あー、成程成程)
OK、全て理解した。つまりあの男は、俺とチェリーパイの投げ合いをしたいってわけだね。
意味不明だな。どうやら俺は若干動揺しているらしい。なんだろう、この謎の喪失感。
これはまさか、所謂寝取られというやつ?……じゃないなぁ、うん。全然違うわ。俺ちゃんってば、今世はそもそも彼女と話した事もないわけだし。
ネットスラングだと、BSSってのが心境的には近いのかな?
僕が、先に、サムシングフォーしたのに……
(でもまあ、そりゃそうか……)
そんな事を考えていると、観客席から前世によく聞いてた声がかかった。
「湊選手、ありがとうございまーす!」
どうやら、彼女は凄く喜んでいるらしい。
「サインボール大切にしますね、これからも頑張って下さーい」
その言葉をきいて、なんかストンと腑に落ちた。そして、なんか色々吹っ切れた気がする。
(そりゃそうだよな。俺には過ぎた素敵な女性だったし、フリーなら別の男が放っておかないよな)
彼女との結婚生活を振り返りながら、素直にそう思う。隣にいる男性いい人そうだし、彼女はこの先も、きっと幸せな人生を送るだろう。
「よかったっすねぇ、鴎賀」
「ああ、そうだな」
心からそう思う。
それと同時に、ふと、こんな事を考えた。
(結婚、か……今世でも、素敵なご縁があれば考えてもいいのかもな)
まあ、今の所その候補になる相手はいないどころか彼女すらできたことも無いんだけどな。というか、脈のありそうな相手もいないまである。
以前、美人すぎると有名なアナウンサーや始球式を務めてくれた人気アイドルが笑顔で『湊選手、いつも応援してます。頑張って下さいね』とか話しかけて上目遣いで手を握ってきた時なんかはうっかり『この人、もしかして俺のこと好きなの!?』なんて勘違いしそうになった事もあったが、流石にそれは自意識過剰だろう。
……20歳になる少し前に、キャバクラ大好きなコーチから『都会の女はボディタッチくらい普通にしてくるからな、勘違いするなよ』って忠告を貰っておいてよかったぜ。あれがなかったら危なかったかも知れない。
冷静に考えると取材対象や応援するチームの選手に愛想良くするのは自然だしね。上目遣いは身長差があるからだろうし。
なので、うっかり調子に乗ってパワハラやセクハラをかまして不快な思いをさせない様に、今後も注意せねば!つまりこちらから無作法に連絡先をきいたり話しかけたりはしない方がいいってことよ。
それに……
(どうせ付き合ったり結婚するなら、気心の知れた色々と信頼できる人がいいしね)
近い将来、俺は世界一の野球選手になる事を目指してメジャーリーグに挑戦する。そこではきっと、今まで以上に野球の厳しさと面白さの両方を味わう事になるはずだ。
そんな時、隣にいてくれたら嬉しいなって思える様な相手が理想だね。
そんな事を考えていたら……ふと脳裏に、高校時代、一緒に全国制覇を目指してくれた女性の笑顔が浮かんだ。




