97.インド哲学者の名言
プロに入って2シーズンを無事に消化できた。
とりあえず、怪我や事故にあうことなくここまでこれたことが一番嬉しい。健康第一、無事これ名馬だ。
プロ入りしてからの2年間、特にペナントレース中はかなりハードな日々だったけど、専門家に身体をケアしてもらう事と並行して、最新機器を用いた物理療法を行うと同時に最低12時間は睡眠を取るなどしっかりとリカバリーを入れてきたのが良かったのかな。
また昨シーズンの終わりに前世の記憶があることを田豊会長と共有したことで神様的な存在から何かペナルティでも喰らわないか内心ビビっていたが、別にそんなことはなくて安心したぜ。
まあ、今後もよっぽど必要なとき以外、前世の記憶について他言するつもりはないけどね。常人には過ぎた情報だし。
野球の実力もプロ入り前と比較して幾分か伸ばすことができた。
オフにやった動画配信から色んな専門家とのコネもできたし、シーズン中、先輩投手陣の技術を吸収しつつ実戦で試し、登板日以外はフィジカルトレーニングも継続してきたからね。
まあ、そこまでやっても『沢山上達しました!』とまでは言えないのが残念ではあるんだけど、プロレベルになるとすこし上達するのもめちゃくちゃ大変なんだよな。
ほら、ゲームでレベル5を6にするのは簡単だけど95を96にするのは大変じゃん?あれと一緒。そしてプロレベルでは、その微差が勝敗を分けることも多い。
自画自賛になってしまうが、2年目は各チームからめちゃくちゃ警戒やら対策やらをされた中で全ての数字で一年目を上回ることができたし、納得のいくシーズンにできたと思う。『最多勝』と『最高勝率』と『ゴールデングラブ賞』も獲れたから、この調子なら再来年からメジャーリーグにも挑戦できそうだ。
そして俺は20歳になった。これから先はプロ3年目に入る。
2月末の現在は宮崎県でキャンプの真っ最中。
今年のオフも充実したトレーニングを行うことができて、コンディションも良好。プロ野球の開幕は来月末だが、明日にでも全力投球ができるほどに身体は仕上がっている……というか、仕上げた。
というのも、今年はプロ野球の開幕前に一つ大きなイベントがあるのだ。
本日のトレーニングとケアを済ませてからホテルの部屋に戻って携帯を見ると、いくつものメールが届いていた。その一番上、妹の美波から届いたものを開く。
『お兄ちゃん、WBC日本代表への選出おめでとう!』
そう、俺は今年3月上旬から始まる『第2回WBC』の日本代表メンバーに選ばれたのである。一流選手ばかりが揃った45人の代表合宿メンバーから最終的に残った28人の内の1人だ。今日の昼頃にメディアで正式にメンバー発表されたから、そのお祝いの連絡がたくさん届いてるってワケ。
まあ、俺の場合は2月初めに『怪我でもしない限り君の選出は内定してる。しっかり身体を作っておいてくれ』と内々の連絡が来ていたんだけど、オフレコだったからね。
それでもマスコミは昨年末から『湊鴎賀、内定!……か?』とか書いていたみたいだけど。高校時代のアンダー18大会も注目されたが、やっぱりフル代表って色々と段違いだなって感じる。
前回、第一回のWBCでは惜しくもメダルを逃した日本。
だからこそ今大会は、国をあげてリベンジに燃えている。
メジャーから円熟期を迎える『エリア51』と『大怪獣』が参加を表明し、俺達黄金世代からも何人かの選手が参加する事になった今大会は、前世の記憶にある以上に充実した戦力になった。
狙うのはもちろん金メダルだ。今回のメンバーならやれるって自信しかない。歴史を変えてやるぜ、いい意味で。
「しかし、いっぱい連絡来てるなぁ……」
と言うかコレ、連絡先を交換したほぼ全員からメッセージが来てるんじゃなかろうか?
「とりえず、プライベート用のメアドに来ているものは今から全部返しておこう」
言いつつ、ホテルに持ち込んだノートパソコンを起動する。こういうアウトプット作業はケータイよりもこっちの方がずっと速いし目も疲れないからな。電子機器は目的によって使い分けるのが大事だ。
そんな訳で携帯電話を所定の位置に置こう……とした時、ふと手中にある『ミサンガ』——ストラップ代わりに着けている匠からの海外旅行土産——の感触が妙に気になった。
そういえばこれ、前世の最後の記憶にもあった奴だな。
もう20年も前のことなのでかなりうろ覚えだが、確かこれを握って『もし現在の記憶をもって過去に戻れるなら、今度は野球を極めることに全振りしてみたい』みたいな神頼みをしていたんだっけ?
そして俺は現在こうして二度目の人生を楽しむことができている。
なんてすばらしいボーナスタイムなんだって思うよ、マジで。
そんな、野球に全振りしていてもうすぐ国の代表としての試合を控えている今の俺が願うことがあるとすれば……なんて、それはもう決まっているよな。
「願わくば、今世は病で斃れることなく、爺さんになっても元気に野球と関わっていられますように」
野球がうまくなるのにも、試合で勝つのにも神様パワーは不要だ。というかぶっちゃけ邪魔。だって積み重ねてきた知識と身体と技術で戦うのがスポーツの醍醐味じゃん?
だから、それだけではどうにもならない事を願わせてもらった。
まあ、『寿命をコントロールするような神頼み』なんて、そっちの方がよほど虫のいい願いに聞こえるかもしれないけれど。
とはいえ実は俺、この辺に関しては神頼みするずっと昔から自分でも色々と手を打ってはいた。前世、30歳を少し過ぎたあたりで患った厄介な病について何とか発病を予防できないものか色々調べてはきたのだ。
で、わかったのが『運は絡むが、希望はある』ということ。
前世、そこまで不摂生したわけではないのに発病したことからも分かる通り、前世患った病は遺伝的な要因が一番大きいんだけど生活習慣の関与もゼロではない。例えるなら、水があふれると発病するコップがあり普通の人は空の状態で生まれてくるところを、俺は7~8割水が入った状態で生まれてきたような感じらしい。
だから、少しでも水を入れないように日々細心の注意を払えばそれだけ予防になる。
そんな中で前世は、喫煙こそしなかったし運動習慣もあったが、何の対策もせずガンガン紫外線を浴びまくってきたし、20代の頃は夜更かしをしたり、吐くまで飲んだことも何度もあった。
一方で今世は、学生時代から日焼け止めを使用するなど紫外線対策をしてきたし、睡眠も毎日最低10時間以上はとってきた。酒だって、死ぬまで一滴も口にしないつもりだ。また、前世では自覚症状が出てから病院へ行ったが、今世では既に、『遺伝子カウンセリング』ってのを受けて発病リスクを大病院と共有している。短いスパンで検査を受けて、発症する兆候が出た瞬間に先手必勝で治療をする体制も既に整えた。
まあ、専門医曰く『それだけやってもどうなるか五分五分くらい』みたいだけど……長生きできますように──
「ん?」
掌の中で何かが切れた感触がした。
「これは、もしかして……」
勿論、ただの偶然の可能性の方が高いだろう。
しかし、それにしては出来過ぎているような気もする……
「よっし!」
もう大丈夫、という事にしておこう。『病は気から』とも言うしな。
人事は尽くしているから、あとは天命を待つのみだ。頼むぜ、神様。
そうして思考を切り替えた俺は、応援してくれる人達からの応援メッセージに返事を書き始めた。
永遠に生きるつもりで学び、明日死んでも後悔しない様に行動する。どんな状況に置かれても、それが人生を楽しむコツだと思う。
というわけで、とりあえずこの先一か月はWBCで最高の結果を出して皆んなと喜びを分かち合える様に全集中だ。
絶対活躍して見せるから、楽しみにしててくれよな!




