92. 春キャンプでの会話
二月中旬。
名古屋ドラゲキンは春キャンプの真っ最中で、それに参加している俺と匠は沖縄にいた。
「今日も丁度いい気候っすね」
「そうだな」
本州はまだまだ寒いが、亜熱帯に属する沖縄はこの時期、気温20度に湿度70%と運動するのに最適な環境にある。
ちなみにスギやヒノキがほとんどないため、花粉症の選手にも優しいらしい。まあ、俺と匠は幸いにも今のところ発症していないんだけどね。
キャンプは現在、全日程の1/3を消化し中盤に入ったところだ。
バッティングピッチャー相手の打撃練習やブルペンでの投球練習が終了し、本日からはやや実戦に近い形での練習『シート打撃』が始まる。
簡単にいうと投手vs打者のタイマンだな。
投手は自分の各球種がどれくらい通用するか試す場となり、打者は生きたボールを打つことで実戦感覚を取り戻していくのだ。
なお、ルーキーや一軍半の選手にとってはここも重要なアピールの場となる……頑張るぞい!
「そんなに気負うな、湊」
そんなふうに、ふんす!と気合いを入れていると投手コーチから声をかけられた。
「キャンプ初日から見てきたが、お前は少しとばしすぎだ」
「そうなんですか!?」
「ああ、先は長いんだから焦るなよ?オーバーペースで怪我をするのが一番ダメなパターンだぞ」
全然気が付かなかった。
俺としてはむしろ、張り切りすぎて故障しない様に自分の体調を今まで以上に念入りにモニタリングしつつ、かなり出力や球数をセーブしてきたつもりなんだけど……
「自分じゃ意外と気づかないものなんだよ」
成程、そういうものか。
これは所謂『盲点の窓』ってやつだな。
心理学の自己分析モデルに『ジョハリの4つの窓』って考え方がある。
そこに出てくるのは、自分も他人も知っている『開放の窓』、自分は知っているが他人は知らない『秘密の窓』、自分は知らないが他人は知っている『盲点の窓』、自分も他人も知らない『未知の窓』の四つだ。
そして、実生活での活用としては自分の秘密を少し打ち明けたり、他人からの意見を素直に聞くことで『秘密の窓』や『盲点の窓』を狭め、『開放の窓』を広げていくといいよ的な事が書かれていてる。
なら、ここは素直にコーチのアドバイスに耳を傾けるべきだろう。
だが参ったな。
「まあ、お前の気持ちは分かるがな。大方、開幕一軍の座を掴むためにシート打撃でいいピッチングを披露してアピールしときたいとか考えているんだろ?」
「はい、おっしゃる通りです」
俺と匠はドラフト上位指名選手ということもあり、現在は一軍キャンプに帯同させてもらっている。
しかし、ここは競争激しいプロの世界。そのレギュラー争いなんていうのは、前世知識のある俺にとっても全く未知の領域だ。
今日のケース打撃であまり不甲斐ない結果だと明日から二軍に落とされるかもしれない。
逆に『湊鴎賀は使える奴だ』と首脳陣にアピール出来れば開幕一軍の座に近づくだろうから……
うーん、更にペースを落とした状態でアピール出来るいい方法が何か無いものか……
「さっきも言っただろ、焦るな」
コーチに苦笑された。
「お前は少なくともオープン戦までは一軍においてもらえる。ドラ1だし、飛ばしているのを差し引いてもブルペンでは相当いいボールを投げていたからな」
あ、そうなの?
「ああ、だからアピールは実戦ですればいい。今日は肩肘に大きな負担をかけずに一日を終える事が最優先だ」
おお、合理的。了解です。
「8割程度の力で投げていいからな。アピールなんて考えずに色々試すつもりで気楽に投げてみろ。捕手の山茂にも話は通しているから、自分の出番までに投げたいボールをよく相談しときな」
「わかりました。何から何までご高配頂きありがとうございます」
なんていいコーチなんだ!
ドラゲキンが投手王国になったのも納得!
じゃあ、アドバイス通り今回は、結果度外視で色々と『実験』させてもらおうかな。




