91. 新人選手の荷物
日本のプロ野球では、すべての球団において若手選手向けの寮が完備されている。
そして入団したらおおむね、大卒選手で2年、高卒ルーキーの場合は4年を目安に寮生活を行う事が推奨されているらしい。
それはひとえに、金の卵を孵化させるためだ。
体づくりのため、寮生活で生活リズムと栄養を徹底的に管理し、2軍の球場やトレーニング施設に隣接させる事で野球に没頭してもらうのである。
現在は一月上旬。
俺と匠は先日、名古屋ドラゲキンと契約を交わし晴れてプロ野球選手の一員となった。指名されたルーキー全員で集まって抱負や目標を述べる入団会見とか楽しかったな。
そんな俺達は、本日からそんな選手寮の一つである『昇竜軒』に入寮することになっている。
この『昇竜軒』を一言で表すと結構なオンボ……昭和レトロ感の漂う赴きのある建物だ。
ただ、部屋は結構広めで、飯は12球団で一番美味いらしい。ソースは落愛監督で、信憑性は少々怪しい。
「うお、凄い報道陣だな」
「車から降りる時、フラッシュが眩しそうっすね」
確かにな……よし、車から降りる前に用意しといたサングラスかけとこう。目をやられて練習に響くといけないからな。
「それは良いとして、その海外ラッパーみたいなデザインは何とかならなかったんすか?鴎賀、入団会見でもぶち上げてたし、絶対イキってるとか悪口書かれるっすよ」
「嘘!?かっこよくない?あと、入団会見ってそこまで変な事言ってなかったと思うんだけど……」
「いやいや、『シーズンMVPが目標です』なんて言うルーキーは多分、史上初っすからね」
そうかな……そうかも。
普通は『開幕一軍入り』とか『新人王獲得』とか言う選手が多いもんな。
ただ、俺としては目的があっての事なんだよね。
「……もしかして、球団との契約が関わってたりするんすか?」
「ああ、オフレコだけどな」
球団と契約を交わす際、俺は実績のある代理人を雇った。
そして『自分は将来、選手として一番いい時期にメジャーリーグに挑戦したい。そこを第一に考えつつ自分と球団、双方の利益になる様な契約をまとめてきて欲しい』とお願いしたんだ。球団には一位指名してもらった恩もあるからな。
で、そこで球団から提示されたのが『合計15個タイトルを獲得した段階で、湊鴎賀のメジャー行きを認める』というものだった。
俺は今18歳だから、毎年3つタイトルを取っていけば心技体が一番充実してくる23歳頃からメジャーに挑戦できるってわけだ。
そこには、大活躍した選手の契約金がバカ高くなる事も関係している。
その時に『ポスティングシステム』ってのを利用して俺をメジャー移籍させれば、球団は俺に金を払わずに済む上にメジャー球団から移籍金を貰えるからウィンウィンというわけだね。
まあ、正直結構キツイとは思う。プロ野球で一つでもタイトル獲るのって偉業なのに15個だもんなぁ。
しかし、将来メジャーリーグでサイ・ヤング賞の獲得を目指すんだから、きっとこれくらい高い目標で丁度いい。俺にできるベストを尽くすだけだ。
で、そのタイトルには記者投票で決まるものもいくつかある。打者も投手も含めて、その年最も優れていた選手に贈られる『リーグMVP』とかね。
だから、それに投票される確率を1%でも上げるために、MVPを狙っていくと記者達に伝えた次第である。多分、記事にしやすいバックボーンがあった方が投票もされやすくなるしな。
ちなみに一般的な会社でも、手元の仕事をきちんとこなしつつ、自分のやりたい仕事や行きたい部署を公言しとくのは結構大切だと言われている。
実際、前世ではそれでチャンスを掴んだ人を何人か知ってるしな。
あと、MVPって慣習上、『優勝チームの大活躍した選手』が獲得する事が非常に多いんだ。つまり、MVPを獲れたなら、新人賞のみならず最多勝や最優秀防御率も自ずとついてくる確率が高い。だからまあ、目指してみようかなって。
そんな事を考えている間に球団が用意してくれた送迎の車が停車。降りる時すぐにバシャバシャとフラッシュがたかれて、記者が質問を浴びせてくる。
「何か私物の持ち込みはありますか?」
ああ、これは定番のやつだな。
スポーツ誌では毎年、入寮する選手がぬいぐるみやらゲーム機やら本やらを持ち込んだってのがニュースになるんだ。選手の人となりがよくわかるし、今後のキャラ付けにも繋げやすいからだろう。
ちなみに昨日、一足先に他球団の寮に入った高校時代のライバル達は地元のご当地調味料や特産品、高校の同期からの寄せ書きなんかを持って入ったとニュースになっていた。
中々良いチョイスじゃないか……しかし、そう言った点ではウチの匠も負けてないぜ!
「占い用のタロットカードに、カエルの置物と八卦鏡っす。後ろの二つは風水アイテムで勝負運向上とトラブル回避にいいんすよ」
「そ、そうですか……いやあ、これはいい記事になりそうですね」
ほらね。
「そう言ってもらえて嬉しいっす。でも、こっちの人はもっと記事にしやすいと思うっすよ」
「いやいや、無茶ぶりすんなし」
急に水を向けられてもこまるよ。俺はプロ野球選手として当たり前のものしか持ち込んでないんだから、あんまりハードルを上げないでほしい。
「ちなみに、湊選手は何を?」
「僕は自分に合った寝具と……ああ、丁度レッカー付きトラックがきましたね」
私物を運んできてくれた医療機器メーカーの方に挨拶する。けっこう大物だからね、コレ。ピアノみたいにベランダから搬入してもらう必要があるのよ。
「こ、これは……もしかして『赤外線治療機器』ですか?」
「凄い、よくご存知ですね」
そうそう、その最新モデルです。
「え、ええ。スポーツ誌の記者として各球団の持っているコンディショニング機器について一通り勉強したことがありまして……確か『赤外線で温めて血流を良くする機械』ですよね。まさかコレ、個人購入されたんですか?」
医療従事者以外にはあまり馴染みのない機械を知ってくれているの、なんか嬉しいな。
口は災いの元って高校時代に学んだから当たり障りのない回答だけにしとこうかと思ったけど、勉強熱心な記者さんにはちょっとだけサービスしちゃう。
「ええ、実にいい買い物だったと思っています。ただ、一つ補足しますとこの機器は射出できる波長の幅が大きいので『近赤外線による温め』の他に『赤色の可視光線によるミトコンドリアの刺激』もできるんですよ!」
凄いでしょうとドヤってみたが……
あ、ダメだわこれ。
記者さんの顔にクエスチョンマークが浮かんでるわ。
でもまあ、仕方ないか。この時代の日本だと赤色可視光線は一部の美容皮膚科やエステサロンでしか使われていないみたいだしね。
ちなみに、2020年代になると今言ったのは『レッドライトセラピー』なんて名称で呼ばれて、メジャーリーグでも結構使用されていた。
専門用語だと『光生物学的変調』とかフォトバイオモジュレーションを略して『PBM』なんてシャレオツな言い方をするんだけど、赤い光を当てるんだからレッドライトセラピーの方がわかりやすくていいじゃんと個人的には思う。
で、そんな赤い光を当てる事によって何ができるのかというと、筋肉細胞のミトコンドリアを直接刺激することで『ATP』というエネルギー分子の合成効率をブーストさせることができる。
このATPってやつは、生理学の入門書なんかで調べると『筋肉を動かす時のエネルギー源』みたいに書いてあるんだけど、実は『筋肉や関節や靭帯の修復にも沢山使われている』んだ。
回復や修復ってのは、言うなれば新しく細胞を作り変える大規模な仕事だからね。運動時と同じかそれ以上に大量のエネルギー源、ATPが必要となるってワケ。
つまりーー
「簡単にいうと、この機械は『肉体をハッキングして細胞の回復速度を書き換えることができる最新ガジェット』でもあるんですよ」
「そ、そうなんですか……」
そうなんですよ。あ、丁度キリいいところまで説明できたタイミングで、もう一台のトラックがきたな。
「まだあるんですか!?」
「ええ、『超音波治療機器』と『ハドマー』、あと『医療用ウォーターベッド』は持ち込もうかなって個人購入しました」
まあ、ウォーターベッドはデカすぎて部屋に入らないんで事前に交渉して、共用にする事を条件にコンディショニングルームに置かせてもらう形になったんだけどね。
ちなみにこの『医療用ウォーターベット』というのは、寝た状態から水圧によるマッサージを受けられる機械である。
普通のマッサージ機は、機械のローラーが体に当たるから、どうしても『ここが強く当たりすぎて痛い』といったズレが起きがちだが、ウォーターベッドは水圧によるマッサージだから骨などの固い部分をピンポイントで強く押しすぎるということがない。
どんな体型の人でも痛みがなく、均一で心地よい刺激が得られる優れもので老人ホームなんかに導入すると大盛況間違いなしの逸品である。
「あの……相当お高かったのでは?」
「ははは、そうでもないですよ。家電製品と同じで、セットで買った分、大分安くしてもらえましたから」
全部一番ハイスペックなやつを買ったのに、4点セットでベンツ一台分くらいのお値段で済んだからね。
高いと感じるか安いと感じるかは、アナタ次第。
ちなみに、そう思わないとやってられないのもある!
この先、しっかり元がとれるようコイツらをしっかり使ってリカバリーして、プロ野球選手として太く長く活躍出来るように頑張るぞい!
「しかしなんというか……凄いですね」
「ええ、最先端の物理医学機器って本当に凄いですよね」
ヒポクラテスの時代から紡がれてきた、人類の叡智の結晶だよ。
最初に紹介したレッドライトセラピーなんて、光を当てるだけで温めるわけじゃないから従来の温熱療法と違って炎症が起きている箇所にも問題なく使えるという優れものでもあるしさ。
「いえ、今凄いと言ったのは機器の事ではなくて……」
ん?どういう事だってばよ?
変な記者さんだな。




