88. 各球団の選択(中)
各球団が金の卵の獲得を目指すドラフト会議は様々な思惑に権謀術数、深謀遠慮が渦巻く場である。
中でも他球団の動向を読み切り、情報戦を制して狙い通りの即戦力や将来のスターを獲得することは重要な戦略の一つとなっていた。
近年、他球団を出し抜き単独1位指名した所からチームの主力に成長した選手は多い。そしてそれは、リスクを最小限に抑えて球団の補強ポイントを埋めた成功例に他ならない。
さて、そんなドラフト会議が行われているのは『グランドプリンスホテル新高輪』の大ホール。
そして同ホテル内の大ホールから少し離れた場所には、千葉シーガルズ関係者の控え室が設置されていた。
『なお、湊鴎賀選手に関しましては指名が重複いたしましたので、只今から八球団の代表による抽選を行います』
モニターから流れている映像を見て、多くのシーガルズ関係者から歓声があがる。『高校ビッグ5』と言われている今年の目玉選手の一人、斉藤アルベルトの単独指名に成功したからだ。
所謂『一本釣り』と言う奴である。
これによりシーガルズは競合による抽選を回避して、今年確実に欲しかった巨大戦力の一つを手に入れる事ができた。
おそらく、同じく『一本釣り』に成功した東北シルバーファルコンズ、広島ギャラドス、東京ラビッツの控え室も、それぞれ似たような状況になっているだろう。
だと言うのに、今回の指名戦略に大きく関わったシーガルズの敏腕スカウトである木庭だけは、あまり喜んだ様子を見せていなかった。
それに気づいた彼の後輩が声をかける。
「完全に木庭さんが読んでいた通りの結果……だと言うのに、ご本人はまだ納得されてないんですねぇ」
「まあね。いや、勿論アルベルトも素晴らしい選手である事は疑ってないんだよ?」
「つまり、それほど湊鴎賀に惚れていたと」
「そうだね。なにせ高一からずっと見てきたからさ……だが、僕達はシーガルズのスカウトマンだ。チーム事情を優先する必要がある」
昨年、リーグ5位に沈んだシーガルズは投手陣がウィークポイントで確実に即戦力を獲得する事が必要だった。
故に、木庭は本部長にこう伝えていたのである。
『どうしても競合を避けたいなら湊ではなくアルベルトだ。マリンスタジアムと相性もいい分、ルーキーイヤーからある程度の活躍が見込めるし、怪我せず順調に成長すればプロ通算で150勝以上できるポテンシャルもある』
「しかし、まさか湊は八球団から一位指名されるとは……驚きですね」
後輩スカウトは他球団が事前に発表していた『湊以外の四人をより高く評価している』という内容を信じていた。
「そうでもないさ、ウチと同じく即戦力の投手と遊撃手が確実に欲しかった三球団は別にして、選手層に余力がある上位球団や集客力のある新しいスターが欲しい球団が競合覚悟で湊を獲得しに行くのは予想出来ていた」
しかし、ベテランの木庭はその情報はブラフ、つまり他球団が仕掛けてきた情報戦だと見抜いていたのである。
その目的は、本命として湊鴎賀を狙っている事を隠し、他球団の目を別の選手に目を向けさせるためのものだ。
「特に高校三年目の春から秋にかけて、世間からの注目度は凄まじいものがあった。そして彼は、そんな中で最高の結果を出してきたのだから、競合指名されるのも当然さ」
先日行われた国体でもキッチリ優勝した上に、決勝では夏に一発打たれたアルベルトを完璧に抑え込んでいたしねと、木庭。
とはいえ、ブラフに引っかかった後輩スカウトマンが無能というわけではない。
確かに経験不足は否めないが、彼が他球団の発表を信じたのにはきちんと根拠があった。
「うーん。確かに、人気があって、両投げで、高い実力を持っている湊が現時点でNo.1の選手というのには納得できます。しかし彼の身体はプロ基準だと小さいですよね?」
故に、潜在能力やプロでの伸び代は他の選手の方が上なんじゃないかと言うのが、後輩スカウトの見立てであった。
身長が高い方が搭載できる筋肉量の上限は多くなる。骨が長い分、筋肉がつく面積や体積が広くなるからだ。土地が広い方がより大きな家を建てられるのと同じ理屈ある。
「君がそう考えるのは当然だ。しかし、僕は今年の一位指名された中で一番伸び代があるのは湊鴎賀だと思っている。他球団のやり手スカウト達も同様だろう」
「そうなんですか!?」
それを覆す木庭の言葉に驚く後輩スカウト。
「そうなんだよ。湊鴎賀をずっと追ってきたからわかるが、彼の成長曲線は……はっきり言って異常だ」
そして木庭は、まず彼の球速なんだけどね……と話を続ける。
「高校入学時は130キロだったストレート。それが、現在では154キロまで伸びている。つまり+24キロ」
これは、歴代の高卒ドラフト一位投手の中でもトップクラスの伸び率である。
「そして彼は、野球を始めてから一度も肩や肘を痛めていない。これも驚くべき事だ。セルフコンディショニングが上手で、両投げというのも影響しているのかな」
当然ながら、球速が速い投手ほど大きなエネルギーを扱うため肩肘への負担は大きくなりやすい。
だからドラフトにかかるような選手の大半は、大きな故障までいかずとも中学や高校時代に一度や二度は肩肘の炎症を経験するものなのだ。
そして、それを何度も繰り返したり慢性化している選手ほどプロに入ってからの伸び代が悪くなる傾向がある。関節軟骨や靭帯へのダメージが蓄積しているからだ。
しかし、湊鴎賀の場合はそれがゼロ。
大きな故障といえば、三年春の捻挫のみ。しかもそれは試合中の不可抗力ともいえる事故によるもので、もう完治している。
のみならず、短距離走のタイムや立ち幅跳びの距離といった下半身の強さを表すスコアは、故障前よりも今の方が上だった。
「そして何より恐ろしいのは、それらを田舎の公立校で達成した事だ」
田舎の公立校は、名門私立と比較すれば練習に使える時間、設備、指導者の質などに劣る場合が多い。
八幡高校の場合も同様だ。
「勿論、監督の竹中さんは優秀な指導者だ。しかし彼はまだ若く捕手出身のため、投手育成のノウハウは少ない。そして八幡には投手コーチも専属トレーナーもいない。手本となる先輩投手も不在だった」
そんな中、ほぼ独学のみで故障もせず、ここまで飛躍的な成長を遂げるなど普通はあり得ない。加えていえば、事実無根のバッシングに晒された時ですら全く意に介すことなく、淡々とやるべき事をやって能力を伸ばし続けていた。
そんな選手がこの先、プロの優れた育成環境に入った時にどこまで成長していくのかは全くの未知数だ。末恐ろしいとすら感じる。
「な、成程……」
「ちなみに今の僕は、湊にはセ・リーグに行って欲しいと思っている。同じリーグに来ちゃうと、間違いなく今後ウチがリーグ優勝する際の障壁になるからね」
「そ、そこまでの逸材ですか……」
「そこまでの逸材なのさ」
あと、セ・リーグはDH制もないだろ、彼はバッティングもいいから一人の野球好きとしてプロでどれくらい打てるかにも興味があるんだ、と木庭。
モニターをみると、丁度8球団の代表達が湊鴎賀の交渉権をかけた抽選クジを引き終えた所だった。
「ちなみに、一番入って欲しい球団とかはありますか?」
「あるよ。一人の野球ファンとして入って欲しいのは『名古屋ドラゲキン』かな」
「へえ、じゃあ入って欲しくない球団は?」
「日本一を狙うシーガルズ関係者として入って欲しくないのも『名古屋ドラゲキン』だね」
かのチームを一言で表すなら、『投手王国』という名称が相応しい。
チームには色んなタイプの好投手が揃っていて、上位層の其々は得意分野で湊鴎賀と同等以上の能力を持っている。
「湊はおそらく、先輩に可愛がられるタイプだ。そしてプロ基準で見てもかなり器用で、学習意欲も高い。そんな彼にとって、ドラゲキン投手陣は最良の教師となるだろう」
そして、抽選結果が開示される。
モニターにはそんな名古屋ドラゲキンの監督が『交渉権獲得』と書かれた紙を高々と掲げる姿が映し出されていた。
それを見た木庭は苦笑いを浮かべる。
「まさか本当に引き当てるとは……そして、これで名古屋ドラゲキンは二巡目で大樹匠を指名する可能性が高くなった。そこまで実現すれば、湊鴎賀は本当に『持っている』選手になるね」
「大樹を二位指名ですか?確かにいい選手ですが……」
実績的にはドラフト四巡目か、よくて三巡目あたりが妥当じゃないですか?と新人スカウトは訝しむ。
「確かにそうなんだけどね、ドラゲキンの正捕手は相当なベテランで世代交代が必須だから、強肩で打てる若手捕手が欲しいんだよ。あと、投手力に優れたチームが今年、即戦力野手の島津ではなくて湊を指名したのは集客力が欲しいフロントの意向だと思うんだ」
つまり、興行的に甲子園でバッテリーを組んだ大樹のことは絶対にセットで欲しがる。加えて言うと、湊と大樹は間違いなくバッテリーとしての相性がいい。
結果、三巡目指名で競合になるのを避けるために、二巡目で指名してくるのは充分にあり得るというのが木庭の見立てだった。
そして、その正しさはすぐに証明されることになる。
『名古屋ドラゲキン 第2巡選択希望選手 大樹匠 捕手 県立八幡高校ーー交渉権、獲得』




