番外編 三年目の文化祭(下)
「わかった。それじゃあ今年は『マネージャーカフェ』ってのをやりたいと思う。今から黒板を使ってプレゼンしてみるから、皆がそれを聞いてやってもいいと思ったら協力してくれ」
チョークを使って、上段に『お手本:メイドカフェ』と書き込む。
「昨年頃から秋葉原の新名所として『メイドカフェ』がニュースに取り上げられている」
まだ新しい商売だが、俺達は商業科だし課題研究授業のオリエンテーションで先生が例に取り上げていたから、皆ある程度は知っているはず。
「あれは飲食と『非日常の体験』をセット販売してする事で高い価値を生み出す、非常に優れたビジネスモデルだ」
言いつつ黒板に、推しを指名、萌えを提供する接客、アイドル的なライブ、チェキ撮影などと言ったら具体例を書き出していき『強力な付加価値』と纏める。
「だから、一人1時間あたり3000円という価格帯でもめちゃくちゃ繁盛している……とは言え、クラスの女子にメイドさんになってもらうってのはナンセンスだ」
この時代、メイドカフェみたいなサブカルに対する偏見ってまだ結構あるし、恥ずかしい子もいるだろうからな。それに、メイド服の準備には原価もかかる。
その辺のデメリットを説明し、黒板には『本クラスに沿う内容にプラッシュアップ!』と書く。
「それがなぜ『マネージャーカフェ』になるんだい?」
「理由は三つある」
言いつつ、指を三本立てる。
まあ本当はもっと色々あるんだけど、プレゼンするときは3つくらいに纏めるのがベストだからな。
なぜなら3つというのは多すぎず、少なすぎないから。聞いた人が最も理解しやすいちょうど良い数なのである。
だから子豚だって3匹だし、お札だって三つだ。
3球で三振だし、スリーアウトでチェンジだ。
まあ、それは半分冗談として理由が1つだと不安に思われるし、多すぎると相手が覚えられないからね。
「一つ目は、ターゲットを明確にできるからだ」
この企画は、『憧れの人がいる中3〜高3』および『学生時代に異性マネージャーと青春したかった大人達』をメイン客層にしたいと考えている。
特に後者は客単価を高く設定できるし、過去二年間クレームの原因となった『小さい子供関係の予期せぬトラブル』も回避できる。
「二つ目は、男子マネージャーとして男もホールに出られる事によるセキリュティ強化」
メイドカフェのようにホールに女子しかいないと、マナーの悪い変な男が来た時に困っちゃうからな。
「三つ目は初期費用が少なくバリエーションを豊富にできる事だ」
まず、ホールスタッフは学生服とジャージの2パターンでマネージャーができるし露出も少ない。
客層には、クラスメイトが各自で部活のチームジャージやユニフォームを持ち寄り貸し出せばいい。
勿論、別料金オプションでな。それ着てテンションが上がったらお客さんは記念にサイン入りチェキなんかも買ってくれるかもしれないな。
「てな感じでどうだろうか?勿論、無理にとは言わないし俺もホールに出るつもりなんだけど……」
まあ男の需要があるかは分かんないけど、言い出しっぺだしね。そんな事を考えつつ、女子達に意見を伺う。
「まあ、湊くんも表に出てくれるなら……」
「いいんじゃない」
「優勝狙えそうだね!」
よかった。受け入れて貰えた。
きっと、ホールスタッフは女性の方が人気で負担も大きくなるだろうに快諾してくれてありがたい限り。
というわけで、俺達のクラスは『マネージャー喫茶』を営むことになった。今年はノークレームで優勝を目指すぜ!
「それじゃあ、詳細を詰めていこうか。提供するのは利益率が一番高いソフトドリンクにしよう。缶飲料をそのままお出しする形でいいだろう。『調理販売』にすると保健所への届け出とか色々面倒だからな。プランは500円のお手軽、800円のスタンダード、1500円の豪華の三つ用意して……」
ちなみにこれは『プライスライニング』といって、顧客に気持ちよく真ん中を選んで貰う為の手法。
こうすると消費者は1500円のは豪華だが高い、500円のは安いが物足りない、そして800円のプランはちょうどよいと感じる。
結果的に十分高い800円のプランを自分の意思で選んでくれるというわけだ。
なお『真ん中の選択肢が最も優れている』と感じてもらえるようにするポイントは、上の選択肢の価格を高めに、下の選択肢の価格を真ん中に近づけて設計することにある。
「お手軽は飲み物にスタッフとの軽い会話、スタンダードは好きなスタッフとのチェキとジャージ貸し出し、豪華は好きなユニフォーム貸し出しとサイン入りチェキにしよう」
まあ、最後のプランは半分ネタだ。
高校生のサインなんて別にいらないだろうしな。一部のノリのいい富裕層が注文してくれたらラッキーくらいに考えておこう。
***
八幡高校普通科三年A組、七神玲風都は学年トップクラスの成績を誇る秀才だ。
少々ぽっちゃり体型で今まではあまりモテてこなかったが、本人の自己肯定感は高い。容姿と運動神経よりも頭の良さと甲斐性が評価される様になるこれからが自分のモテ全盛期だと考えているからだ。
なお、モテない一番の原因は学業成績がいい事を鼻にかけて他人の事をナチュラルに見下す性格にこそあるのだが、本人はそれに気づいてない。
「今日は、絶対に勝つ」
そう呟く七神。
文化祭のクラス対抗戦にて、彼はガチで優勝を狙っていた。
何故なら商業科には『湊鴎賀』という、いけ好かない野郎がいるからだ。
あの男は自分から新入生代表挨拶の座を奪った。
のみならず、己の優秀さを見せつけてやろうと七神が企画運営に携わった過去の文化祭でもクレームが出るような方法で優勝を掻っ攫っていった憎いあんちくしょうでもある。
おかげでこちらは万年二位だ。
しかも奴はスポーツ万能で、女子人気も高いらしい。実にうらや……いや、けしからん。だから、最後の文化祭で奴が率いる商業クラスを普通科の自分が撃破する事で鼻をあかしてやるのだ。
「この、『和モダンカフェ』で目にもの見せてやる」
七神が音頭をとり纏めた企画は、一種のコンセプトカフェだった。『和モダン』というテーマや世界観を全面に押し出し、内装・メニュー・キャストの衣装・接客などをその設定に統一した飲食店である。
ちなみに、給仕係は全て女性。
調整や準備はなにかと大変だったが、男子生徒達へ周到な根回しを行うことでなんとか実現した。
それだけ、勝算が高いと思ったからだ。
(何せこちらには、とびっきりの看板娘がいるからな)
ちらりと女子の方を窺うと、コンセプトにぴったりのおさげ髪美少女がいた。精力的に部活動に取り組みながら成績トップ10入りが常連となっている普通科の才女、春山小梅である。
大和撫子という形容詞がぴったりの彼女は、『野球部の清楚美人マネージャー』としても有名だ。隠れファンも多い。
(はあ、可愛い……じゃなかった、彼女が給仕係をすればケーキセット1000円と言う強気な値段設定でも客足は途絶えないはずだ。しかも、今流行りのメイドカフェを参考にチェキ撮影までつけたし)
慎ましい性格をしている小梅本人はホールスタッフをする事にあまり乗り気ではない様子だったが、なーに優勝すれば喜ぶだろう。
巷では小梅は湊鴎賀の事が気になっているなんて噂もあるらしいが、まあ所詮は噂だ。女の中では賢い方だから、男の本懐は甲斐性にあることもわかるはず。故に今回、自分の企画で湊鴎賀率いる商業科クラスを圧倒するのである。
(そして、彼女は素晴らしい企画をした俺の事が気になりはじめ、やがて二人は付き合う事になり……デュフ)
いや、まだ笑うな。
笑うのは完全勝利した後だ。
◇◇◇
そして始まった文化祭。
七神の三年A組のコンセプトカフェには、開店早々和モダン衣装に身を包んだ小梅に給仕されたい隠れファンの男子生徒達が足を運んできた。
予想通りだ。
ちなみに未来の彼女をジロジロ見られる事に関して七神はさして気にしていない。広い心で許してやろうと思う。
(だって僕は器が大きいからな)
それにファンの多い女と付き合うのは男の本懐だ。何故なら、自慢できるから。
ちいせぇ男である。
この後、彼女の隠れファンだけで客席の半分は埋まるはずた。その後は人が人を呼び、すぐに満席となるだろう。
そして、目論見通りすぐに客席の7割を埋める程度まで男性客が増えていきーー
そこで止まった。
「な、なぜなんだ?!」
思ったより客足が伸びてこない。
焦った七神はクラスメイトに原因を探らせた。
「七神くん、どうやら商業科の『マネージャー喫茶」』にお客さんの大半を取られてるみたいだ」
「はあ?!下準備を敵場視察したときは料理も内装クオリティもこっちの方が上だったぞ。給仕係の女子だって小梅……こっちの方が上のはずだ」
「いや、それがさ……」
そこから続く内容を聞いた七神は顔色を変える。
「くそっ、やられた」
よほどショックだったのだろう、両手で頭を抱えてガタッと近くの机にもたれ掛かる。
なんでも、マネージャー喫茶はホールスタッフに男子も出ているらしい。
つまり、湊鴎賀も参戦しているのだ。
そしてジュースだけで1500円という豪華……というかぼったくりじゃないのかって料金設定のプランばかりが注文されていると言う。
それはそうだろう。
だって、豪華プランの特典は『好きなユニフォームを借りれます、サイン入りチェキも撮れます』なのだから。
つまり、1500円払えば甲子園に五連続で出場してプロ入り確実と言われている有名人とツーショット写真を撮ることか出来て、そこにサインまで貰えるわけだ。しかも本人が甲子園で着ていた背番号1のユニフォームまで着れるおまけ付き。
「それはズルいだろう!自重しろバカ野郎!」
これじゃあ競合するこっちは、客をほぼ全部取られるから二位にもなれないじゃないか。
しかし解せない。あの男は有名人を気取っているのか知らないが過去の文化祭で表に出るようなことをしてなかったはずなのに、何故今年になって……
そんなふうに七神が頭を抱えているとクラスの女子達の声が出て聞こえてきた。
「思ったより空いてるね、春山さん」
「う、うん。でも私はこれ位が丁度いいいかな、沢山の人に見られるのはやっぱりちょっと恥ずかしいし……」
「ははは、小梅ちゃんらしいや。ねえ……もしかしたら、湊君がホールに出たのって実は小梅ちゃんのためだったりしないかな」
どうしてそうなる!?意味がわからない!
そしてそれは、春山小梅も同様だったらしい。
「そ、そんな事は無いと思うけどなんで?」
「だって春山さん、湊くんと仲いいじゃん」
「そうそう、同じ部活だし。小梅ちゃんが大勢の前で給仕係するの恥ずかしがってる事を知って、自分の方にお客さんが流れるようにしてくれたんじゃない?」
いや、それは勘繰りすぎではないかと心の中で否定する七神。春山の方を窺うと彼女もまた、似たような言葉を返した。
(なのに、頬を染めて口元が緩んでいるのはなんでだー!?)
疑問形でツッコむ七神だが、内心では分かっていた。何故なら彼は結構賢くて、小梅の事が昔から好きで、長年横目で見てきたからである。
間違いない、二人は……陰で付き合っているのだ!
七神は小梅が自分の元から奪われたという感覚に陥った。
(ウゴゴ、脳が……ね、寝取られ……)
それは違う。
だって小梅と七神はそもそも付き合ってすらいない状態というか、並のクラスメイト以下の親密度だったのだから。
プライドの高さが邪魔をして今まで勝負の土俵にすら立ってこなかった敗北者の戯れ言である。
かくして、誰もが知らないところで小梅をめぐる恋愛争奪戦はひっそりと幕を閉じたのだった。
なお、湊鴎賀は思っていた10倍以上、自身が指名されて驚いていたことと、春山小梅は湊がクソボケだと長年の付き合いで知っていた事は記しておこう。
まあ、それでも「もしかしたら」……と期待して頬を染めてしまったのだか、年頃の乙女としてそれ位は仕方ない事だ。
ともあれ、湊鴎賀率いるクラスは過去最高の売り上げでぶっちぎりの優勝を果たし表彰された。
一方で『混雑しすぎ』とか『実質缶ジュース一つで1500円はひどい」とか「小中学生の事も考えて!高くても注文せざるを得ないんだから!』など、過去最大量のクレームも頂戴したのだが……それはまた別な話である。




