86. 野路菊の国体
ベースボール・ワールドカップを終えてからおよそ二週間。俺は兵庫県の高砂市野球場にいた。
9月30日から開催される、のじぎく兵庫国体。その野球競技に県立八幡高校が今夏の王者として出場しているからである。
ちなみに、のじぎくは漢字で『野路菊』と書く。晩秋に白い花弁を咲かせる兵庫県の県花だ。
小さく清楚な花である一方、群生する姿はとても華やか。兵庫国体に集う人々がみな全力を発揮し、「のじぎく」のように共に美しく輝いて欲しいという願いを込め、この愛称に決まったという。
現在は試合開始の直前、お互いのチームが一列になる整列……と、そこで相手チームの選手から声をかけられた。
「またおはんと戦えて嬉しかぜ」
「最後はわんどが勝づはんでな」
島津隼人と神子大将だ。
そう、初戦で当たったのは北海道代表、熊大苫小牧。先日までは頼れるチームメイトだった超高校級の二人を擁している上、他の面子も実力者が揃った超強豪校である。
「上等だよ、返り討ちにしてやるぜ」
笑みを浮かべながら短く返し、互いに礼。
八幡の先攻で試合開始だ。
なお、秋季大会と日程が被ることもあり両チームとも二年生以下は参加せず竹中監督も不在。
だが、心配はいらない。
頼れる後輩である上杉や菊池は不在でも俺が八幡に入る時に声をかけさせてもらった三年生連中は全員揃っているしな。中学時代から互いに切磋琢磨してきた八幡高校野球部の同期に弱卒はいないのだ。
また、監督にも頼れる代行がいる。
「というわけで、どう攻めましょうかマム」
「うえええ?!」
そうウチは現在、部長としてチームに帯同している冬雪先生が指揮権を持つ形になっているのだ。よろしく頼みマジェスティ。
「わ、私ですか!?」
「冗談です」
まあ、冬雪先生って野球は素人だしあくまで形だけなんだけどね。
「先生はもう充分仕事して下さってるんで、これ以上気負わなくても大丈夫っすよ」
そう、まだ若いのに過酷なワンオペをこなしてここまで引率してくれた時点で彼女は充分に責務を果たしたと言える。
もちろん、怪我や体調不良の予兆があれば選手交代を決断してもらう必要はあるんだけど……っと、やめとこう。あんまりそう言う事考えてるとフラグになっちゃうかもしれないし。
「後は僕達に任せて下さい」
「皆、頑張ろうね」
細川や小梅ちゃんの言う通りだ。後は俺達が頑張るからベンチでゆっくり休んでくれるといい。
それにほら、決勝まで勝ち上がったら今日からまだ三連泊する事にもなるから先生には引率を頑張って貰わなきゃだし……
ちなみに、そんな指揮官不在の状況下でウチはこの大会をどう戦っていくのかと言うと
「よっしゃ皆、打ち合わせ通りいくぜ!下手な小細工なんてするなよ?ノーサインで全球フルスイングだ!」
ニックが言った通りの原点回帰戦術となる。
別名、草野球スタイル。
こんな事を言うと、『公式戦は遊びじゃないぞ!』と怒る人も現れそうだが、そもそも国体において野球は『正式競技』ではなく『公開競技』って位置付けだ。
勝たねばならぬというプレッシャーから解放され、心から純粋に野球を楽しむ『3年生最後のご褒美試合』という認識が定着していたりもする。
とはいえ、やる以上は当然勝つ気でいくけどね。
100%真剣モードだ、なぜなら遊びというのは本気でやるのが一番面白いから!
おっと、早速出番がまわってきたな。
打席に向かうと、仲間達の声援や四方からの歓声、カメラマン席からフラッシュ音にブラスバンドの大音量がシャワーのように降り注いだ。
そして思う。
ああ、本当にワクワクするなぁーーこんな桧舞台で、気心の知れた仲間達と共に、手強いライバルと戦えるなんて、選手冥利に尽きる。
応援曲『サンライズ』を聴きながら深呼吸を一つ。集中力を一気にマックスへと持っていく。
さあ……今日も野球を楽しもうか。




