85. 世界大会の決着
ツーアウトを奪った時点で再び風が変化した。横風から一転、試合開始時と同じ追い風だ。ただ、前よりも風が強い。
そこで俺は横手投げからオーバースローに戻す。
「よし!」
普段よりも落差は小さいが速度は速い、スプリット気味の変化をする様になったフォークを選択し九番打者をサードゴロに打ち取り小さくガッツリポーズ……と思ったらニックに変わって入ったサードがエラーした。
雨で滑ったらしく、送球がすっぽ抜けて大暴投。二死ながらランナーは二塁、スコアリングポジションへ。
あちゃー、でもまあ、雨でグラウンドは結構ぬかるんでるしね。仕方ない、これも雨天時の野球あるあるだ。
「す、すまん……」
「ドンマイ!もう一本あるから気をつけて!」
現在、スコアは1ー3。
一発喰らえば同点となる場面でバッターはギルガメッシュ。これで4度目の対戦……おそらくここが、この試合最後の山場だ。
ギアをMAXへ。
「ふん!」
牽制のため一度、二塁ランナーへと顔を向け、再びホーム側を向き……最大の球威が出せる大きく脚を上げたフォームからインハイのギリギリを狙ってライジングカッターを2球続ける。
未完成の球故に、欲を言えば使わずに勝負したかった。だけどまあ、現状だと追い風で一番強化される球だからな。『ボールになってもいい、とにかく際どいコースへ』と意識して投げる。
例え外れても狙い球は散らせるし、一塁は空いてるから『ここは最悪、四球で歩かせてもOK』と割り切った。
結果は幸いにも、初球はギリギリに入ったのを見逃されストライク、2球目は引っ張ってのファールだった。
これでツーストライクになったが……もう対応してきやがったか。
***
(凄まじいボールだ……だが)
先程はインコース高めに食い込んでくる球にバットを折られる事なくファールになった。次は真芯で捉えてみせる、と意気込むギルガメッシュ。
そして3球目。
湊鴎賀は前の2球と同様に牽制のため一度、二塁ランナーの方を向きーー
その瞬間、顔を二塁方向へ向けたまま、脚を上げない爆速のクイックモーションで投げ込んできた!
(な?!)
先程までの大きいフォームと違う、盗塁を阻止する時に使うコンパクトで素早い投球動作。そしてそれがプロ並に洗練されている。
これは、トッププロの技巧派投手がよく使う技術の一つ。熟練の投手になるほど、ボールを投げる前段階から打者に気持ちよくスイングさせないよう様々な技を駆使する事があるのだ。
ピッチャーとバッターの勝負と言うのは、投手がボールを投げた瞬間から始まる様な単純なものではない。ハイレベルになる程、その前の前から駆け引きが始まっている。
フォームや投げ始めるタイミングを微妙に変えることもその一つ。
未熟なものが行えばコントロールや球威を損なう諸刃の剣となるが、湊鴎賀の身体操作は達人の域に達していた。
かくしてボールは、先程ファールを打ったインハイと対角線上にある外角低めギリギリへと投げ込まれる。
その球種は……追い風にて速度を増した154キロのストレート!
タイミングのとりやすいノーステップ打法。
しかし、それを使いながらギルガメッシュはなお立ち遅れた。ごく僅かな予備動作である軸足への体重移動が間に合わず、動揺から際どいコースの判断にも一瞬の迷いが生じた彼はスイングを開始出来ない。
それはそうだろう。
時速150キロのボールがミットに届くまで約0.4秒。時速100キロのボールなら、約0.66秒。その差はわずか0.24秒である。
つまり、打者の隙をつき0.3秒ほど思考と反応の時間を奪ってしまえば、時速100キロのボールでさえ150キロ以上の速球に化けるのだ。
そんな打者にとって『死に体』ともいえる状態を作ってから投げ込まれた154キロに対処できるわけがない。
つまり、この勝負は始まる前に終わっていた。
かくしてボールは、勢いよく大樹匠のミットへと突き刺さり破裂音がする。
「ストライク!バッターアウト……チェンジ!」
主審のコールが響く。
スコアボードのカウントランプが全て消える。
今大会、オープニングラウンドが始まって以降圧倒的な結果を出し続けてきたギルガメッシュ。
しかし、その最終打席は湊鴎賀を前に見逃し三振で幕を閉じる事になった。
***
8回裏、日本の攻撃。
先頭打者は俺だ。
欲を言えばホームランでもかっ飛ばしたいところなんだが……たぶん、無理だな。
それは、風によってギルガメッシュのボールが強化されているから……ではない。
「ボール、フォア!」
ストライクが入らないからだ。
奴は投球練習中から雨を気にしており、六回までは一定のリズムで投げていた投球フォームに若干の乱れが生じていた。
一塁に向かいながらアメリカベンチを見ると、投手コーチと監督が何かを話している。おそらく、投手交代を考えているのだろう。
まあ、無理もない話だ。
ピッチングと言うのは理屈と感覚の両方が必要な非常に繊細な作業である。リリースポイントが1センチズレるだけでキャッチャーに届く時には数十センチの差になる程度には。
そして、それまで無意識で気持ちよく投げていたのが何かを意識した途端に歯車が狂い、そのまま修正出来ずに四球を連発して終わる事が経験の浅い投手には良くある。
俺はその辺には結構詳しいのだ。なにせ前世、草野球で自分がピッチャーをした時に何度も経験しているからな(白目)
「ボール、フォア!」
それでも腕を強く振りながら2、3球に1球はストライクを投げ込んできたあたりは大したセンスだ。ただ、中途半端にストライクが取れる事で、逆に投手交代のタイミングが難しくなったな。
こちらの打線も心得たもので、決して無理に打ちにはいかない。結果、二者連続でフルカウントとなったが島津とアルベルトも連続で四球を獲得して満塁となる。
そして、匠への一球目。
連続四球の後でプレッシャーもあったのだろう。この試合、初めて腕の振りが緩みボールが力無く甘いコースに入った。
所謂、『ボールを置きにいってしまった』という奴だ。
それを匠が一閃すると……打球はセンターオーバーのタイムリースリーベースとなった。
「タイム!」
そこで、アメリカベンチが動く。
ギルガメッシュを諦めたらしい。投手交代だ。
その後、試合の見所はあまりない。
強いて言うなら、交代した投手から神子が犠牲フライを打ってさらにダメ押しをしたのと、最終回のツーアウトから向こうのキャプテンに意地の一発を食らったくらいだろう。
それでも次打者はキッチリアウトにし、こちらがリードしたまま表の攻撃が終了。日本は裏の攻撃を行う事なく8ー2でゲームセットとなった。
つまりーー
これにて日本はUー18ベースボールワールドカップ、初優勝だ。やったぜ。




