84. 荒天中の童子
現在、試合は8回の表。
アメリカ代表の攻撃が始まる直前まで進行していた。
「6回裏、日本代表は三番、湊のタイムリーにより逆転に成功!ギルガメッシュ・ウルクの連続無失点記録は26イニングで途切れました」
試合経過のリプレイを見ながら、アナウンサーが弾んだ口調で話す。
「そして、その後に披露したピッチングも見事でしたね、解説の張木さん」
「ええ、湊くんは強い逆風の影響を感じさせず……というより上手く活用して7回の表も三者凡退に抑えました」
これにより湊は3回から7回をパーフェクトに抑えたことになる。十五人連続でアウトをとっている計算だ。
「一方のギルガメッシュは風に苦しんでいる様に見えますが如何でしょうか?」
「その通りだと思います。おそらく彼は野球歴が浅く引き出しが少ない。故に強風と……7回裏の途中から降り出した小雨もまた鬼門となりました」
そして張木は、今のまでのプレーを見る限りギルガメッシュは速球を投げる事と遠くに飛ばす事だけに特化し短期間でアメリカ代表になった可能性が高い事。
凄まじい才能だが、悪天候での試合経験がなくキャリア不足が露呈した形になったのではないかと話す。
「その7回裏に日本は更に1点を追加。試合は1ー3と日本がリードする形、かなり有利になったと見て良いでしょうか?」
「ええ、それは間違いありません。ただ、一つ懸念をあげるとすれば……先ほどから雨足が強まっています」
そして張木は、自分は野手出身だから詳しい事は言えないが……と前置きした上で、ボールが濡れると摩擦係数が変わってコントロールが難しくなり変化球の曲がり方も変わってくるのだと説明を行う。
「このくらいの雨になるとプロでもコントロールを乱す者が多い。なので、マウンド上で打ち合わせを行っている湊くんが今どんな心境になっているか気になるところではあります」
***
「わははははは!風よもっと吹け、雨よもっと降れーー!!」
「なんで子供みたいになってるんすか……」
おっと、すまんすまん。長年練習してきた成果を大舞台でお披露目できるのが嬉しくてな。ついテンションが上がってしまった。
野球ってのは基本的に屋外で行われるスポーツだ。
だから俺は、雨や風の強い日でもパフォーマンスを落とさないように対策をずっと行ってきた。
梅雨の時期に土砂降りの中で投球練習をしたり、定期的に濡れたボールを投げる練習をしたり、強風の日にマウンドからホーム、一塁、二塁、三塁の四方向へボールを投げてみたり……といった具合にな。
「とはいえ、いくら鴎賀でもこれだけの雨だと影響をゼロには出来ないはずっすよ」
それは、まあ……はい。
「とはいえ、向こうの打者にもかなりデバフはかかるだろ?」
なにせ雨天時は明度の低下や水滴でボールが見えにくくなるうえ、足元やバットが滑りやすくなるからな。
「だから、悪影響を最小限に抑えた自分達の方が有利……って理屈っすか」
「ああ、なにせ俺は野球を始めてから今まで雨の日の試合で負けた事ってないからな!」
「うわー、めっちゃ悪そうな笑顔してるっす」
し、失礼な!
いくら俺でも世界中に放送される大事な決勝戦でそんな顔する訳……あ、いつの間にか頬の筋肉ゆるんでるわ。
「はあ、無自覚だったんすねぇ……さて、これから先は雨風を最大限活用したリードにすればいいんすよね」
「ああ、よろしく頼むわ、匠」
おっと、言ってる側から逆風だったのが強い横風へと変化したな。ならまあ、ここはサイドスローからスライダーでも投げとくか!
***
Uー18アメリカ代表の監督やコーチと言うのは、プロでの豊富なプレー経験やトップクラスの指導実績を持つプロフェッショナルで構成されている。
それは、若き才能に対し高度な技術や勝利へのメンタリティを直接指導する重要な役割だと認識されているからだ。
『クソ!どうなってるんだアイツは!』
逆風と小雨の影響もありここまで3点を失ったギルガメッシュは、ベンチでアンダーシャツを変えつつ悪態混じりに投手コーチに尋ねた。
アイツと言うのは勿論、コロコロと変わる風や大雨を意に介さず、眼前で童子の様な笑顔を浮かべながらアメリカ打線を牛耳っている日本人投手だ。
『おそらく彼は嵐の中でも投げられるようにキャリアを積んで来たのだろう』
問いに、経験豊富なコーチはそう答える。
『つまり経験の差、という事か?』
『それもある……が、彼の技術はそんな一言で片付けていい水準ではない。ここまで雨風を意に介さない選手というのはメジャーリーグでも稀だ』
驚くギルガメッシュ。
強風が吹くカリブ海域からメジャーリーグに挑戦し、その後は各国をわたり歩きながらプレーした経験を持つコーチの話には説得力があった。
『おまけに彼は、熟練のヨット乗りの様にどんな風向きでも推進力に変える事ができるらしい』
追い風ならカットボールやスプリット気味になるフォーク。逆風ならドロップやストレート。横風に変わった時はサイドスローからスライダーやシンカー……
『信じられない手札の多さ。しかもその全てがハイレベルときている』
齢18歳にして変幻自在の投球を披露する様には、敵ながら同じ投手経験者として感嘆するしかない。
『物心ついた頃から野球というスポーツを愛しており、人生の殆どをそのスキルアップに費やしてきたとしか思えない』
選手としてのキャリア晩年、日本プロ野球でもプレーして以来すっかり日本通となった彼は知っていた。
かの国では一つの分野に対して人一倍の情熱や異常なまでの努力を注ぐ人物を、とあるモンスターに例える事がある事を。そしてそれは、彼の様な選手を形容する時に使うことを。
そうーー
『オーガ・ミナト。彼は……野球の鬼だ』




