83. 逆風による満帆
ギルガメッシュ・ウルクには今まで同世代にライバルと呼べる存在がいなかった。
同格の相手と拮抗した勝負がしてみたい、と思った事は多々あれど、これまで自分と同格以上の存在に出会った事はない。
そして、スポーツに造詣が深い両親から今後も『一対一で正面から自分を破る相手と出会う可能性は低い』と伝えられていたので、『王とはそういう存在だ。仕方ない』と半ば諦めていた。
しかし今日、ギルガメッシュは慢心せず本気を出した状態で二打席連続で抑えられた。これはいわば局地的な敗北、同格とも言える存在の出現だ。
そんな彼が今感じている事を一言で言い表すと、こうなる。
『ベリー・シット!』
そう、最低の気分だ。
確かに同格の相手と拮抗した勝負がしたいとは言った。
だが、負けたいわけではない。加えて言えば、勝ち続けてきた彼は敗北に対する免疫が殆ど出来ていなかった。動揺し、それは怒りに変わってベンチで荒れる。
『落ち着け、ギル。君のホームランで一点取っているんだから』
『そうだよ、完封すれば君の勝ちだ』
すると、チームのキャプテンと捕手が声をかけてきた。ギルガメッシュもこの二人の事は『有象無象の凡骨の中では中々の実力を持っている』と思う位には認めていた。
そして、中々にいい事を言う。
特に、完封すれば君の勝ち、のあたり。
それに、先程の打席で自分が三振したのは風あってのこと。そしてまだもう一打席回ってくる。そこでホームランを打てば4打数2安打の2本塁打。誰がどう見てもこちらの勝ちだ。
『……そうだな。完封どころか、このまま一人のランナーも許さぬ完全試合にしてくれよう』
多少の動揺は残るものの気分を切り替え、チェンジと同時にマウンドへと向かう6回裏のギルガメッシュ。
6回表と変わらぬ逆風の中で投球練習をすると、自分のボールもまた以前よりも大きく変化しているのがわかった。
ならば、日本打線は今まで以上に打ちあぐねるだろう。蹂躙の時間だ。
「プレイ」
そして、審判のコールと同時にギルガメッシュが自信を持って投げ込んでいったボールはーー
七番打者、氷露臥龍によってセンター前に弾き返された。
『なんだと!?』
驚愕の表情を浮かべるギルガメッシュの向こうでスコアボードのHランプが灯る。日本打線にとって、この試合初めてのヒットだ。
***
俺は先程、チームメイト全員にこう伝えた。
『この回の逆風は俺にとってバフになった。だがギルガメッシュには大きなデバフになるはずだ』
「湊の言う通り、打ちやすくなった様だな」
「ああ、だからプラン通り頼む」
「よっしゃ、任せとけ!」
氷露のヒットを見たニックが、意気込みながらネクストサークルに向かう。ちなみに作戦指示はこうだ。
『今まで以上に打つべきボールを絞れ、左右どちらかに曲がる球の片方だけを狙っていこう』
投手ギルガメッシュの特徴は、圧倒的なスピードと手元でごく小さく曲がるナチュラルな変化。そして、程よく荒れる事によるランダム性だ。
だが、強い逆風はその全てにデバフをかける。
スピードが落ちる事に加えて、『手元でごく小さく曲がっていた』ボールの曲がりはじめが早くなる事で打者が捉えやすくなるのだ。
まあ、それでも十分強力なボールではあるんだが、俺達は五回までの間に球数を投げさせながら、『追い風によりさらに速く、更に手元で小さく曲がる』というバフがかかった状態のボールを散々見てきた。つまり目が慣れている。
しかもギルガメッシュは長身投手ゆえに重心が高く、投球時にも風の抵抗を大きく受ける。上半身が風に煽られる事によってフォームが崩れ、球威の他に元々良くないコントロールもさらに乱れやすい。
それはランダム性が増強するとも言えるが、要はストライクとボールがはっきりしている状態だ。なら、今の日本打線であれば充分対応できるって寸法よ。
ヒットで出た氷露を、何気に小技も上手い神子がバントで送る。そこからニックは飛びついたサードのグラブを弾く内野安打を放つ。
これでランナー1塁3塁。勝負所とみた東郷監督は代走を起用、俊足の細川が一塁ランナーになった。
マツケンはピッチャーライナーで惜しくもアウトになったが、細川が走るフェイントを入れてプレッシャーをかけ続けたのも効いたのか白井は四球をもぎ取りツーアウト満塁。そしてバッターは……俺!
ギルガメッシュが先に右腕で投球する旨を審判へと宣言し、俺はそれを見てから左打席に入る。いたちごっこにならない様定められた『パット・ベンディット・ルール』だ。
そして、その3球目。
真ん中高めから外側に逃げて行くシュート回転の球を捉えるとーー打球はサードの頭上を越えてレフト線へと転がっていった。
この勝負は、俺の勝ち。
日本の逆転だ。




