82. 逆風での飛翔
ライジンクカッターで流れを引き戻した後、日本は打線が爆発しギルガメッシュを一気に攻略!
……といければ最高だったのだが、試合は膠着状態に陥っていた。現実は甘くない。
三回表から五回裏まで、両チーム共に一人のランナーも出せない状態で折り返しとなる。
ちなみにこの間、俺達はチームぐるみで『ゾーンを絞って球数を投げさせながら好球必打』という策をとっていた。
何本かはいい当たりも出たが、それでも今ひとつ決め手にかける状態である。これでギルガメッシュは、今大会25イニング連続無失点。
そして現在、六回表の前に10分ほどかけて行われるグラウンド整備の最中だ。
つまり、試合は残りは4回。
なので、こちらはその間に最低でもギルガメッシュから1点を奪う必要がある。それも、アメリカ打線を0点に抑えながらだ。
ちなみに最低でもあと二回はギルガメッシュに打席が回る。というか、六回表にまた先頭打者で出てくるし……うーん、結構キツイな。何かきっかけが欲しい。
こちらが有利になる『追い風』的なものまでは求めないが、流れを変えるキッカケの様なものが……
「あ、風が出てきたね」
細川の言葉に、意識が思考の海から浮上する。
言われてみると確かに、試合開始当初は太陽の見えていた空には雲が増え、バックスクリーンの上で旗がバタバタとはためいていた。
そう言えば、天気予報で言ってたな。
韓国語でよくわかんなかったけど、一週間くらい前に出来た台風の影響でこの辺も今日あたり一時的に天気が乱れる可能性があるとかなんとか……
「湊、注意しておいてくれ。多分、次にお前がマウンドに上った時には結構な逆風になってるぞ」
投手コーチから声をかけられた。
隣には東郷監督もいる。
言われてみれば確かに、マウンドを整地してくれているスタッフの服はバックスクリーン方向に揺れていた。
そういえば、匠が今年の初めに俺の運勢を占ったとき『逆風。思わぬトラブルあり。言動注意』とか宣ってたな。
もしかして『逆風』って主に今日のことだったりして。
思わぬトラブルや言動注意はもう心当たりがあるし……アイツの占いって妙によく当たるんだよな。
ちなみに、逆風の場合ジャイロカッターの威力は半減する。空気抵抗が増えるから、『予測よりも速く目標に到達』という特殊効果にデバフがかかるのだ。
つまりーー
「いいですね、試合展開を変える契機だ」
おっと、グラウンドの整地が済んだようだ。
六回の攻防が始まる。
東郷ジャパンの興廃、このイニングにあり。
本日はこれより荒天にて風強し。
上等だよ。
試合も丁度折り返す事だ。
必殺ターンをぶち込んでやるぜ。
***
『ギルガメッシュ、今はこちらにとって追い風が吹いているからーー』
その先を言いかけた打撃コーチを、アメリカ最強打者は手で制した。その先の言葉は不要だと。
野球歴は一年に満たず、この様な強風の中で試合をするのは初めての経験だったが、彼には多様なスポーツ経験があった。
サッカー、アメフト、ビーチバレーなど屋外スポーツというのは基本的に『追い風』にいる側が有利である。
というのも、こちらのボールは風に乗ってグングン伸びていく一方、相手のボールは空気抵抗で勢いが殺されるからだ。
そして、それがギルガメッシュには不満だった。
先程のアウトは、慢心によるミスではない。故に、相手投手には対等の条件でリベンジをしたいと考えていた。
とは言え、勝負には付き物なのだ……『時の運』というものが。だから、こう割り切る事にする。
(つまり、運命力で我が上回っていたという事だ)
先程の不思議なカットボールは自分にとっても脅威となる球だったが、ホームからマウンドへ強風が吹いている今なら幾分かスピードが落ちるだろう。
そして、高いレベルの戦いではその幾分かが、雌雄を決する大きな差となる。
(だが、ツーストライクまでは他のボールを狙う)
何故なら、湊鴎賀は三回から五回まで自分と次打者への二球しか不思議なカットボールを投げていなかった。
実は未完成なのか身体への負担が大きいか、自分への決め球として使うためにあえて温存しているのかはわからないが……
(もしも、初球からカットボールを多投してくる様なら初めは見逃して軌道を覚え、その後で確実に打つ!)
そんなプランで打席に立ったギルガメッシュに湊鴎賀が投じたボールはーー
(ドロップ!)
縦に鋭く大きく落ちる、キレの良い変化球。
だが、それは一昨日の試合からもう何球か見ている。そしてギルガメッシュは、『自分なら後出しでも対応可能な球』だと判断していた。
スイングを開始する。
もし多少ミスショットしても、打球が上がりさえすれば後は風に乗ってスタンドまで一直線だ。
その結果ーー
「ストライク!」
審判のコールが響く。
『なっ……!?』
驚愕するギルガメッシュ。
ボールは、彼の予想した軌道よりも更に深く鋭く沈み込んで、バットは空を切っていたのである。
二球目はチェンジアップ。
これも、前の打席までにインプットした軌道よりも大きく落ち、また強烈なブレーキがかかっていた。
何故か、変化球の威力が大きく増している。
再び空振り、これでツーストライク。
と、そこでギルガメッシュは気づく。
『……風か!』
そう、逆風の中で投げ込まれた変化球というのは空気抵抗の増大によってスピードが落ちる一方で、曲がり幅は増大するのである。
そして三球目、カラクリに気づき変化球への警戒レベルを最大限まで引き上げたギルガメッシュ相手に投げ込まれたのは
(ど真ん中の直球だと!?)
1打席目でホームランにしたのと同じ球種だった。
あのまま変化球を続けられていれば、あるいは再び自分は敗れていたかもしれない。
だか、投じられたのは球速にデバフがかかるストレート。しかも先程は高めのボール球をホームランにしたというのに、今度はストライクゾーンに入っている。
(愚か者めが!)
ギルガメッシュはそんな思いでフルスイングしーー
そのバットは、再び空を切った。
『……は?』
***
「ストライク!バッター、アウト!」
「っしゃあ!」
狙い通りギルガメッシュを三振に切って取った俺は、思わずガッツポーズを作る。狙い通りのパフォーマンスが出来た時ってのは、気分がいいもんだ。
ドロップとチェンジアップで追い込みツーストライクとなった所から、匠が決め球に出したサインは、『真ん中高めのストレート』だった。
中学時代からコイツは本当に投手を立てるリードしてくれる。サインの意図はもちろん『さっき打たれたボールでリベンジっす!』だ。
一見、無茶苦茶なリード。
しかし一方で、そこにはきちんとした勝算もあった。
まず、その前に2球連続で変化球にて空振りをとる事ができている。だからギルガメッシュの目と意識は落差とブレーキの大きい変化球に向いていたはずだ。
次に、俺のストレートの強みは『純粋縦回転』、スピード以上に手元の伸び上がりで勝負するボールだ。今は逆風により直球の速度は落ちるがポップ成分、つまり上方向への変化量は増大するバフ状態。
実は、軽い追い風が吹いていた試合前半こそストレートの伸び上がりにはデバフがかかっていたのである。
最後に、俺は先程打たれた時とストレートの握り方を変えていた。
具体的には、指一本分開けていた人差し指と中指の間をピッタリとくっつけ、曲げた親指で少し深くロックする方法へ。普段、よく使っている教科書的なストレートの握りがバランスに優れたノーマルフォルムだとしたら、こっちはパワーフォルムだ。
こうする事で、コントロールは若干付けにくくなるが、ボールの一点により強烈な力を加える事ができる様になる。勿論、スピン量だって爆上がりって寸法よ!
そして俺は、ギルガメッシュをわずか三球で仕留めた勢いをそのままに、次打者とその次の打者も三球三振に切ってとる。鳥が空気抵抗から揚力を得て空高く舞い上がる様に、この回はストレートが実によく伸びてくれた。
これで、1人の投手が一回のイニングにおいて、打者3人をそれぞれ3球ずつ、計9球ですべて三振に仕留める『イマキュレート・イニング』を達成だ。
「ナイスピッチ!」
「このまま行こうぜ!」
ベンチに戻り、迎えてくれた味方に笑顔で答える。
「任せとけ。これから先、もう一点もやらん」
さあ、これで守りは問題なし。
後はこちらが点をとるだけだ。
「それと、聞いてくれ皆。この先の攻撃なんだがーー」




