湊鴎賀:ライジング
初回に続き二回の裏も日本は三者凡退に抑えられた。そして現在、ギルガメッシュを先頭打者に再びアメリカの攻撃が始まろうとしている。
「マウンド上で、湊と大樹は一体何を話しているのでしょうか」
「先程ホームランを打たれているギルガメッシュに対してどう臨むかという方針確認でしょう」
現在、スコアは1ー0のビハインド。
これ以上点はやれない場面だ。
「国内では最強だった湊くんですから、先程のように投打で圧倒された経験は無かったはずです。弱気になっていないといいですね」
上澄み中の上澄みが集まるプロで長年やってきた経験を持つ張木は、湊鴎賀の精神状態を懸念する。
才能溢れる選手が初めて己より上の存在と出会った際、ショックから調子を落とし、また立ち直るのにも時間を要した事例というのは多い。
そして特にアマチュアで負け知らずだった選手ほど、その傾向は強かったのである。
***
野球漫画を読んでいると『主人公さあ、ぶっちゃけ敵の最強スラッガーは全部敬遠すればいいんじゃね?』という感想を抱く事があるかもしれないがーー
「状況的にここは勝負一択だよな!」
だって、リアルな野球で先頭打者をわざと歩かせるなんてハイリスクだし、そもそも強敵から逃げる様な選手はこの舞台に立てない。
それに、序盤からフォークを使っている中、2イニングで打者一巡した事から分かる通りアメリカ打線はギルガメッシュ以外も強打者揃いだ。四死球でランナーをためて被弾すれば試合が終わってしまう。
試合の流れもある。ただでさえ劣勢な現在、逃げる姿勢をみせるのは悪手だ。再戦する事で戦う姿勢を見せ、勝つ事で流れを引き戻す必要がある。
うん、実に理路整然としているな。
これで俺は今、完全に冷静であり、さっきホームラン打たれて頭に来たから真っ向勝負でリベンジしようとしているのではないと証明されたような物だ。
「そ、そうっすね……」
匠のお墨付きもでた。
よしリベンジだ。ギルガメッシュの野郎、ぶっ殺してやる。もちろん野球でな!
「まあ、それはいいんすけど……実際、どの球を軸に組み立てるべきっすかねぇ。消去法で言うとフォークなんすけど……」
匠の悩みは尤もだ。ストレートは先程は打たれており、チェンジアップとドロップは緩急系で組み立ての軸になる球ではない。
一方のフォークは先ほど空振りを奪っておりまだ通用しそうだが、基本ボールゾーンに落とす球だし何球もストライク付近に投げ続けたら近い内に対応されるだろう。他国投手のスプリットを片膝つきながらホームランにした映像も試合前に見ているしな。
それに、まだ試合は序盤。フォークを多投してここを抑えても、中終盤で打たれたら意味がない。という訳でここはーー
「鴎賀はどうしたいっすか?」
丁度いいタイミングで意見を求められたので、自分の考えを伝達。
「マジっすか……」
マジっす。
さあ、そろそろプレイに戻る時間だぞ。
「しかしまあ、初回にやられたばかりなのに鴎賀ったら全然凹んで無いっすね」
「いや、流石にショックは受けたぞ」
というか、ぶっちゃけ折れた。
「でも、もう治ったわ!」
近年のスポーツ界では「レジリエンス」という精神的回復力が重要視されている。わかりやすく言うと、心が折れた状態から素早く立ち直る力の事だ。
心が折れなければ負けじゃない、なんて言葉もあるが、人間、折れる時は折れるし負ける時は負ける。倒れた事のない奴なんていない。
そして、その過酷な勝負の世界で明日の勝者と敗者を分かつのは、地に伏した後すぐ立ちあがり環境に適応できるかどうかなのだ。
両親から『鴎』の名を冠した名前を貰っている身として、その辺は常日頃から肝に銘じてきた事でもある。
それに、見方を変えれば大舞台で戦った結果として挫折出来るなんて贅沢な話だ。
前世で味わった、どうすれば上達できるのか分からないまま闇雲に努力する苦しさや、練習量に劣る後輩にレギュラーを取られて試合に出る事すら出来ないまま最後の夏が終わった時の絶望感に比べたら可愛いもんである。
と、打ち合わせが少々長くなってしまったな。
審判の心象を悪くしない様に俺から足早に遠ざかりながら、匠が「全く、ウチのエース様は負けず嫌いの怖い者知らずで参るっす」なんて呟くのが聞こえた。
酷い風評被害。全く、困ったもんだ。
あと、お前だってそう言いながら口もとニヤけてるじゃねーか。バレてるぞバトルジャンキーめ。
「プレイ」
審判の指示に合わせて集中力をマックスまでに持っていく。これから投げるボール、その結果次第で試合展開は大きく変わるだろう。
そこで俺は理想のボールを投げる為に脳内でイメージを固め、身体中のリソースを全集中させる。それから匠のミットを目掛け全力で投げ込んだ。
普段より足一つ分広くステップし、普段のオーバースローよりも腕の角度を少しだけ下げた『スリークォータースロー』で。
***
応援曲『帝国のマーチ』を聴きながら打席に立ち、マウンドに立つ日本人投手の顔をみたギルガメッシュは意外に思った。
『ほう、勝負してくるか』
野球を始めてから今までの間にそれなりの数の本格派投手と対峙してきたが、一度圧倒的なパワーで捩じ伏せた後は消極的に勝負を避ける者ばかりだったからだ。
そして、それが少々楽しみでもある。なにせ先程は咄嗟に対応して勝利できたが、久しぶりにギリギリの勝負だったのだから。
慢心してミスショットで凡退する事は時々あるが、己の意に反してあそこまで明らかなボール球を振らされたのはこの国際大会が始まってから初めての経験である。
(では、フォークを軸として多投してくるかな?)
それが、経験豊富な打撃コーチの予想だった。先程、『もし勝負してくるなら日本のバッテリーはそうしてくる可能性が高い』と耳打ちされたのである。
また、おそらくサイドスローでは来ないだろうとのこと。左対右では基本的に打者が有利だし、キューバの大型左サイドからホームランを打っているのも知っているはずだから、と。
(それとも裏をかいてもう一度ストレートか……ああ、我のために今まで温存してきた『奥の手』を出してくる可能性もあるな。)
何せ自分はそれだけの打者なのだから。
そしてその場合、ストレートに擬態したツーシームやカットボールである可能性が高く、同時に少しばかり厄介……なのだが、それでも尚、今までに予想したどの球種がこようと勝利できる自信がギルガメッシュにはあった。
フォークを狙い、他の球に対応する。
それだけでいい。
だって、それでストレートが来て差し込まれようと、ツーシームやカットボールで多少バットの芯を外されようと、自分のパワーならスタンドまで持っていくことができるのだから。
それに、思った以上のキレがあって打球が上がらずとも、高確率で野手の間を抜けるヒットにはなるだろうと計算を働かせるギルガメッシュ・ウルク。
かくして、投げ込まれたボールは……インコース高めの速球系!
左投手がリリースポイントの対角線にある右打者インコースに快速球を投げ込む時、そのボールは相当な威力となる。時に『クロスファイヤー』と固有名詞がつくほどには。そしてーー
(ーーカットボールか!)
そう、湊鴎賀はそんなクロスファイヤーにカット系、つまり更に内側に鋭く小さく曲がる変化を組み合わせる事で、自分が先ほどやられたようにギルガメッシュのバットをへし折りに来たのである。
見事、だがーー
(想定内だ!)
かくして、動体視力や反応速度にも優れたアメリカ最強打者はスイングを開始し、暴力的なエネルギーを伴ったバットがボールと衝突する。
***
空中で何かが爆ぜる様な音がして、質量を伴った物体が高速で三遊間を抜けていった。
そしてーー
ボールはピッチャー前の小フライとなり俺のグラブへと収まった。
「アウト!」
審判のコールに、信じられないという顔をして打席内に立ち尽くすギルガメッシュ。
まあ、気持ちはわかる。お前は圧倒的な身体性能を持っているもんな。もし多少差し込まれようと、バットの芯を外されようと、自分のパワーならスタンドまで持っていくことができるとか思っていたんだろ?
その通りだよ。
だから俺は『差し込みながら』、『同時にバットの芯も外す』事でバットをへし折った。
そう、先程三遊間を抜けて行ったのは『へし折ったバットの先端部』である。
そんな事が出来るのかって?
出来るんだよ、この『新魔球』ならね!
これがどんな球かを科学的に説明するなら
『対角線上の高めへと投げる、ジャイロ回転成分の入ったカットボール』
というのがその全容だ。
これは、日本の硬球よりも縫い目が高く、滑りやすくて重たい国際球を握った時に『相性がいいかも』と思いつき、本日まで急ピッチで習得に励んできた新球種である。
そうそう、手探りで進める中、韓国の『超高速潜水艦』と対戦した経験もいいヒントになったな。
野球には『ジャイロボール』という、まるで銃弾の様に飛んでいくスパイラル回転軸ボールがある。その特徴は『バックスピン系ストレートよりも空気抵抗が少なくなるので目標まで速く到達する』と言う事。
ただ、某漫画主人公のように『オーバースローで低めにジャイロ回転のボールを投げる』と、空気抵抗の関係で『縦に落ちるスライダー』になってしまう。
故に、落ちないストレートの様なジャイロボールは、基本的に下から上に向かって射出するアンダースローでしか投げる事が出来ない。
そう、『基本的に』は、だ。
物事には例外というものが存在する。
左オーバースローでは流石に無理だが
①左スリークォーターまで腕の角度を下げ
②重心を落とした低い射出角度から
③対角線上の高目を狙い
④時計に見立てたボールの8時方向を指先で切る
事に全て成功した場合に限り、上手投げであっても落ちないジャイロ系ボールを投げる事が出来るのだ。
何故ならこの条件下であればリリースの際に『上方向へのベクトル』もかかるから。ちなみに、②に関しては170センチ台とプロ基準では小柄の部類に入る俺の体格もプラスに働く。
そして、それは正に魔球となる。
『高速で浮き上がりながら、ストレート以上に速く目標へと到達し、加えて右打者の手元で鋭く内角へと食い込む様に曲がる』
という、野球漫画も真っ青な未知軌道のボールになるからな。
それで打ち取ったギルガメッシュに続いてバッターボックスに立つのは、先程ヒットを打たれたスイッチヒッターの二番打者。
先程と同様のボールをインハイに投げ込むと、再びバットがへし折れてサードゴロとなった。
よし、これでツーアウトだ。
三人目は左打者。左対左で基本的にこちらが有利な上、二人連続でバットをへし折った新球を警戒している様子が見てとれた。
なら、ここはストレートとドロップで十分だな。はい三振。
「よか勝負やった」
「やったな、湊!」
三者凡退に抑えてベンチに戻ると島津とニックの三遊間コンビが声をかけてきた。その表情は明るい。
「凄いボールだったね」
「温存していたのかい?」
一方、この試合でファーストとセカンドを守っている二人、マツケンとアルベルトは先程ギルガメッシュを打ち取った球に興味津々だ。
まあ気持ちは分かる、二人の本職は投手だもんな。
「いや、温存していた訳じゃないよ」
どうやって投げるのか気になっている風でもあったのでそれを軽く説明すると、二人揃って絶句していた。流石、察しがいいね。
なにせこのボール、2010年代にとある天才投手が開発しその有用性が証明されたのに2020年代になって世界中を見ても使い手が殆どいなかった程に習得難易度が高いんだ。
故に、俺もこの短い大会期間中に実戦で試す所まではいけなかったから、投げずに今日を終わる事が出来ればそれが一番だった。
だが、相手は星とストライプの最強国!
故にこちらも余裕はなく、危ない橋を渡る必要があったのだ、ギャンブルだぜ。
二球連続で成功したのは運が良かったとも言える。多分、実戦で上手く投げられる確率はまだ70パーセントくらいだからな。先程、匠が『怖いもの知らず』と言ったのはそれが理由だ。
まあ、熱血少年アニメには『勇気で補えば100パーセントだ!』なんて名台詞もあるんだが……さっきはそんな軽口を考える余裕も無いくらい本当にギリギリだった。
あー、上手くいって良かったー!
そして、その分成功報酬はデカい。
相手としては突然ケアすべきボールが増えたことで他の球種へのリアクションも遅れるだろうからな。
「もう点はやらん」
「後はこっちが得点するだけっすね」
「よっしゃ、行こう皆!」
一方、こちらのテンションは上り調子。
これで、流れは互角以上まで戻ったはずだ。
「ところで結局、なんて言う変化球なんだ?」
ニックに言われて気づく。そういえば、まだ球種名を明かして無かったな。
『ライジングカッター』
それが、このボールの名前だ。




