あこぎな商売はやってられないよ
「すみませ~ん。おじさん。この鉄剣なんだけど、まけてくれない?」
口ひげを蓄えた筋骨隆々なおやじが店の奥から腕まくりしながら出てくる。僕を見て小僧がなんの用だと言わんばかりのいかにも渋そうな面構えだ。
「あ~ん。ウチはどの品も優良物件なんだよ。どれ一つとしてまけてやれるものなんか…………、ああいいぞ」
「おお、ありがとう。じゃあ、全部で10本買うから、二割まけてよ」
「ふざけんじゃねえ。だからまけねえって…………、よしきた」
「さすがおじさん。あとおまけにこの弓と矢筒も頂戴」
「う~、今回だけだぞ。まいどあり」
店主の様子を奥で見ていたおかみさんは口をあんぐりと開けてその様子を見ていた。
僕が大量の荷物を抱えて店を出ると、後ろから「本当にあれでよかったのかい?」と、おかみさんがおやじに詰め寄る声が聞こえた。
『値切り』はレベル5だと、効果はこんなものだ。でも、これがどんどんと高レベルになっていくとどうなるんだ。簡単に荒稼ぎができてしまうそうだ。これはこれで恐ろしいスキルだった。
仕入れは専ら僕が担当していた。なにせ、このスキルがあれば、相場より必ずどんなケチな店主のところに行っても安く買う事ができるからだ。そうして安く仕入れた物を他所で売る。「周商会」はそんなセコイ商売で徐々に売り上げを伸ばしていった。
長安に来てから3ヶ月になっていた。
僕はすっかりここでの生活に慣れてしまっていた。奴隷とはいっても、このように僕はもう商会の超主力バイヤーになってしまっているのだ、周豊としても無下には扱えない。もちろん、手錠を嵌めていては商売などできないので、もうとっくに外出する時には外されている。逃げられないように常に監視されてはいるが、簡単に暴力を振るわれるような事は今はもうなかった。
「ぼろい商談だったねぇ。次もこの調子で願いますよぉ」
「しかし、あの店主は大損しただろうな。可哀想だよ」
「はんっ。まあだそんな甘い事を言っているんですか? 貴方。スキルは有効に使わないと、スキルに対して失礼でしょうが。それにねぇ、他の誰が損をしても私が得をするならばそれでいいのですよ」
あいかわらず意味不明な理論を振りかざしている。例え何十年連れ添ってもコイツとは仲良くなれそうにないな。まあ、向こうも仲良くしようだなんて思ってはいないだろうけど。
商売とは本来、信用が第一だ。持ちつ持たれつの関係でないと長くは続かない。こんな風に自分だけ暴利を貪っていてはいつか必ず手痛いしっぺ返しを喰らうのだ。
「こっちへ来なさい」
街の大通りを歩いていたのだけど、周豊は急に狭い路地に入る。腕を引かれた僕もそこに吸い込まれて行くことになる。
「しばらく黙っていなさいよ」
懐から拳銃を取り出して僕の額に当ててくる。しっかりと安全装置は外している。つまり、黙っていないと頭がふっとぞと脅しているのだ。
どうも何かをやり過ごしたいようだ。
それがなんだか気になる。頭に冷たいものを感じながら路地から大通りの方を覗き込む。
黒塗りに金ぴかをあしらった豪奢な天蓋を付けた四頭立ての馬車が大通りを通るところだった。馬車の周りには護衛の騎馬が十七頭並走している。
それはどう見ても要人の行列だった。
「なあじっちゃん。もう3ヶ月にもなるってのに、手がかりも掴めないの? 早く見つけて欲しいっつーの。あいつはめちゃ弱いんじゃん。一人じゃマジなんもできないって~。なんならもう死んじゃってるかも。えっ、まじ。あいつ死んだん? マジダサい。可愛そ」
「そうだな。他ならぬ白ちゃんの頼みじゃ。捜索人員を五倍にして探し出してやろう。それでええだろ。な?」
「はい~。じっちゃん、よろ~。あ~それとさ、この間話してた、金の髪飾りの件どうなったんじゃん?」
「ああ、あれな。配下に探させておるんじゃが、まだ手に入らん。もう少し待ってくれんか」
「ま、仕方ないっしょ。なるはやでね」
天蓋の中では、壮年の男性と10歳くらいの女の子が座って話していた。一見、援助交際の関係のようだが、祖父と孫娘という間柄だ。
二人とも僕の知り合いだった。
女の子ははとこにあたる董白そして、男性のほうは僕と董白の祖父、董卓だ。
董卓とは漢帝国の将軍であり、列候に名を連ねている貴族でもある。今は破虜将軍という役職に就いている。力でのし上がった成り上がり貴族だ。だから、僕や董戎、董白も貴族家の一員という事になる。
とはいっても、僕と董白は実際には同じ身分ではない。彼女はじいさんの直系の血筋であるのに対して、僕らは傍流の家庭で生まれたのだ。いわば分家だ。家格はかなり落ちる。
じいさん自身も地方の武家から力で成り上がった男なので、貴族といえども地盤はまだ緩く、権力はそれほど巨大なものではない。
「おうおう、任せておけ。愛いのう愛いのう。ワシはのう。お前が喜ぶのならなんだってやるでのう。ああ、そうだ。いつかお前に領地をくれてやろうな」
爺さんはその厳めしい巨体に似合わない脳みそが鼻からとろけだしているんじゃないかと思うほど甘ったるい声でいる。これまで二度会った事があるが、僕と話をするときとは人格ごと変わっているんじゃないかと疑うほどの違いがある。
「えっ、マジ? やったじゃん。どこらへん? ウチ、長安の近くがいいっしょ。それか、洛陽。許昌か、鄴でもいいかな。でも、田舎とかマジ無理だからね」
「そうだのう。場所はええところを考えておこうな。お前に似合う都会的な場所をな」
そんな呑気な話をしながら馬車は通り過ぎていった。相変わらず董白はノリが軽い。名前の割りにガングロだし。可愛い娘がガングロメイクをするのって、すっごい無駄遣い感があるように思うんだけどこれは僕の偏見だろうか。
彼女にはいつも「あたまかてーじゃん。そんなだからもてないっつーの」って、言われていたのを思い出す。余計なお世話だったが。




