アイドル目当てなんてやってられないよ
「いよいよ、準備が整いましたよ」
その日屋敷に帰ると周豊は手下達を集めてそう伝えた。
かねてより、計画していた『転生者を奴隷にする作戦』。これを実行する準備ができたということだった。
その哀れな転生者とは、この館を購入した日に目撃した【魔術師】のことだ。ずっと人を付けて見張らせていたのだ。
『クリエイター』の能力は、創り出そうとする物と同等の価値の物、または金銭を必要とする。周豊は僕に金を稼がせ、それを元に防刃ベストや拳銃やポリカーボネート製の盾などの武器防具を生産していたのだ。
それぞれ、コストとしては、防刃ベスト(35000銭)、ニューナンブM60拳銃(60000銭)、ポリカーボネート製の盾(35000銭)が、一式で20名に装備。
さらに、周豊自身は、上記に追加で幅広のサバイバルナイフ(10000銭)、防刃のジャケット(55000銭)、防刃ズボン(40000銭)、ヘルメット(45000銭)、マント(18000銭)、防刃グローブまで装備していた。ちなみに、盾も他とは違って、スタンガン機能付き(75000銭)。絶対死にたくないマンだな。
これだけの装備を揃えるのにはかなり苦労した。主に僕が。
くる日もくる日も店主に値下げをふっかけて、時にはジャパニーズ土下座を駆使して儲けたお金だ。馬車馬のごとく働いた成果である。
『値踏みLV5』、『値切りLV5』、『収納術LV4』、『販売LV2』、『契約LV1』。これが現在の僕のスキルだ。お陰様でかなりレベルアップした。
新しく覚えたスキルとしては、予想通り『販売』スキル。露店を開くとあっという間に品物が売れていく。あと、まだ使った事のない『契約』。どうやって使うのかもよく分からない。なにしろこの世界の商売には契約などという概念が無い。
『収納術』はやはりかなり便利なスキルだ。レベルも上がっているので、腰に巻いた小さな袋でも一抱えほどの荷物が入る。しかも、取り出しは僕にしかできないので、へそくりはしっかりできる。すでにちょろまかした金や物が数万銭溜まっている。もちろん、そこは周豊には内緒だ。デメリットかと思われた僕にしか使えない仕様が実は利点になっていた。
「それでは皆さん。狩りにまいりましょうね」
ナイフを口の端にぴたりと当ててペロリと舌を出した妖しい顔。どこぞで見た悪党になりきってらっしゃる。そうして颯爽とマントを翻らせて歩き出す。
「行ってらっしゃい」
羊聖と僕は着々と準備を進める彼らに笑顔で手を振る。まあ、無事に帰ってきて欲しいなどとは思わないけどね。
「何を言っているんです。貴方も当然来るのですよ」
「えっ?」
残念ながら、僕も実行部隊の一員だったらしい。拳銃以外の装備を与えられて出発する破目になってしまった。てか、僕も拳銃持ちたい。
留守番組と羊聖が留守番として後ろで手を振ってくれている。その足元には一匹の黒猫。猫はふいと路地に姿を消した。
【魔術師】の隠れ家は城壁の外だった。長安から北に少し歩いた林の中に一軒家を建てて住んでいた。
184年に起こった黄巾の乱以降、この国は盗賊や山賊がいたるところに根城を築き、村や町を襲って好き放題やっている。かつてないほどの規模で乱れた国内情勢。そんな中、城門の外に住むという事は、それらの賊に対抗する手段を持っているということである。でなければ生きていけない。つまり、【魔術師】にはそれがあるということだ。
少し開けた場所に建つこじんまりしたとんがり屋根の一軒家。西洋風でこそ無いが、魔法使いがいかにも住みそうな造りにこだわった建物だった。
林に潜んで中の様子を伺う。
周豊達は少し離れた後方の茂みに隠れている。僕一人斥候に出されたってわけだ。
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一軒家 (平屋)
敷地面積:不明
延床面積:51.48㎡
価格: 1500000銭
頑強さ:LV2
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『値踏み』で能力を確認するが特に不自然な点は無い。見た目こそややこの時代にそぐわず奇抜といえるが、ただの納屋付きの平屋住宅だ。納屋の屋根に黒猫が佇んでいる。納屋の中には鶏がいるようで、コッコッと鳴き声が聞こえる。
家の前には畑があり、そこで野菜を栽培しているようだった。
庭付き一戸建てだったが、価格に関しては、土地がタダなので、材料費と建築代だけのものだろう。城内の一軒家に比べるとかなり安価である。
家の中で何者かが動く気配があった。【魔術師】は在宅であるようだ。
戻って周豊にその旨を伝えると、20名の重装備の戦士達はゆっくりと家の周りを包囲するように動き出した。
重装備とはいったが、ポリカーボネート盾(3.5kg)、ベスト(2kg)、拳銃(670g)、あとは思い思いに持参した膝当てや剣などなので、重量としてはそこまで大した重さではない。彼らの動きは静かでスムーズだった。
それぞれが配置についた事を確認すると周豊が身振りで突入の合図を出す。
入り口の扉に四人、二方向の窓からそれぞれ一人、裏口から三人が一斉に家の中めがけて殺到する。それ以外の者は後詰め。少し後方で待機している。
九人の戦士が突入したが、中からは争う物音は聞こえて来ない。荒々しく、歩き回る者の姿が窓や開いた扉の隙間から見えるだけだ。
確かに誰かが居る気配はあったんだけど、無人だったのだろうか。だとしたら、僕は偵察としての任務失敗ということで罰を受けるだろう。お願いだからいてくれよ【魔術師】。
「なあ、董真君? こりゃあどういうことだろうねぇ。【魔術師】はどうやら留守らしい。中に誰かが居る。そう言ったよなあ。董真君?」
「いや、確かに人影が動いたんだけどな……」
「部下達が派手に家の中を散らかしてしまったよ。これじゃあ、出直すとしても今回の襲撃がバレて不意打ちができないよ。これ、どうしてくれるの?」
散らかしたの僕じゃねえし。なんか理不尽な言いがかりだな。
「それじゃ、【魔術師】が帰って来た時に、家の中で待ち伏せっていうのは……」
僕が名案をひねり出していると、急に家の四方の壁が一斉に燃え出した。しばらくするとそこからこんがりと焼けた襲撃者達が命からがら這い出てくる。
「「な、なんだ?」」
「も、燃えてるぞ。何があった?」
家の周りにいた周豊の家来達が慌てている。
その家来達に向けて、納屋の辺りから、火球が飛来する。直撃を受けた彼らは次々と火に包まれていった。
「気をつけろ 。納屋の方に誰か居るぞ。そちらを警戒しながら、ここに集まれ」
残った家来達を一旦集合させる周豊だったが、家の中に居た者を合わせて、既に十名以上が戦闘不能に陥っている。
「はーっははは。愚かだな。僕の策に見事に引っかかった」
納屋の方から黒猫が一匹出てきてそう言った。
「お前たちは拳銃で武装している。だから、姿を見せる事ができないので、私の使い魔を通して会話させてもらう」
猫は【魔術師】の使い魔だったようだ。【魔術師】は使い魔の口を介して、言葉を発する事ができるらしい。
「僕は少し前からお前達の存在に気づいていた。だから、使い魔を使って様子を探らせていたんだ。今回の襲撃もお見通しだったというわけだ。恐れ入ったかこのボケナス」
こちらが、【魔術師】を観察してたように彼もこちらを監視していたのだ。それに気づけなかったのは周豊が間抜けだからだ。情報戦でしてやられたのだから、もうこの時点で負けはほぼ確定したと言ってもいい。
「痴れ者共よ。なぜ、僕を襲う? 何が目的だ?」
猫が問う。
「知れた事ですねぇ。異能力者は全て敵。私の覇道の妨げになるようなら葬るし、そうでなければ奴隷とする。それだけなんですねぇ」
だから、なぜ奴隷?
自分の絶対優位が保てなければ、仲間も作れないのか。
ちなみに僕は拠点である屋敷の中と同様、町の外に出るにあたって、手錠をかけられ監視も一人付けられている。こんな戦闘能力も無いひ弱な僕にさえこの念の入れようである。
「ふん。話の通じる相手ではないということか。じゃあ、死んでもらうしかないね。ここはね。今まで何度も盗賊に襲われているんだ。その度に僕はヤツらを撃退してきた。つまり戦いには慣れっこだってことだよ。転生者だからって、同じ異世界人だからって敵には容赦はしない」
足元から植物の蔓が延びてくる。これは畑で栽培されていたキュウリの蔓だ。ところどころキュウリも生っているから間違い無い。僕らは、急成長を遂げたキュウリの蔓に動きを封じられた。手足をキュウキュウと締め上げられて、次々と地面に拳銃や盾が落ちていく。
「これでようやく姿を晒せるな」
手に杖を持ち、とんがり帽子をかぶった小太りな男が納屋の影から姿を現した。黒猫が主人の元へかけて行き、その肩に飛び乗った。
「僕は波柔。【魔術師】だ。」
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波柔 10歳9ヶ月 男
LV 18
身長:143cm 体重:35kg
体力:50/60 魔力 33/152 腕力:23 すばやさ:33
戦闘技能:なし 知力:85 統率力:23
出身地:司隷馮翊郡郃陽県
適正職業:【魔術師】
スキル:『炎魔法LV7』 『水魔法LV2』 『雷魔法LV4』 『風魔法LV3』『土魔法LV2』『植物魔法LV3』『使い魔LV4』
装備:とんがり帽子(4000銭)・ローブ(6000銭)・服(2000銭)・ズボン(3000銭)・杖(4000銭)・皮袋(2000銭)
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他に大きな変わりはないが、以前に見た時より、『炎魔法』スキルが格段に上がっている。
「『植物魔法』は使い勝手が悪いけど、意外と仕込みがあれば有効に使えたりするんだよな。こんなこともあろうかと庭に畑作っててよかったよ」
悠然とした足取りで、蔦に絡まれて雁字搦めで動く事のできなくなった僕らに近寄ってくる。
「私をどうするつもりだ? 金が欲しいのならくれてやるぞ」
いつだって周豊は自分の事しか頭に無いらしい。私達、ではなく、私、と聞くあたりが彼らしい。それにしても、清清しいまでに子悪党な台詞だ。
「そうだな。君を殺したところで僕にはなんの得も無い」
「そ、そうだ。そうだろ。君には二度と関わらない。だから見逃してくれないか? 拳銃や盾、私が創れる物はなんでも提供するぞ。なんでもだ。どうだ?」
「なんでも……だって?」
「そうだ。なんでもだ。私が持つ『クリエイト』スキルであれば何でも作ってやれる。この世界の物でも現代の物でも何でも!」
「本当か~?」
【魔術師】は訝しみながらも考え込んでいる。
「も、もちろんだとも」
それは嘘。彼が作れるのは知っているものだけ。
「まさかとは思うけど。GON46の平間百合音ちゃんのブロマイドとか出せちゃったりするのか?」
「は? 」
「だーかーらー。京都祇園を拠点に活動していたアイドルユニットGON46で永遠のセンターを飾った超絶かっわいい神かわいい、平間百合音ちゃん。彼女のグッズ。何か出せるなら。僕は何だってする! この世界に来てからず~っと元の世界に帰って彼女のライブを見られる日のことを待ち望んでいたんだ。でも、でも、十年も経って彼女の姿形を少しずつ忘れていってしまっている自分がいるっ!! だから、だから百合音ちゃんをいつでも思い出せるようにグッズを出して欲しい! できればスマホなんかでライブのPVなんかが観られれば最高だ。無理なら生写真とかでも構わない。とにかく彼女を感じさせてくれ。お願いだ!!」
あまりに予想外な発言に周豊は口をぽかんと開けて閉じる事ができないようだ。どうやら【魔術師】は、転生前はドルオタだったようだ。その迸る情熱が抑えられないようで、ドバドバと溢れ出してくる。
「え、えーと。無理だねぇ。私がよく知らない物は創ることができない。何か、何か別の欲しい物はないのかい?」
「じゃあ、元あめ色パンジーの横山芹菜ちゃんでも構わない」
「あめ色バンシー?」
「違うよ。あめ色パンジーを知らないなんてもうアイドルを知らないとも言えるね。万死ーに値するよ」
「あ、アイドル以外の何かで頼むよ」
「そんなものないね。僕は魔法が使える。これで大抵の事は事足りるンだよね」
「そんな……。アイドルなんてこの世界にはいない。そんなしょうもないものの事は忘れてこの世界での楽しみを考えてはどうか。そうだ、私と協力してこの天下を……ぐ、ぐわぁあぁ……」
絡みついた蔓がギリギリと周豊を締め上げる。彼は【魔術師】の地雷を踏んでしまったようだ。どちらかといえば柔和な顔立ちだった彼は今や鬼の形相だった。
「アイドルがしょうもない、だって? 僕の事はどうだっていいが、百合音ちゃんに対する侮辱は許さないぞ。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ!!」
謝ろうにも周豊は涎を垂らして下を向いてしまっている。どうやらすでに意識を失っているようだ。
「あ、あの。GON46の平間百合音ちゃんなら、一度だけ本人を見たことがあるよ。僕は関西に住んでいたからね」
「何っ? そうなのか? き、君も転生者なのか」
僕がおずおずと横から口を挟むと、異常な喰いつきがあった。そのせいか、キュウリの締め付けが緩んでしまっている。
「とっても可愛かったな。百合音ちゃん。まあ、僕のお目当てはアヤメちゃんだったんだけどね」
「一条アヤメ。なんと。き、君はGON46のファンだったのか?」
「いや、まあ、全然詳しくは無い、ただのにわかだけどね」
本当に大したことない。一度劇場に足を運んだ程度だった。それも友人に誘われてだ。その時に購入したブロマイドやCDは僕の部屋の片隅に飾ってあったはず。
「同士よ。こんなアイドルのいない地獄のような世界に同士がいた。そうかそうか。なら、話が変わってきますねえ」
「だよねえ」
ドサリと周豊が地べたに横たわる。支える物が無くなったからだ。もはや、蔦は僕らを拘束していない。
乱暴に投げ出された周豊一味とは違って丁重に解放された僕に【魔術師】が歩み寄る。
「黒猫を通して見ていたけれど、君はこいつ等とは少し違うようだったね」
「少しとは心外だな。彼らとは全然違う。むしろ敵だとも言えるね。この通り彼、周豊は自分本位で、同じ転生者を捕まえて奴隷にしようとしているんだ。僕は彼に使役される哀れな転生者だよ」
「なるほどそういう事情か。悪いのはこの男か」
【魔術師】はつま先で白目を剥いた周豊をツンツンとやっている。
「酷い目に遭わされたよ」
「なら、僕が君を解放しよう。元の世界に戻るために研鑽を積んできた魔法だけど、悪党をやっつけるにも役に立つはずだからね」
「では、僕は君の友人になる。そして、いつかなんらかの方法で君の望みを適えてあげると約束するよ」
「おお!! マジですか? 神よ。じゃあ、もしそんな事ができたなら、僕の力の一部を君にあげるよ。もともと魔法にそれほどの執着はないよ。便利だから使っているけどね」
【魔術師】こと、波柔は握手を求めてきた。僕はその手をためらい無く握り返した。彼の目は非常に熱っぽく、僕を昔からの友人のように見ていたので少し引いたんだが、しかしそんな事はおくびにも出せない。
「契約、成立だ」
――パーン。
乾いた音が響く。
そして、目の前にいる【魔術師】は糸の切れた人形のように左に倒れ込んでいった。目の焦点は合っておらず、口角はだらしなく垂れ下がっている。僕の手は彼の身体に引かれ一緒に倒れこんだ。
頭部を撃ち抜かれている。これでは即死だろう。
せっかく友好的な関係を結べそうだったのに、余計な横槍を入れてくれたものだ。
銃声の方を振り返ると、周豊の部下がまだピストルを構えた姿勢で立っていた。
「ふはは、ははっはっはっははははは。やったぜ。大手柄だ。俺の手柄だ。やったぞ」
男は飛び跳ねて喜んでる。確か、櫂という名だったか。
今喜んでいる彼は、すぐに恐怖に怯える事になるだろう。なぜなら、【魔術師】はまた起き上がるからだ。転生者は死んでもすぐに生き返る。僕もそうだったから。そして生き返った【魔術師】はあの男を許すはずがない。
「……」
そう思っていたが、なぜか一向に【魔術師】波柔は起き上がって来ない。現代のアイドル話をしていた人間なので、転生者なのは間違いないはずなのに。なんでだ?




