ゴブリンなんてやってられないよ
それは夜に起こった。
隊商が何者かの襲撃に遭ったのだ。
多くの者が眠り、見張りに立った者もうとうととし始めた時間帯だった。
夜は布のテントを8つ張って中で寝る者と外で寝る者がいたが、当然、僕を含む奴隷達は外で寝る組だった。普段はテント組みを羨んで眠りに就いていたが、今日ばかりは外でごろ寝でよかったと思う。まともな寝具ももらえなかった僕は寝転んだ草の感触にまだ慣れず、上手に眠れなかった。ぼんやりと獣避けの焚き火を眺めていた。
焚かれた篝火のうちの一つがまず倒され、辺りの明度が下がった。静かに押し殺された足音が確かな意思を持って近づいてくる。
「敵だ」「夜襲だ」と慌てた声がいたるところであがり、うろたえた男女が武器や命の次に大事な物、大事な人を掴んで右往左往していた。
夜襲にいち早く気づいた僕は、奴隷達を起こして近くの茂みに隠れることができたが、テント組みは少し反応が遅れた。得物を持ってテントから出てくるところを敵に狙い撃ちにされていったのだ。
野盗かなにかだろうか。茂みに潜み、襲ってきた何者かの正体を探る。
小柄な人影の集団だった。
見る影、見る影、全てが小さい。子供の集団なのか?
闇に目が慣れてくると次第にその姿がはっきりとわかるようになってきた。物語に出てくる魔女のように高く、長く伸びた鼻。大きく左右に裂けた口。節くれだった指。長く尖った耳。そして緑色の体色。それは、見覚えのある姿だった。
「あれはゴブリンだ!」
一緒に隠れていた奴隷達がこちらを向く。ゴブリンについての説明を求めているようだったので、説明してやった。といっても僕が知っているゴブリンが今目の前で狼藉を働いているゴブリンと同じものなのかは確証が持てなかったのだけど。
ゴブリン。
西洋の世界観を持つRPGなどでよく登場する下級の人型モンスター。大抵は小柄でひ弱、成人の男性には体力で劣る。知能は低いが、作品によってはある種の言語を操り、武器や道具を扱うことから、獣よりは知性があると認識できる。性格は邪悪である事が一般的で、たびたび人や家畜を襲う。集団で行動する傾向がある。
冒険の初期で討伐目標となる事が多く、スライムなどと並んで雑魚モンスターの筆頭格である。
「あんな生き物は始めて見ましたよ。よ。こ、こわいのです」
羊聖が怯えるのも無理は無い。僕だって怖い。あんな人外の生物が存在する事自体がおぞましい。
しかし、なんでここにゴブリンがいるんだ?
昔の中国に生息していたのか? そんなバカな。空想上の生き物のはずだ。それに、ここにいる者達がみな、あんな生物は見たことも聞いた事もないと言っている。
――――――パァン。
闇夜に火花が散る。それから立て続けに五回。銃声だ。
周豊が生成していたものだろう。中央のテントに殺到していたゴブリン達のうちの数名がバタバタと倒れるのが見えた。
「貴方達、うろたえないで奮起しなさいよ。相手は姿かたちは不気味だけど、数だけのただの雑魚よ」
それまで、一方的に攻め立てられていた周豊一味はようやく攻勢に出た。
ゴブリン達の数は暗闇で正確には分からなかったが、それでも数十匹はいただろう。普通の隊商だったらそのまま全滅させられていたかもしれないが、この集団は元は野盗の類だ。戦闘には慣れている者が多い。巻き返しは早かった。ゴブリン達は徐々にその数を減らしていった。
「どうにか勝てそうだよね。ね」
恨みのある周豊達が負けて欲しいという気持ちもあったが、ゴブリンの奴隷になる未来はもっと恐ろしいので、残念ながらこの度は周豊を応援するしかなかった。
情勢は良くなりつつある。ほっと安堵しかけたときに、僕らが潜む茂みの背後に近づく影に気がついた。振り向くとそこには、前方で戦いを繰り広げているゴブリンよりも一回り大きい――といっても、成人女性程度だったが――ゴブリンが、立っていた。
大ゴブリンは小ゴブリンを五匹従えていた。小ゴブリンはすでに手にした小さな弓の弦を引き絞っていて、あとは放つだけ。
「みんな、伏せろっ」
言いつつ、僕は羊聖の上に覆いかぶさるように倒れこんだ。僕が地面に顔を着くのと背中に矢が刺さるのはほぼ同時だった。
「董真様。董真様っ!」
必死に僕の名を呼ぶ少女の口を手で塞ぎ、黙って死んだフリをするように促した。
僕以外の奴隷二人にも矢が刺さっていて、倒れている。残った一人は前方、周豊達が戦っている方へ逃れたようだ。
背後から現れたゴブリン達は、戦闘に参加するべく進撃を開始する。そしてその進路には僕達倒れた奴隷がいる。
行きがけの駄賃とばかりにゴブリンどもは僕らに小さな石斧や短剣を振り下ろす。何度かそれを行って僕らが動かなくなってから再び前方に動き出したのだった。
霞んでいく視界には小さく汚い尻を振りながら駆けていく緑の生き物が映っていた。




