酒場の悪党と交渉なんてやってられないよ
通りに出て、来た道を戻る。城門からは一直線でそう遠い宿ではなかったから、すぐに門前広場まで着いた。これまで歩いた通りにもこの広場にも僕の鞄を持った人間はいなかった。
藍染めの上等な鞄だったから、それなりに目立つはずだ。僕らは聞き込みをする事にした。
「青い鞄か。見てないな」
「最近は盗人が多くて困る。この間も隣の爺さんが弁当をすられておったわ」
「無くなったモンは諦めな。返ってくることなんてないさ。盗人がこのあたりをまだうろうろしている訳もないしな」
「盗人の事なら、酒場で聞いたらどうだ? ただの盗人か。それとも白波賊の仕業か。良くないヤツラが溜まっている酒場なら北の広場にある。子供なんかを入れてくれるかわからねえがな」
情報を頼りに酒場に行ってみるが、やっぱり子供だけだと、門前払いを喰った。一度宿に戻って徐栄に相談してみた。
「いいだろう。一緒に行ってやる。ただし、この町に滞在できる期限は明日の昼までだ。それまでに鞄が見つからなけりゃ、有無を言わさず出発だ。分かったな」
協力を得て酒場に戻る。
外観からして怪しげな雰囲気があったが、中に入ると一層雰囲気は悪くなった。一見するだけで、ここがまともでない人間の吹き溜まりだと分かる。
いかにも性質の悪そうな顔をした男たちが入ってきた異物である僕らを怪訝そうに睨みつけてくる。
酒場の隅には喧嘩でもあったのだろうか、壊れた椅子の残骸が壁に寄せて置かれているし、昼間から酒や賭け事に興じる男どもが笑いあっている。まあ、子供が来るような場所ではなかった。
男どもの視線も場の雰囲気もものともせずに徐栄は堂々と進み、カウンターのど真ん中に置かれた椅子に腰を掛ける。
「親父。盗人の情報をくれ」
ドストレートかよ。座るなり徐栄はカウンター越しに酒場の親父に向かって大声でそう聞きつけた。親父は当然厄介な物を見るような顔をしたし。周りの客もざわめきたった。
「おいおい、なんだよぶしつけに。客じゃないなら帰ってくれ。見たところ軍人さんのようだけどウチは真っ当に商売やってるんだ。妙ないちゃもんつけるようなら役人を通してくれよ」
五十台前半と見られる長身でスキンヘッドの親父は太く逞しい腕を見せつけながらそう言った。
「おう、じゃあ酒をくれ。あと情報もくれ。ああ、こいつらには新鮮なヤギの乳だ」
親父に注文する徐栄の背後に三人の男が近づいた。
「なんだお前。ここの流儀ってのを教えて……、ぶかっ!!」
そして肩を叩こうとした男が途端に後方に吹き飛んだ。振り向きざまに徐栄が裏拳を叩き込んだからだった。
「なんだ。お前らが教えてくれるのか?」
拳をコキコキ鳴らしながら振り返る徐栄。やる気満々だよこの人。
「何しやがる。てめえ。ここがどこだか分かって手ぇ出しやがったのか」
「どこ、って。酒場だろ」
店の中にいた悪そうな男達は全員立ち上がっていた。そして、僕らを取り囲むようにじりじりと迫って来る。その数、十八名。戦闘は避けられそうもなかった。
「ま、待て。待ってくれ。店で暴れないでくれ」
「やだね。だって、お前。中で暴れた方が情報教えてくれるだろ」
なんて恐ろしい理屈を吐く男だろう。味方でよかった。
店主にそう言い放った徐栄は、これだけの敵に囲まれても余裕そうだ。
「さあて、お前ら全員、持ち物検査だ」
一斉に飛び掛ってきた男どもを徐栄は次々と素手で殴り倒す。
二人に合図を送り、僕らはあえて手を出さず傍観していることにした。下手に力を見せてしまっては何に利用されるか分からないからな。徐栄のことはある程度信頼しているし恩もあるけれど、異能を全部晒してしまうのは下策だと思った。
もちろん、危なくなれば、助けに入るつもりではいたが、その必要もなかった。
「この中にはお前の鞄を持っている奴はいないみたいだぞ」
店内を荒らしに荒らして、敵を全滅させた徐栄が、男の一人を足蹴にしながらそう言った。そうして、店主に向かって、教える気になったか、と脅した。
「こ、この町の盗みや強盗、人攫いはそのほとんどが白波賊のしわざです」
そういえば、町で聞き込みをした時もそんな名前を聞いた気がする。
「ふうん。白波賊っていやあ、并州で大勢力の賊だ。この辺りもあいつらの勢力圏なのか」
「動きが活発になってきたのはつ、つい最近になってからです」
「で、そいつらの根城は?」
「まさか、乗り込む気ですか? 無茶です。北の山に根拠地がありますが、その規模は千を軽く超えます。この町の軍隊でも手が出せません」
元は183年。今から五年前に決起して鎮圧された黄巾賊から分かれた盗賊団で、今も強力な軍事力を持っている白波賊。その末端といえども、下手に刺激して戦争になると厄介だということで、漢の政府は彼らを放置しているそうだ。
「どうするつもりだ。さすがに白波賊の根拠に持って行かれてちゃ。取り戻すのには骨が折れるぞ」
宿に戻るなり、徐栄が言った。
「一人で行って取り返して来る。子供一人なら、油断するだろうし、仲間に入りたいとでも言えば……」
僕がそう言うと、隣で董戎、李霊も立ち上がる。
「俺っちも仲間になるぜ」
「いや、仲間にはならへんやろ。仲間になるフリして騙して鞄を取り戻すんやろ。当然手伝うで」
二人も同行する事を申し出てくれた。でも、
「お前達を危険な目に遭わせる事はできないよ。残念だけど、あの鞄の事は諦めるよ」
「そうなんか。お宝ようさん入ってたんちゃうんか?」
「そうだぜ。なんなら俺っち一人でハチャメチャにしてきてもいいぜ。盗賊団なんかよ」
本当にできるかもしれない。
「いや。僕の不注意でこんなことになったんだ。ここまで手伝ってくれただけで感謝だよ。ありがとう。明日はもう出発だし、もう休もう」
そう言ってはみたが、どうしても諦めのつかなった僕は、夜中に布団を抜け出した。明日の昼までに戻らなければならないので、急がなければいけない。




