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スリに遭うなんてやってられないよ


「新しい仲間のスライムや。名前はスラっち、と名づけたで。よろしくな」


李霊(りれい)の足元でぶよぶよとした液体なのか固体なのか判別しにくい青色の物体が蠢く。鏡餅状の身体からにょろりと一部触手のような物を突出させて挨拶をするように振っている。


草むらに入ってなにやら戻って来ないと思っていたら、スライムを見つけてテイムしてきていたようだ。スライムは低級の魔物である。外見は動くゼリーといったところだ。戦闘力は低いが、意外と知能があり、身体も変幻自在なので器用な一面がある。あと、ちょっと可愛い。


「よろしく」


僕の肩に乗っていた黒猫の使い魔、ユリリンが飛び降り、スライムの頭? に着地した。そして、その乗り心地を試しているように姿勢を変えて座ったり起きたりした後、そのままとぐろを巻いて寝てしまう。どうやら、寝床として気に入ったようだ。ひんやりしていて気持ちいいのだろうか。


「お前、面白い友達連れてるなあ。弟も変だけど」


徐栄(じょえい)将軍は僕に向かってそういった。もちろん、友達とは李霊(りれい)の事で、弟とは、董戎(とうじゅう)の事だ。


僕らは祖父、董卓(とうたく)の命令で将軍、徐栄(じょえい)に付いてこの国の首都である洛陽(らくよう)に向かっている。将軍はともかく、どうして僕らが随伴するように命じられたのかは謎だったけど、歯向かうことはできない。100人の兵士に守られているし、漢帝国で最大の都市に見物に行く機会をもらったのだからまあ、別に歯向かう理由もなかったのだけれど。


僕らがいた楊陵(ようりょう)の町からは商業都市長安を通って、五日ほどで洛陽(らくよう)に着く。

ほとんどの者が騎馬、僕らは馬車での移動だ。山道の多い中国だが、大都市間は街道を馬車で移動可能だ。馬を乗り換えることができる駅のシステムを使えばより効率よく、早い移動ができる。


「変……。ですかね」


道のりは半ばほどまで来ていたが、ここまでで、李霊(りれい)はスライム二匹、ゴブリン三匹をテイムしていた。【モンスターテイマー】は一度テイムした魔物を謎空間を使っていつでも好きなときに呼び出す事ができるらしい。だが、一度に連れ出せるモンスターの数は使役レベルによるらしく、今はまだ一体しか連れて歩く事ができない。

今は連れていないが、董戎(とうじゅう)の相棒オーガはオーちゃんと名づけられていた。モンスターそのものが、まだ世間に認知されていないのでことさら目立つモンスターは連れて歩けない。ゴブリンやオーガを街中で連れていては大騒ぎになってしまう。李霊(りれい)にとっては、好きなモンスターと歩けないのは不満なのではないだろうか。


「いや、ほんとに幸せやわ。モンスターを見つけることができる幸せ。テイムすることができる幸せ。そして連れて歩ける幸せ。この世は幸せでいっぱいや」


意外とそう不満でもないようだ。


「どう見ても変だろ」


なにやらうっとりしている彼女を指して徐栄(じょえい)。反論できない。


「俺っちもそう思うぜ」


右手に岩を持って上下に上げ下げしている董戎(とうじゅう)。


「お前はもっと異常だ」


「そうか?」


異常で異質。異次元的でもあるな。


「それにしてもお前の袋は便利だな。なんでもそこから出してくる事ができるのか? 俺にくれよ」


徐栄(じょえい)は冗談とも真面目ともつかない顔で言う。


「中から物が沸いてくるわけじゃありませんよ。自分で入れた物を取り出しているだけです。それに、あげても使えませんよ。これは僕しか使えないようにできているんですよ。というか、絶対にあげませんけど」


これには全財産が入っている。全て換金したら3億銭程度にはなるだろう。平民ならば5千万銭あれば一生遊んで暮らせる。それに、この数ヶ月で自家菜園で栽培した野菜や果物をたくさん貯蔵した。この袋は、これまでの努力と血と汗と涙の結晶でもあるのだ。簡単に譲れる物ではない。


「そりゃ残念。それがありゃあ、武器も出し入れ自由なんだろ。持ち歩くの面倒なんだよな。重てえし邪魔だし」


手にした立派な槍を持ち上げて言う。武器は武人の魂じゃあないのだろうか。残念そうに離れていく徐栄(じょえい)だった。


それからしばらく進んだ僕らは立派な城門を潜る。長安には及ばないが、大きな町だった。かつてはある国の首都だったこともあるという安邑 (あんゆう)に着いた。


「二日ぶりに町に着いた~。今日はちゃんとした屋根のある部屋で眠れるな。ウチはスラっちを枕にして寝るで。水枕みたいできっと気持ちいいわ」


もしかすると枕にする為にテイムしたのかもしれない。


「馬車ってのは、窮屈だしケツが痛くて適わんぜ。さっさと宿に行こうぜ兄様」


「お、おい待てって」


二人は意気揚々と賑わう街並みを駆け足で行ってしまった。おそらく目的地である宿の場所は把握していない。

僕も遅れて人の流れを掻き分けるように二人に追いつく。

そしてある事に気がつく。


「鞄が……、ない」


例のヒップバックが無くなっている。しっかりと腰に結わえ付けていたはずなのに、いつの間にか無くなっているのだ。よく見るとベルトのように腰に巻きつけていた紐が、鞄が付いていた辺りから切れている。切り口が鋭い。どうやらナイフのような物で切られたようだ。

つまりスリに遭ったのだ。


頭が白くなったようで一瞬我を忘れた。そして次に青くなる。パニックだ。

え、なんで? どこで? どのタイミングで? 誰にやられた?


「探して来る」


じっとできなくて僕は言うなり部屋を飛び出した。


「どうした兄様? 下痢か?」


「鞄を盗まれた!」


とりあえず元来た道を走る。


「兄様ぁ。俺も行くっ」


すぐに董戎(とうじゅう)と李霊(りれい)も追いついて来た。


「水臭いわ。私も一緒に探すで」


宿に着いたばかりの徐栄(じょえい)は血相を変えて宿を出ようとする僕らに目を丸くする。


「おい、お前ら。晩御飯までには帰って来いよ」



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