雪山なんてやってられないよ
春節に賑わう町を抜けて、雪の積もった荒野を目指す。こんな寒い中をモンスター狩に出かけるなど、正気の沙汰とは思えない。
モコモコに防寒具を纏った董白はげんなりとした顔つきで横を歩く。それは絶対に自分で言い出した人間がする顔ではない。
「真。魔法でこの寒さなんとかならないん? マジ寒くて死にそうなんですけど」
鼻をすすりながらトボトボと歩くお嬢様。
「あいにく、火の魔法は使えない。気力で耐えるか、家に帰って炬燵で暖まるかだね。後者がお勧めだよ」
「そんなつまんない冗談いいって。それよか、魔法のポッケでかなえてちょ。便利道具なんでも入ってんでしょ。それ。早く早くぅ。助けて真えもん!」
全然冗談じゃないんだけれど。実際しんしんと降る雪を見ていると、あの暖炉と炬燵が恋しくて恋しくて堪らない。
「猫型ロボじゃないからなんでもは入ってないよ。僕が入れた物だけだ。というか、僕の事そんな風に見てたのか。だけど、小豆ならある。これを布に入れて温めてカイロの代りにできるよ」
「どうやって温めるん?」
「そりゃ。まあ、レンジとか。いや、焚き火で湯を沸かして、その鍋の上に置くとか。すぐには無理だけど、休憩中に火を使って温めておけば、使えるようになる」
「よし、んじゃ休憩。バカの人は薪を拾って来て」
「おう、分かった。って、俺の名前はバカじゃねっつの。覚えろ。董戎だ」
「そんなの分かってるんじゃん。それより、拾ってくんの? 来ないの? アンタが行かなきゃ真が行くだけじゃん」
「もちろん、行くに決まってんだろ。もう二度と薪なんて見たくねえって、くらい拾って来てやるから。首洗って待ってろ」
と、走って行ってしまう。
「どんな状況だよ。でも、薪はこの雪じゃあ、拾ってもすぐには使い物にならないから拾って来なくていいよ。僕が持っている物を出すから」
「やっぱドラちゃんじゃん」
小豆パワーで暖まったところで、山に入る。
ここで遭難しないように気をつけないといけない。この数ヶ月で近隣の地形に関してはある程度頭に入っているので、天候が悪くなったりしなければ大丈夫だとは思うけど、いくら気にしたって注意のしすぎにはならないだろう。
そして見事に遭難した。
そもそもまともに当ても無くモンスターを探して山に入ったのだ。適当に歩き回るうちに知らない土地に入っていた。おまけに吹雪になって帰り道も見失ってしまったという次第だ。
「寒い。もう無理。動けんじゃん。真。どうにかして雪を止ませんじゃん」
董戎に背負われた董白が無茶を言う。
「そうだな、この視界の悪さじゃ闇雲に歩き回っても仕方が無い。どこでも畑で栽培ができるように入れておいた納屋を出そう。少しは雪を凌げる」
「マジ、えもんじゃん」
「待って、董真。あっこに人が歩いてんの見えへん?」
雪に霞む視界の向こう。李霊の指差す先に、確かに二つの人影のようなものが動いている。その先にはきっと人里があるだろう。彼らが遭難者仲間でなければ。
「狩の途中で吹雪に遭いなさったか。それは大変じゃったなあ。それも、まだ子供ばっかりじゃ」
二人は近くの山村に住む男性で、町からの買出しの帰りだったらしい。向かう先は小さな二十人ほどの村だったが、しばし滞在させてもらうことができた。
男達の家は粗末な造りではあったが、結構な広さがあって、僕らが大人数で押しかけたにも関わらず、くつろぐには十分なスペースがあった。
「この辺りでこんなに荒れることはほとんどないんじゃが、最近は妙でな。こんな日がもう何日も続いておる。白い狼や雪男を見たっちゅう話もあるで。本当に世の中がおかしゅうなっておるようじゃ」
かなり髪が白くなった男は蓑傘から雪を払って玄関の柱にひっかけると、深く嘆くように語った。
「ありがとうございます。お礼はさせて頂きますので、何か食べる物と寝るところを提供していただければ嬉しいのですが。あ、品物の方がよければこの毛皮なんかどうでしょう」
糸目の好々爺といった風情の男は、横へと首を振った。
「いやいや、お礼なんかせんでええ、こんな吹雪に子供を放り出す大人はおらんですわい。奥に続きがあって、離れになっております。そこでよかったら狭いですがお使い下さい。高貴なお方々とお見受けしますでの。お食事はお口に合いますか分かりませんが、後で持って行かせます。おい、五名様分の食事を作れるかの」
言葉の最後は奥にいるらしい、女性に声をかけたようだ。奥からはい、と答える声がした。
離れはやはり狭く、僕がポケットに収納している納屋と変わらない程度の広さだった。それでも、きちんと整理されていて、清潔感を感じた。一堂は荷物を置き、思い思いに姿勢を崩した。
「わ、私。お手伝いしてきます。ますね」
荷を下ろすと羊聖は女性の声がした方へ行った。気の利く良き娘じゃ。
「親切なじじいだぜ」
大の字に寝転んで董戎。彼女とは正反対の態度だ。
「じじい言うな。確かに、このご時世だというのに急な客に余分に五人分の食事を快く準備するなんてなかなかできるものじゃない」
「そう。怪しいじゃん。さては、モンスターじゃん」
どこに怪しむ要素があったのか、董白は冗談でなく真顔だ。
「バカな。モンスターが人間に化けているって言うのか?」
そんな知能の高いモンスターがいるのだろうか。人の世界に紛れて暮らすモンスター。夜な夜な獲物を探して町をうろつく。人語を解して操り、信用させた後に貪り食う怪異。それはもはやホラーじゃないか。
「かもなぁ。それか、モンスターに操られてんじゃん?」
「だとしたら、胸アツやな。操ってるんやったら蜘蛛のモンスターやろか。糸とかで。そのモンスターをテイムできたら操られてる人も支配できたりしてな。うわああああ。滾る!」
「滾るなよ。そんなの期待しているのは李霊だけだよ」
この家はさっきの老人とその長男、それにあと長男の嫁の三人暮らしのようだった。
羊聖と共に夕食を運んできた嫁も親切な態度で好感が持てた。もう結婚して何年にもなるが、子供ができないのが悩みだと話していた。
一家は猟師をして生計を立てていたが、最近は得物も減っていて、さらに魔物のような物が徘徊しているので思うように仕事ができないのだと言う。
「これは、俺っち達でなんとかしてやるしかないぜ。兄様」
彼はアホだが根はいい奴だ。彼らの近況を聞いて董戎に感じるものがあったのも自然なことだった。
「ああ、そうだね。モンスターを探していたところだし丁度いいかもしれない」
「んじゃ、ついでにこの辺のモンスター根絶やしにしよっか」
董白は物騒な事を言っているが、できるかどうかはともかく、まあ異存はない。
「待って、根絶やしはノーや。私にテイムさせてや。モンスターにも生きる権利があるからな。モンスターハブアライトやで。命は大切に」
「そうです。モンスターさんも、根絶やしは可哀そうなのです。ですよ。李霊ちゃんの言うとおり、平和に行きましょうね。ね」
みんなの意見をまとめて、できる限り李霊がテイムして、無理ならみんなで討伐。という基本方針が立てられた。
翌日の朝、僕らは狩に出ることに決めた。




