お父さんなんてやってられないよ
軽妙な音楽が流れ、ダンスを踊り始める時間となった。男性は女性を誘い、ダンスパーティーが始まる。文化が違っても音楽があれば人は踊りだしたくなるものなのかもしれない。
董白は引く手あまたで、たくさんの男性に囲まれ、ダンスの相手を申し込まれている。この会の主催なのだし、実力者の孫でもあるので当然といえば当然だったが、それだけではない。彼女はダンスのパートナーとして選ばれるだけの容姿も十分に有していた。
だが、その彼女は遠目で見ても不機嫌な様子で、男性の誘いをことごとく断っているようだ。そして、あたりをキョロキョロと見回すと、僕を見つけて寄って来る。
「真。なんで知らない男っていつもニヤニヤしながら寄って来るん。キモイからマジ止めさせて。もう少しで全員ビンタしそうになったっての」
町でのキャッチセールスやナンパを思い浮かべる。確かに、知らない男がニヤニヤしながら寄って来る時はだいたい妙な下心がある時だろう。それに喜んでついて行かないようであれば、それは育て方が良かったと喜ぶべきなのだろうけど、そんな事を僕に怒られても困る。
「知っている男ならいいのかい?」
そう言って僕は彼女に手を差し伸べた。
「フン。仕方ないから、踊ってあげる。てか、アンタ踊れんの?」
踊りは得意ではない。でも、転生前と違って今は絶賛身体を鍛えている最中だ。勉強しかしていなかった頃よりも格段に身体もよく動くし無様に転んだりはしない自信がある。けして上手ではないが、音楽に合わせて雰囲気で身体を動かす事ぐらいはできなくはない。
「へえ」
とだけ彼女は言って僕の動きに合わせてくれる。僕が彼女に合わせる事はあっても彼女が僕に合わせることなんて、ダンスをする時くらいだろうなと思いながら、足だけは踏まないように気をつけた。
「クリスマス会。楽しめたかな?」
「まあね」
含みのある言い方に少し釈然としなかったが、いつもの彼女であるとも思った。
それにしても、今更にして彼女とお互い顔を見合わせて踊るのなんて気恥ずかしい。うまく目を合わせられなった僕だったけれど、向こうでは特に気にした様子はないようだった。
司会、音楽とダンス、ときて宴もたけなわとなった。ビンゴ大会も終わってプレゼントもみんなに行き渡ったようだった。滞りなくクリスマス会は大盛況のうちに終わりを迎えるのだった。
「いや~。皆さん本日はどうもありがとうございました。主催して頂いた董将軍に感謝を。発起人の白令嬢に賛辞を。そして、この盛大な聖夜の会に集まって頂いた皆様に拍手を。それでは夜も更けておりますので、お足元に気を付けてお帰り下さい」
客が三々五々、帰って行った会場に一人佇む影があった。
真っ暗ではあるが、ガラスの無い窓からは月明かりが差し込む。片付けは明日行う予定となっているので、ツリーや飾りつけはそのまんまだ。
幹事としては、明日の撤収の事を考えなければいけない。会場に戻った僕は、彼女をそこに見つけた。
クリスマスツリーのてっぺんには月明かりを受けて輝く星。それを見つめる少女の姿は神々しくすらあり、声をかけるのを躊躇う僕がいた。
普段の高飛車でとらえどころの無い彼女とは違い、どこか愁いを湛えた雰囲気を纏っている。目の端には気のせいか、光る物が見える気がする。
「こんなところで何やっているんだ?」
彼女が僕に気が付いたタイミングで声をかけた。
炎や光関係の魔法は使えないので、彼女を照らす術は僕には無い。暗闇の中で向き合うことになる。
「アナタ、サンタさん?」
「さんた?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。サンタ。サンタとはサンタクロースのことか。クリスマスイブの夜にトナカイの引いた橇でやってくる髭のおじいさん。今日の日には一番相応しい存在だ。
「子供の頃の事、覚えてる? と、言ってもウチが子供の頃」
「もう、何十年も昔だ。覚えていることと、忘れてしまった事があるね。言ってくれたら頑張ってでも思い出すよ」
僕と彼女が現代に暮らしていた時の思い出。こちらに来て12年。あちらの世界で数年前の話か。体感ではもう何十年も経ったようでもある。
「あれはショッピングモールに行った時の事。ウチはそこに飾ってあったとても大きなツリーを見上げてこう言ったな。あれが欲しい、って。」
「ああ」
「そうしたら、アナタ。何を思ったのかそのツリーに登ってった。てっぺんまで行って星を取ったところで店の人が怒ってきて、アナタは落っこちた。子供ながらに恥ずかしかったん。バカじゃないの、って、思った」
「そうだったね。ごめん」
忘れる訳が無い。あのあとしばらくは全身打撲で何をするにも痛くて仕方がなかった。店の人にもこっぴどく怒られたんだ。でも……。
「でも、ボロボロになってもアナタは星だけは壊さずにウチにくれたん。お店の人にも食い下がってさ。意地でも売ってもらったよな」
「店長さんもほとほと困り果ててたよね」
それまでの彼女はほとんど話さない子だった。当時は友達もほとんどいなかったし学校にもあまり行っていなかった。そんな彼女の願い。もしかしたら、生まれて初めての僕への願いだったかもしれない。
「うれしかった」
そうだ。後悔はしていない。
暗くって彼女の表情は見えにくい。無表情なのか、恥ずかしくて顔をゆがめているのか、笑ってくれていると嬉しい。そう考えていると、ふいと横を向かれる。
「今日のクリスマス会。これは、60点。ギリギリ及第点にしてあげる。だって、ウチが考えていたものと全然違ったん。ウチはもっと小ぢんまりとアットホームを期待してたん」
「だったらそう言ってよ」
「それくらい察しなよ。もう何年つきあってると思ってるの。あと、サンタがいなかった」
クリスマスといえばサンタクロース。子供たちのヒーローだ。その思考が抜け落ちていた。そうか、僕がサンタのコスプレで登場しなけりゃいけなかったのか。
「大人になったらサンタの事、忘れてしまうんだな。すっかり抜けていたよ」
じっと今度は大きな眼でこっちを見る。
「駄目。アナタだけは忘れちゃ駄目。今からでも遅くないから、サンタになりな。私にプレゼントをくれるんだよ」
プレゼントか。またとんでもない物をねだられるのか。
「何か欲しい物でもあるのか?」
「この星」
「えっ?」
「だから。この星だっての」
そうか、と僕はクリスマスツリーによじ登る。あの時とは違って、身体は軽い。スイスイ登って難なく登頂できた。そこにある星は手のひらに余るほどの大きさがあった。今度はするすると滑るように降りる。
「あんがと。でも、ウチが欲しいのは、この地球。この時期になったら、毎年星にお願いする。だから、何年でも待つから。期待してるよ。お父さん」
そう言って娘は軽い足取りで夜道を歩いて行った。
「兄様。ここにいたのか」
董白と入れ替わるように会場跡に入って来たのは董戎だった。彼は赤いダボダボの衣装を着て頭には淵に白い毛の付いた赤い帽子を被っていた。
「クリスマスといえばサンタだ。俺っちとした事がすっかり忘れちまっていたぜ。今からでも遅くねえ。お菓子を配ってまわろうぜ」
「ああ、そうだな」




