3度目の死なんてやってられないよ
「さあて、今度はなんで死んだんだい?」
哪吒 (なた)が僕を覗き込んで笑っている。心底嬉しそうだ。
これまでのことを考えると彼に会ったということは、つまり死んだと理解するべきだ。これで三度目になるな。
前回会ってからは少し間が開いている。頻繁に会いたいとはもちろん思っていないが。
「なぜだろう。急に熱が出て全身が震えて痛くてどうしようも無くなった事は覚えているんだけれど。その先、死んだ覚えが無いんだけど」
ぽっくり死。苦しんでのたうち回って藻掻き足掻いて逝くよりもよっぽど良い死に方だけれど。嬉しいかと言われれば答えはノーだ。
「どうしよっかな~。言おうかな~。止めようかな~。え~、教えて欲しいかい?」
物欲しそうな顔でもしていたのだろうか、すごく勿体つけてくるじゃないか。神様。
「できれば教えてくれないかな。なんで死んだかも分からないんじゃ、閻魔様にどう説明したらいいいのか困ってしまうだろうしね」
どうにも興が覚めたと言わんばかりにつまらなそうな顔を見せる哪吒 (なた)。
「閻魔ねえ。あんな偉そうな奴、相手にしなくてもいいよ」
「知り合いなの?」
「どうでもいいさ。それよりも君の死因なんだけれど、それは、ははっ、破傷風さ」
何がおかしいのか分からなかったけど、哪吒 (なた)は笑ってそう告げた。
「破傷風って、あの傷からばい菌が入ってかかる奴かい?」
「そうそう。それそれ。すんごい苦しいらしいね。きっと君は苦しすぎて記憶を飛ばしたんだろうね。はははっ。本当に君は死ぬのが得意だなあ」
破傷風っていうのは確か、子供の頃にワクチン接種をするものだったよな。三種混合ワクチンかなんかそんなだったはず。でも、こんな時代にワクチンなんてあるはずもない。予防接種も治療手段も無い。治るかどうかは己の免疫力と運を天に任せるしかない。
破傷風だけじゃない。考えてみれば、風邪だってほっといて肺炎になるかもしれないし、蚊や人からの感染症とかも危険だ。現代でも治らない病気はたくさんあったけれど、医療の発達は生存確率を大いに延ばしたのは間違いない。
こわっ。病気怖い。
まともな医療を受けられない環境がこれほど恐ろしいとは思わなかった。
昔の人の平均寿命は30~40くらいだったらしい。
これって戦争が頻繁にあるからってだけじゃない。病気で死ぬ人が多かったからだ。
現代から約2000年前のこの時代。一番怖いのは感染症なのかもしれない。
「あのさ。ところで波柔って転生者の事は知ってるよね?」
「うん? なんだい。唐突に。もちろん知っているさ。いつも君の背後にふわふわしている幽霊のことだろ。あまり好ましい男じゃあないね。あのお下品な男がどうしたっていうんだい?」
「彼は転生者だろ。どうしてあんな姿になったんだ? 転生者は死なないはずじゃあなかったのかい?」
僕の問いに斜め上を向いて少し考えるような表情をした。
「それはね~。ははっ。なんで消滅せずに幽霊になったのかはよく分からない。ってのが本音だね。悔しいけど。ただね、あの男をあんな風にしたのは君だよ」
にんまりとした悪い笑顔で僕の鼻先に人差し指を突き付けてくる。
「ど、どういうこと?」
僕が波柔を霊体にした?
どうしてそうなる。あれは周豊の奴の仕業なんじゃないのか?
「まず転生者は不死ではない。現に君も今死んだね。でもすぐに甦る。これは前にも話したよ。でも、物事にはなんでも例外があるっていうものだよ。その例外っていうのは、転生者が死ぬ時に別の転生者がその相手に触れていたら死ぬ。いや、存在が消滅する。というのがそれさ。まあ、つまりはね。転生者に直接的に殺されればいなくなってしまうってことだよ」
転生者がからまない殺人や事故死、病死。それらではその存在は消えない。でも、転生者に殺され、且つ転生者に直に触れられれば消滅してしまう。
波柔が周豊の手下に撃たれて死んだ時、彼は僕と手を握り合っていた。だから、今のような姿になってしまったということらしい。
「しかし、あの霊体に関してはさっきも言ったけどよく分かんないね。通常は消えてなくなるのが常なのにさ。分からないというのはストレスだよね」
でも、普通ならその存在は消えて無くなるということだけれど、肉体と精神が分離されただけで、彼はそこに確かに存在している。これはイレギュラーな事らしく、哪吒 (なた)でもそうなった理由は分からないのだそうだ。
「転生者を殺せるのは転生者だけ……」
「そう。だからさ。あんまり周りに転生者を置いておくのは得策じゃあないと思うんだけれどね。ハッキリ言って感心できないよ。寝首をかかれかねないし、うっかり今回のその波柔の例のようにならないとも限らないよ。周豊とかいう君の元主様の方がよっぽど懸命かもしれないね」
「嫌な名前を出さないでくれ」
「はははっ、君は僕から得た情報によって一歩も二歩も彼らよりリードしている。それを活用しない手はないと思うんだよね」
「それは、僕の周りにいる人たちを消せ、って言うこと? それはできないね」
「なぜだい? 彼らもいずれ、世界政征服に乗り出す。その時に君のことを邪魔だと思うかもしれない。そうなる前に手を打っておいてもいいと思うよ」
まるで理解できないとでも言いたげに、哪吒 (なた)は肩をすくめる。
「いやだね。僕は彼らと共存する。その先に憎しみあって戦う事になったとしてもそれはその時だよ」
「力を持つ者は他の者の下にはいつまでもいないよ」
「それなら、僕が支える側に回るだけだ。世界征服なんて、一人で到底できる課題じゃないしね。あいつ等はバカだけど僕が守ってやりたいと思ってるし、仲間だと信じている。だから、こっちから裏切る事はないよ。敵対するときは真正面から潰して従えるだけだよ」
くっくっくと肩を揺らす神様。
「君はお人よしだな。でも、それがいい。それでいいよ。はははっ。ああ、そろそろだ。じゃあ、また会おうよ」
綺麗な歯を見せる少年の姿は揺らぎ、やがて見えなくなる。
董白、董戎、羊聖、そして李霊、ついでに波柔。ユリリンとメスオーガも心配そうに僕を覗き込んでいる。
僕の大事な仲間だ。
あの神様の言う通り彼らをどうにかするなど考えもつかない。
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。いよがったぁぁぁぁぁァァァ」
布団から起き上がった僕は、すかさず董戎に抱きかかえられた。そして強烈に締め上げられる。絞め殺す気かよ。
というより、このまま死ねば、消滅してしまうということだよな。
たしかに、哪吒 (なた)の言う事ももっともかもしれない。気をつけないと悪意無く消される可能性もあるのか。
そのことに思い至って寒いものが背中を通り抜けるのを感じた。




