こんな神様とはやってられないよ
しかし、受け入れようと思ったはずの終わりは一向にやってこなかった。
「お~い」
?
「おい、って。なあ」
聞こえなくなったはずの耳から、異様なほどによく響く高い少年の声が流れてくる。
「もういいって、死んだフリ。フリフリ。もう目、開けてみ」
鉛のようだった目蓋が軽く持ち上がる。全身に流れていた倦怠感も今はもう無い。これはもう僕が肉体を失ったからだろうか。
前世から転生してきたときはこんな感覚は無かった。意識を失って、次に意識が戻ったのは、赤子である止めようも無い自分の泣き声だった。
「君は誰?」
少年のような声の主は、少年? だった。
服装は白く一部の汚れも無い。仕立ての良い生地で編まれた最高級品のようだった。赤や黄色を基調とした明るい色合いだった。男装とも女装ともつかない中性的な顔の子供がそれを着こなしていた。値段は測れない。いつもならハッキリと金額が見えるのに、「???」としか表記されない。
「あっはははははは、死者第一号。いよっ、早いねっ」
彼、もしくは彼女は、からからと笑って僕の問いを無視した。異常に軽いノリだ。
「いや、この場合、死者、っていうのもおかしいかな。存在がこの世界から消えるわけでも魂が抜けていくわけでもないし。でも待てよ、一度、心の臓が停止しているんだから、やっぱり死んでいるのかな。う~ん、まあ、どっちでもいいか」
そう独り言のように言ってまたからからと笑う。
結局、僕は死んだのか、生きているのかどっちなんだよ。
その子供は妙にこの空間から浮いていた。実際に身体が宙に浮いていた訳ではなく、浮いた存在だった。
さっき目を閉じる前と同じ場所にいた。
小汚い狭い小屋の天井。飛び散った壁や扉の残骸。倒れているチンピラたち。僕に泣きながら駆け寄ろうとしている董戎。そして、宙に浮いたままの木片。
董戎はいくら待っても僕のもとにたどり着かないし、木片はずっと地面に叩きつけられることはなかった。
時間が止まっている。
この場で動いているのは、この得体の知れない子供と僕だけだった。
「ああ、そうそう、僕が誰かって質問だっけ?」
僕がうなづくと、子供はポンと、手を打って宙返りをしてみせる。
「ナーザとか、哪吒 (なた)とかって呼ばれてたりしたな。一応、神様、ってことになってる。そうそう、だから敬ってもらっても構わないよ」
何が可笑しいのか、からからとよく笑う。
「致死ダメージを受けると、心臓が停止するよ。あっはは、そりゃ当たり前か。でもね、そこからが普通とは違うんだ。心臓が止まると同時に、君の身体は再生される。今みたいにね」
哪吒 (なた)に促されるままに僕は立ち上がり、全身を見た。
殴る蹴るの暴行を受けたはずの身体には傷一つ残っていない。刺された背中は確認できないけど、さっきまでの焼けるような熱さや痛みは感じない。
「つまり、君は死なない。いや、また間違えた。正確には、死ぬけどすぐに蘇る。その存在が消滅する事はないんだよ。普通ならね。身体の再生はまだ完了していないよ。まだ僕と話ができているからね。心臓が止まり、身体が完全に再生されるまでの短い時間が僕と邂逅できる貴重な時間になる。ありがたいよね。嬉しいよね。尊いよね」
これまでとは違って皮肉な笑い方だった。なぜそうなのかは分からなかったけど。
「二十歳ごろになったら、身体の成長も無くなるよ。成長というか、老いか。だから、不老不死ってわけだ。いや、不老不滅と言ったところだね」
きめ細かいというよりも同じ細胞で構成されているのかどうかも怪しいほどの美しい肌ツヤ。
見た目は子供なのに、その存在に圧倒されて僕はさっきから何も言えてない。
喉がやけに渇くな、と思ったら、口がだらしなく開いたきりだった。
哪吒 (なた)はそんな僕の様子にお構いなしに話を続けた。
「君の身体、不滅のルールについては分かったね。じゃあ、次は君の目的について話してあげるよ。君には今から世界征服を企ててもらう」
「はあ?」
ようやく出た声はかなり間抜けだった。
「聞こえなかったかい? 世界征服だよ。世界征服。分かるだろ。転生してきたんだから。転生者なんだから。その意味が」
いや、もちろん分かる。分かりますとも。それがどれほど荒唐無稽な馬鹿げた話かってことも瞬時にして理解できるだけの脳みそは持ち合わせている。
「そんなの不可能だよ」
思ったままを口にする。
僕が生きた現代に至るまで、どれほどの人間が、どれほどの国、王朝がそれを望んだろうか。しかし、誰一人として、どの国家もそれを成し得なかった。ローマや唐、元、アメリカやソ連でも無理だった。ナポレオンやアレクサンドロス、チンギスハンやヒトラーも道半ばで死んだんだ。
「確かに。常人には不可能だろうね。でも、君にならできる。いや、むしろ君にしかできない。っと、僕はそう思ってるよ。それはね。君の使命さ。逃れようの無いね。いわば死命だよね。あっははっはは。うまいこと言っちゃったね。君がこの世界に生まれた意味ですらあるよ」
彼または彼女はそう言って両方の口の端を持ち上げるのだった。それが、僕には神様とは思えないような邪悪な顔に見えた。




