初めてのテイムなんてやってられないよ
「パチパチパチパチ」
「誰だ。オメエ?」
言葉と共に手のひらを打ち合わせる相手に対して、ズタボロになった董戎が不機嫌そうな言葉を投げた。
「ドラゴンを倒してまうとは驚いたわ。下級種とはいえ、普通の人間がまともに相手できる存在やないはずやで。あんたらもしかして転生者か?」
ダンジョンの最奥、龍のいた空間のさらに奥の扉を開くと、そこには少女が一人いた。
「知らねえよ。それより、誰だって聞いてんだ。お前がここのボスかよ!?」
だったらただじゃおかねえ、といきり立っている。
「えらい気ぃ立ってんなぁ。ドラゴン強かったもんなぁ」
「おちょくってんじゃあねえ!」
「ほんまにごめんな。そんなつもりやないんや」
椅子に座って優雅に茶を飲んでいた彼女は李霊と名乗った。短髪で青みがかった色が印象的な端整な顔立ちの少女だった。
「ご明察だね。僕らは現代から生まれ変わってここにいるよ」
弟に任せていては話が嚙み合わないし進まないので、割って入ることにした。
「ウチもそうや。適職は【モンスターテイマー】や」
「モンスターテイマーって、魔物を使役する職業かい?」
モンスターテイマー。その職業の名は前世の知識にある。たしか、魔物を従えて使役する職業だったと思う。
このダンジョンを作った何者かがこの最奥に潜んでいるのかと思っていた。【モンスターテイマー】にはダンジョンを作り、魔物を配置するようなスキルが備わっているのだろうか。
「そうや。この職業は魔物がおらんと成立せえへん職業や。でも、魔物とはこの十年ほとんど遭遇せんかった。魔物を感知するスキルがある私が魔物に会えんかったんや。どこに行っても、何をしていても『魔物感知』スキルを発動してた。お陰でこのスキルだけはレベル20にまでなった。会いたくて会いたくて仕方無かった。でも会えんかった。魔物をテイムできへん私はいったいなんなんや? 生きている価値があるんか? そう考えて生きた十一年間やった」
なんだか、妙なスイッチが入ったようで急に自分の世界に入り独白しだしたぞ。
その話の内容から推察するに、どうやら彼女には自身で魔物を作り出す能力はないらしい。
モンスターのいない世界でモンスターテイマーになったら、さぞかし寂しい人生を送ることだろう。こんな世の中で商人である僕もたいがいだが、彼女の場合はもっと深刻だったろう。
この部屋には小さなゴーレムが一体、電池の切れたロボットのように部屋の隅に立ち尽くしているだけで、他に魔物はいない。そのゴーレムも彼女の作品ではないということだろうか。
「それは、これまで魔物の絶対数が少なかったという事かな?」
数年前にはモンスターのモの字も聞かなったけれど、この一年ほどで急にモンスターの噂が広がったのだ。
「そうなんやろうね。でもな、最近になって嬉しい事に増えてきたんや。これが何を意味する思う?」
「魔物を生み出すスキルか、職業を持つ者が、レベルを上げだしているということか、もしくはそのスキルを積極的に使うようになったのか。急に覚醒したのか。そんなところかな?」
「おそらくそうやろう。これからもどんどん魔物は増えていくやろう。うふふふふ。そうそう、どんどんどんどん。魔物ちゃんが増えていくんや。うふふふ」
冷静なのか、異常なのか境界が掴みにくい子だった。とにかくとっても魔物愛に溢れている事だけは伝わってきた。
「ところで、私は外に出られるんやろうか?」
と、冷静になった彼女は急に素になって質問してきた。
感情の起伏が激し過ぎてついていけない。
「そもそもどうしてこんなところに一人でいたんだい? このダンジョンは君が作ったんじゃないのか?」
ここに来てからのかねてからの疑問をぶつけてみる。この人工物。ダンジョンは誰が作り出し、なんの為にあるのか。
「それはな、話せば長くなるんやけど、ものすごーく手短に話すと、ある日別の場所でテイムする魔物ちゃんを追ってたらこのダンジョンに飛ばされたんや。うん、あれはアルミラージ。ウサギの魔物やったな。劇的に可愛かったわ。初めての魔物との遭遇にウチは興奮してたんや。鼻息荒くその子を追いかけて森の奥に入ってったんや。そうしてうっかり魔法陣みたいなもんを踏んだような気がするわ。踏んだとたんにそれが光って、そして気がついたらこの部屋にいたんや。外には龍がおって出られへんから仕方なくここで過ごしてたんや」
食べ物や水は定期的にどこからか転送されて来る。転送されて来た食べ物は、部屋にいた小さな石のゴーレムが龍のところに運んでいたらしい。
彼女はその一部を拝借して生きながらえていたんだという。ちなみに、このゴーレムはテイムできないという。既に何者かに使役されており、プログラムで動く半自立型のロボットのような存在だからだそうだ。
「かれこれ半年になるかな。ここに来てから」
半年もこんなところに閉じ込められていたのか。よく平常心を保っていられたものだ。
……あ~。もとい、平常心では既にないかもしれない。
「隣に伝説の魔物。ドラゴンちゃんがいるんやで。この半年、飽きずに眺める事ができたわ。しっかと堪能させてもらったで」
悲しみに暮れて涙していたのかと思って少し同情した僕の心を返して欲しかった。
「そ、そう。それはよかった。しかし、ドラゴンをテイムしようとは思わなかったのか?」
「アホ言うなや。賭けをするにも分が悪すぎるわ。今まで一体の魔物もテイムしたことの無いウチがいきなり最上級の魔物を従えることなんて不可能やろう。そして、こんな閉鎖空間での失敗はイコール死ぃや。死ぃ。逃げも隠れもできへん。絶対的死ぃ」
なるほどそれもそうか。
もしかすると、彼女がドラゴンを操作して僕らを襲わせたのかと疑ったけれどもそれは、とんだ誤解だったようだ。
「どれ、間近でドラゴン様のお姿を拝見させてもらうとするかな。まあ、死んじゃったらあんまり興味はないんやけれどね。テイムすることもできへんし」
なんか、テイムって言葉を常用後みたいに使ってるのが気になるんだけど。普通の人間にはわかんないからね。
小部屋から広間、龍の亡骸の元へと李霊は移動する。興味が無いといいつつも、彼女の足取りは軽やかで舞踏でも踊るようだった。
しかし、龍に向かっていた足を途中で止めると、彼女はあるほうへ動き出す。
「うう、相棒。よく頑張ったな」
そこには僕を庇って瀕死の怪我を負ったメスオーガとそれを抱える董戎がいた。二人は手を握り合っている。
李霊が無害だと思ったので、最期の時は二人きりにしてやろうと彼女のもとに返してやっていた。
李霊が龍よりも気になったのはその相棒の方だった。
「ちょっとどいてや」
「なんだてめえ。相棒はもうすぐ息を引き取るところなんだ。静かに……」
慈しみの表情でオーガを見る少女の顔に董戎も何かを感じたらしく、それ以上追い払おうとはしなかった。そして少女はオーガの横に跪く。
「苦しいんか?」
「ぅぅ……」
辛そうにうなづくオーガ。言葉は分からないと思うのだけれど。
「貴女。とっても綺麗や。ウチにテイムされてみませんか?」
「おいおい、死にかけの相棒に何言ってやがる。そんで、テイムってなんだよ」
「まだ、生きていたいやんな。ウチやったら、貴女を助けられるかもしれへん。いや。助けてみせるわ」
差し出された少女の手を董戎と握り合ったのとは別の手で、最期の力を振り絞って握り締めるオーガ。彼女が救いの神とでも、天へ誘う使いとでも思ったのだろうか。
「契約完了や。『回復』せよ」
手を握り合った少女とオーガは光に包まれた。
壁に激突して破壊された顔や額の角。折れた足。打撲の酷い肩口など。傷が見る間に癒えていくのが遠目でも分かった。
折れた鼻骨はくっついていき、足も曲がっていた物が徐々にまっすぐになっていく。傷口はゆっくりと塞がって肉が盛ってくる。
本当に少しずつだったが、肉体が元の形に戻っていくのが分かる。
次の瞬間にも事切れていたかもしれなかったオーガが、死の淵から引き戻されていく。
それはさながら聖女のような姿。女神の起こす奇跡を見ているようでもあった。
そのまま数分が経過し、オーガの傷がほとんど目立たないようになった頃、少女は前のめりに倒れその綺麗な蒼い髪を土で汚した。それを董戎が支えてやる。
「まだレベル1だから、簡単にはいかへんな」
「上出来だよ。おめでとう。初めてのモンスターテイム。大成功だね」
美しい光景に感動した僕は、素直に祝福の言葉を口にしていた。
「ありがとう。今日はウチがこの世界に生まれてから一番最高の日やわ」
少女は満面の笑顔に涙を浮かべると、右腕を目の辺りに乗せてしばらく動かなかった。




