再びゴブリンの襲撃なんてやってられないよ
「鬼が出るって噂っしょ。あれってマジらしいよ。だ~か~ら~。今から確かめに行こう」
なんの説明も無く、扉を開けるなり董白はそう告げた。そして、大家さんである彼女のご要望にお答えする為に、それがどれほど理不尽で無茶で面倒でもそれに平伏して僕らは町の南にある森の中を進んでいた。
「村人野郎がここら辺りでその鬼を見かけたんだよな。白。鬼ってどんなだろうな。黄色と黒のパンツ履いてんのかな。ズボンとか履いてたら絶対にずらして見てやろうぜ」
なんだ村人野郎っていうのは。あと、確かにパンツそんなの履いてるイメージあるけど、子供かよ。まあ、見た目だけなら僕らは子供なんだけど。
「気安く白、なんて気安く呼ばないでくれる。おバカ菌が移るっしょ。マジなんでついて来てんのコイツ。ウザーなんだけど」
「おー。なんだ。おバカ菌って。俺っちは董戎ってんだ。そこんとこヨロシク」
「そんな事分かってて言ってるに決まってっしょ。名前なんてどうでもいいから帰りんさいな」
「兄様が行くところには俺っちも行く。それだけだぜ」
「そーゆー暑苦しいのいいって。せめてこっちに寄らないでくれる?」
犬猿の仲。この二人はいつだってこんな感じだ。会話のほとんどは噛み合ってない。
僕ら兄弟と董白、それに彼女の護衛として三人の大人が付いてきている。彼らは女児の子守を任されている可愛そうな人達だったが、それなりに腕が立つようだった。さすが、董卓将軍のお気に入りの孫娘だけの事はある。
それにしても鬼か。
鬼といえば、周豊に連れられて長安に向かう道中でゴブリンと遭遇したことがあった。彼らの頭部には小さな角が生えていた。ゴブリンも小鬼、と呼ばれることがあるので、今回発見された鬼もゴブリンのことかもしれない。
「俺っち知ってるぜ。ウーマってんだろ」
「なにそれ。聞いたことないんだけど。鬼のことをそうやって言うん?」
「いや、なんかの略だ。英語の文字」
英語の文字って、アルファベットのことか。
「ONI? オーニ?」
なんだオーニって?
可愛く眉間に皺を入れる董白。
「それを言うなら未確認生物。UMA。ユーマだろ」
補正してあげた。
「何よバカ。何にも知らないじゃない。バーカ」
魔法使いがいる以上、魔物だっていても不思議じゃあない。そんなものが自然発生する事は絶対にないから、転生者がからんでいることは間違いないだろう。きっと転生者の中にモンスターを作り出す能力のある者がいるのだ。
「惜しいだろ」
「何も惜しくないわよ。バカ」
実は、モンスターの目撃情報を聞いたのは今回が初めてではない。長安に居る間も何度か噂を聞いていた。それを確かめる機会はこれまで無かったけど、どうやら目撃談は日ごと増えていっているように思う。
それは、この世界にモンスターの数が増え続けているということじゃないかと考えられる。
「うわっ。危ないっ!」
「お下がりください。お嬢様!」
僕らの前方を歩いていた護衛が何かに驚いて飛び退った。そこには羽が半分むしられた粗末な矢が地面に突き刺さっていた。
間抜けだった空気が一瞬で緊張感を帯びていく。
「敵か。よし、全員ぶち殺す」
雄叫びが森の中を駆け巡る。これは、董戎のスキル『鬨の声』だ。木の陰で小さな物が倒れる。五匹ほどいた。スキルの効果を受けて、立ちくらみに襲われたのだ。
「うっるさい。叫ぶ前に一言声をかけておきなさいっつの。おバカ」
仲間と認識しているものには立ちくらみや戦慄などの効果は現れない。でも、ただただ、うるさいのは確かだった。
倒れた者達は護衛たちによってすぐさま縛り上げられた。
その姿はやはりゴブリンだった。僕の推察どおり、村人が見たのはこのゴブリンで間違いないだろう。
「コレ、なんなの。気持ち悪いってマジ。こんな動物いたっけ?」
いる訳ない。
「角生えてるし、これはアレだぜ。ユリコーン」
それを言うならユニコーンだし、いや、でもコレはユニコーンじゃないし。モンスターのことを何も分かっていない二人に対して、僕はこの生き物について話してやった。
「ふうん。どっちにしても空想上の生き物って事? そんなへんてこな生き物なんでここにいるっての?」
転生者の仕業だろうという僕の推測を二人に伝える。
「じゃあ、そいつをぶっ潰せばこんなキモイ生き物はいなくなるってことじゃんね。じゃあ、やりなさいっつの。今すぐにマジで」
「おおう、兄様。俺っちがぶちのめしてやるから何所にいやがるのか教えてくれよ」
そんな事言われても、どこの誰が生み出した魔物なのか皆目検討がつかない。この付近にいるのならいいけど、以前に聞いた魔物の目撃情報は、この辺りの物ばかりではなかった。
海辺でマーマンが出たという話も聞いたし、北の山では雪男が暴れていたというのもあった。空を飛ぶ巨大な影を目撃した情報もいくつもあった。
「おい、兄様。あっちに二匹逃げてくぜ。ぶっ殺すか?」
スキルの効果範囲にいなかったのか、レジストしたのか、それとも、倒れていたけど僕らが気づけなかっただけなのか分からないけれど、遠くのほうに背中を見せて走るゴブリンがいた。
「いや、追いかけて巣を突き止めよう」
「え? 巣とかあんのか?」
物語に出てくるゴブリンは大抵、洞穴の中に集団で生活している。それは彼らも例外ではなく、逃げていった先には洞窟が口を開けて待っていた。
「え、嫌っしょ。マジでアレまだいっぱいあの中にいるんじゃね?」
苦いものでも食べたような顔をしている董白。うん、多分、数十匹はあそこに潜んでいるだろうね。しかし、奴らはひ弱である。僕ではどうなるか分からないけれど、董戎なら一人でも戦えば勝てるだろうし、戦うまでも無く、『鬨の声』でほぼ無力化できるだろう。
「え、それも嫌っしょ。さっきのはうるさいから禁止。見るのも嫌だから、アンタ中行って蹴散らしてきて」
しっしっしっと、追い払うような仕草で大きな子供を焚きつける少女。
「おうおう、任せな。俺っち一人でやってやんぜ」
戦闘力だけならば、ゴブリンが何匹いようと圧倒できるだろうけど、洞窟の中に入るとなるとさすがに一人では危険だ。何が起きるか分からない。僕も一緒について行く事にする。
お姫様はぶつぶつと言っていたが、これは僕にとっても実戦を経験するチャンスでもあるので、丁重に引き下がって頂いた。
鞄から松明を取り出して着火する。
火元は周豊のところからくすねていた100円ライター。この世界では非常に重宝する。
洞窟内が照らされたところで、董戎はズイズイと進む。途中でゴブリンに出くわすが、殴って沈黙させてガンガン進んでいった。武器は使っていない。というより、武器は所持していなかった。それどころか彼は手ぶらでここまで来ている。
僕の鞄をあてにしているから。ということではない。ただ単に何も考えていないだけだ。
うう、羨ましい。その有り余る戦闘力を分けてもらいたいものだ。
そんな彼の後ろを、僕はおっかなびっくり進む。
一本道でたまに広い空間があり、食べかけの果物が転がっていたり、汚れた衣類が置かれていたりしてゴブリン達がそこで生活している様子が伺えた。
結構な距離歩いたが、最奥にはなかなか辿り着かない。




