コーヒーが無いなんてやってられないよ
「あなた、まだ子供なのに、こんな物に手を出してしまってよろしいのですかな?」
怪しげに笑う商人風の男は、明らかに目の奥は笑っていない。太った身体に脂汗を滲ませて揉み手をしている。
これは僕に媚を売る態度ではなく、染み付いた癖がつい出ているというだけだろう。客が姿を見せたというのに座ったままであり、まともに挨拶もしようとしないのがその証拠だ。僕を子供と見て侮っているのだろう。
大きな店構えを潜り、店員に身分を告げると、店の奥に案内された。ボディーガードらしき巨大な男が二人立つ部屋に入れられると、狭い部屋があり、そこに窮屈そうに椅子に座っていたのがこの男だった。
身体はだらしなく横に伸びているが、顔つきは彫りが深いネズミのようで、アンバランスな印象を受ける。
「そうだよ。これをあるだけもらえる?」
「この木は軽い覚醒作用のある実をつける。普通の人間には用のない代物だと思われますが、なぜあなたはこれをお求めで?」
男が指し示すのは鉢に入れられた植木だった。まだ実はつけておらず、葉も生え揃っていない小さな物だ。
「商人が売り物の用途をいちいち聞くの?」
「いえいえ、詮索するつもりはありません。しかし、こんな希少ではあっても通常誰も求めない物をなぜ年端もいかない子供が買いに来たのかと気になった次第です。利益にさえなれば多少の道徳に反しようとお売りするのはやぶさかではありませんよ」
「これは、僕の主から言い付かって来た物だよ。何に使うのかは僕は知らないよ」
「はたして本当でしょうか? ただの使いの子供が、こんな店の裏の怪しい品物を買いに来るでしょうか。それに、呉兄弟に眉一つ動かさない。そんな豪胆な子供が使いっ走りだなんて、少し合点がいきませんね。私の目は節穴ではございません。相手がどういった者であるのかはその者の目を見れば大体は分かりますぞ」
呉兄弟というのは、きっと、僕の背後に控える大男の二人のことだろう。
屈強な戦士に両脇を挟まれているというのに動じていない事で、どうやら警戒されているようだ。僕はさりげなく腰の袋に手を伸ばす。すぐにでも水魔法を発動できる準備を始める。
「まあ、いいでしょう。ですが、さっきも言ったようにこれはかなり希少な木です。簡単にお譲りするわけにはいきませんね」
「じゃあ、一本十万銭では……」
「お金ではなく、何か別の物と交換というのはどうですかな?」
こいつ、顔はネズミの癖に意外と狸だな。ここで僕が何か特別なアイテムを出せば、それみたことかと正体を詮索してくるだろう。諦めて引き下がってもきっと人を使って後をつけてくるだろう。
迂闊だった。誰か大人を連れてくるべきだったな。
「お金以外は持っていないんだよ。今日は僕もう帰るね」
そう言って後ろを向いて部屋を出ようとするが、そこに二つの影が立ちはだかる。そろってぶっとい指をポキポキと鳴らす二人組み。呉兄弟だ。
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呉豪 33歳 男
LV 40
身長:177cm 体重88kg
体力:234/234 腕力:75 すばやさ:46 知力:34
戦闘技能:剣術:60 拳闘:65 槍術:54
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兄が呉豪。いかにも荒事をこなしていそうな、体格のいい男だ。右目の下に横長の大きな傷がある。ナイキのマークみたいだ。
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呉鄭 33歳 男
LV 40
身長:179cm 体重85kg
体力:201/201 腕力:72 すばやさ:49 知力:30
戦闘技能:剣術:48 拳闘:60 槍術:58
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弟が呉鄭。兄を少し縦に伸ばしたような風体だ。両目の上に縦に傷がある。
『値踏み』はLV7になっているので、見ようと思えば、各部位の筋肉量や視力聴力なんかまで分かる。
二人の能力値はそれなりに高い。が、ナイフくらいは隠し持っているかもしれないけど、今は素手だ。以前ならいざ知らず、今の僕ならば勝てない相手では無い……、と、思う。けど実戦は経験がほとんどないから、想像しかできないんだけど。
能力値で僕が上回っているというよりも魔法を使って怯んだ隙に拳銃を使えば負けない。というプランだ。
いきなり銃を使わないのは、袋から取り出してまずしっかりと打てる状態で握り、安全装置を外して、照準を合わせて撃つ、という四つの動作をこなすより、袋から水を出して放つ方が2アクションで済むからだ。
「二人とも止めなさい。大事なお客ですぞ。ご無礼をして申し訳ありません。あなたを試すような真似をしてしまいました。董真様。あなたのお噂は聞いております。それにしても、この二人に対抗しようとなさるとは恐れ入りました」
あっけにとられる僕に商人は立ち上がり、今度は心からの笑顔で挨拶をした。
「申し送れました。私、西方商人のマサイと申します。私はアナタをとっても気に入りました。今後ともぜひ懇意にさせて頂きたく思いますよ」
噂は、と言っていたが、それはきっと、長安で周豊にこき使われていた時のことだろう。子供だてらにあれだけ派手に稼いでいれば、そりゃあ目立つか。
商売人たちの間では、疫病神とでも言われていただろうな。なにしろ、交渉の余地も無く、己の意に反して値切られる、売りつけられるのだから。
「いや、僕はその木が欲しかっただけなんだけど」
「こんなものは差し上げます。お近づきのしるしと言うことでどうでしょう。私はこう見えて、西方では少しは顔の知れた商人です。贔屓にして頂けるなら、それなりにご恩返しができるかと思いますよ。何かご用命の品は他にございませんか?」
合計百万銭相当の品物をただでくれるということらしい。この男、見かけによらず、かなり大物なんじゃないだろうか。そのでっぷりと太った身体もなにやら貫禄めいたものがあるようにすら思えてきた。
それならば、いっちょう、ふっかけてやろう。
「う~ん、そうだね。じゃあ、芋。ジャガイモとサツマイモが手に入らないかなあ。それと、トマトにトウモロコシ、カカオ豆、なんかも。いや、できればチョコレートそのものがあれば嬉しい」
発する単語のほとんどが理解できなかったのだろう。マサイは困惑して小さく口を開けているだけだった。僕はそれらの形状や特徴を懇切丁寧に教え、絵に書いてやった。
「わ、わかりました。必ずやそれらを探し出し、お役に立って差し上げますぞ。あと一つ、お願いがあります。その木を何に使うのかだけお教え願えますかな?」
「そんなの、コーヒーを淹れるために決まってるじゃないか。今度、ご馳走してあげるよ」
頭に疑問符を浮かべた商人を置いて、もらった十本の木を鞄に入れ込むと僕は店の外に出た。
「たぶん、キミが言った物は全部手に入らないよ。だって、全部アメリカが原産なんだからな。この時代にはまだユーラシア大陸に伝わっていないんじゃないかな。そりゃああれば、料理の幅はグッと広がるだろうけどね」
手枕をしながら、僕の横をスイと浮かぶ波柔が言う。
「やっぱりそうかな。でもさ、可能性はあるだろ。極僅かでもこっちに渡ってきている可能性がないとは言えないしね。それに、どこかの転生者が創造していたり、芋やトマトの種を持って海を渡ってきていたりしてるかもしれない」
「ずいぶんと低い可能性だね」
「そうかい。そうでもないと思うけど。まあ、駄目もとで言ってみただけだからね。いつか、僕自身がアメリカに行けるようになるといいんだけどね。いつになることか。だって食べたいだろ。チョコレートにケチャップ、スイートポテトにポテチだぞ。ハンバーガーにシェイクも欲しいし」
「いや、僕食べられないんだけど」
「細かい事気にしない」
「するだろ。そこは。あと、ジャンクフードばっかだな」
現代の食文化を可能な限り再現したい。ジャンクフードには中毒性があると思う。どうにも食べたくってたまらない時があるよね。
食事についてだけではない。まだまだ気になることはたくさんある。
身近なところで言えば、歯磨き。
現代のように歯磨き粉を使うことは無く、口腔ケア自体をしない者がけっこういる。今は木の先を噛んで繊維状にした物を歯ブラシ代わりにしているができれば歯ブラシが欲しい。
シャンプーやハサミ、爪切りに窓ガラス。怪我したときの絆創膏、ゆっくり浸かれるお風呂。さすがにパソコンやテレビ、スマートフォンは無理だろうな。あと、真面目な話し、この時代の衛生面は最悪だ。消毒薬や石鹸は無いと病気で死ぬ。
僕には『値踏み』があるから助かっているけど、図鑑とか無かったら食べ物調達するのも大変だっただろう。あとは抗生剤と解熱鎮痛剤もあると助かるよな。と、欲望は際限ないね。
周豊の【クリエイター】スキルを使えば、今挙げた物のほとんどが手に入るだろうけど、もう奴には会いたくないな。




