カレーが無いなんてやってられないよ
周豊の奴隷状態から抜け出せた後、長安から西にある楊陵という町に僕はいた。
それほど大きな町ではないが、長安から近く、交易路にもなっていて、にぎやかな町だった。ここ数年は僕の祖父である董卓が十万人程の兵士と一緒に駐屯しているので、人口も増えて今はいっそう賑わっている。
あてがわれた屋敷の持ち主は、従姉妹の董白だった。そこに弟の董戎と僕は居候させてもらっている。
この地に特に用事は無かったから故郷の臨洮 (りんとう)に戻っても構わなかったが、「弱いんだから、ここで匿ってあげないと駄目じゃん。また、さらわれて奴隷にされるのがオチじゃんか、真。また探すのとかマジめんどいっつーの。わかった? わかったら、ここにいて、ウチのお手伝いするじゃん」という、董白の強い勧めでここに留まることにした。
中身はともかく、外見はまだ十一歳の子供。世の中も不安定なんだし成人するまでは気ままに旅に出るなんてことは難しいだろうから、この度は彼女の勧めに乗っておくことにした。まあ、董戎に関しては、見た目も十一歳ではなかったが。
「よう、兄様。朝っぱらから精が出るじゃねえの」
上半身裸で、寝起きの顔にパイナップルのヘタような寝癖を乗せて現れた男が声をかけてきた。
「おはよう。董戎。とりあえず顔洗って来い。そんな格好で白に見つかると危険だぞ」
僕は適当に挨拶を返すと、続けていた木刀の素振りに戻った。
これまでよく使用方法が分かっていなかった『契約』スキルだったけど、これは相手との労働契約を結ぶ為のスキルであるらしいという事が判明した。
波柔は、ユリリンの面倒を見させる、つまり労働だ。それに対して、『使い魔』、『水魔法』という対価を支払った。という事らしい。
そして、今の僕の獲得スキルはこんな感じだ。
『値踏みLV7』、『値切りLV7』、『収納術LV7』、『販売LV4』、『契約LV2』、『使い魔LV4』、『水魔法LV4』、『土魔法LV3』、『植物魔法LV4』、『剣術LV3』、『盾術LV3』、『射撃LV3』、『棒術LV2』、『鼓舞LV1』。
魔法に関しては、波柔と新たに別の契約を交わして『土魔法』、『植物魔法』を獲得。交換条件として、彼の為に、GON46の平間百合音ちゃんのブロマイド写真などのグッズを手に入れる為に働くというものだ。
そして、『剣術』、『盾術』、『射撃』、『棒術』、『鼓舞』は、董戎から。
「兄様。俺っちは兄様を一生の主君として仕える。だから、俺っちのスキルとこの肉体を存分に使ってくれ。だから、俺っちをもう一人にしないでくれ」
という暑苦しい申し出に従った結果得たものだ。重たい彼女かよ。
これらのスキルは職業適性【将軍】の付随スキルの一部だったが、覚えるのが面倒だから使わないということで僕に継承したのが大きな理由だった。もちろん、僕に少しでも強くなってもらいたいという気持ちはあったのだろうが。
ともあれ、僕が彼の主君になるという労働を条件にスキルを受け取った。
この町に来てから僕は、日夜問わず魔法や戦闘系スキルの鍛錬と筋力アップにいそしんでいた。周豊の下で商売に明け暮れることもなく、貴族様の庇護下にありお金を稼ぐ必要も今はないので、元職である【商人】系のスキルはあまり成長していない。
そして新しく趣味ができた。
それは菜園だ。ブロッコリー、ほうれん草、キャベツ、ニンニク、株、大根、タマネギ、ニンジン、キュウリ、ナス、オクラ、枝豆。その他にはリンゴ、柿、バナナ、レモン、ミカンなどの果物も植えた。
試行錯誤は必要だったが、『土魔法』で種にとって最適な土を作り出し、『植物魔法』によって発育を助けるとすぐに収穫できる状態になった。
「いいじゃん。いろいろ育てて、ウチにご馳走してよ」
という女主人の了承も得ていたので、屋敷の庭はそのほとんどが僕の菜園になっていた。シルクロードの交易路上でもあるので、種は交易でいろいろな物が手に入った。香辛料の類も少量ずつだけどいろいろ栽培している。
胡椒の種はかなり高価だったが、大枚をはたいて購入した。植えてからまだ日が浅いので、小さな苗木でしかなかったが、これの収穫が一番楽しみである。と言っても、魔法を使ってもあと数ヶ月はかかると思うけど。
そして、収穫した物で料理を作るのも楽しみの一つだ。現代料理の味を知っている身としては、この時代の食べ物は素っ気無いものが多い。どうしても物足りないと感じるのだ。
そこで前世の知識を生かして料理を……、といきたいところだったが、残念なことに僕に料理の心得など無い。休日にカップラーメンに湯を注いだり、自分なりのTKGを考案したり、まずいうどんを作って家族から顰蹙を買っていた程度の事だった。
「料理なら僕が教えてやるよ。まかせろ」
ぽかんとした。波柔がそう名乗りを上げたのだ。てっきり僕は彼の事を自宅警備員の方だと思っていたが、実は生前は料理人をしていたということらしい。
実に半信半疑、いや、八割疑の方だったが、教わりだすとその疑念は風に流れるように消えていった。
「我が親友よ。何か失礼な想像してなかったか? 僕のことニートだと、万年ニーティングしている自宅警備員的な奴だと思ったりしていただろう」
ごめんなさい。
全く料理のできない僕が、彼の言う手順のとおりに切ったり煮たり、塩を振ったりすると超おいしい料理ができてしまう。これでは認めざるを得ない。
「真、あんた、料理なんてできたんだ。やるじゃん。カンドーっしょこの味。マジ久しぶりだよぉ。こんな美味い焼きそば。てか、焼きそばなんてこっちに生まれて初めてじゃん」
誰にも霊体である波柔の存在は言っていない。そしてなぜか、彼の姿は僕にしか見えない。特別秘密にする理由もないように思うが、なんとなく言っていない。
だって、霊体であるのをいいことに、必死になって地面に横たわって女性の下着を覗こうとする男の存在を暴露して僕になんの得があるだろうか。
「明日はカレーが食べたいよろ」
カレー。確かに食べたい。ドロリとした濃厚なルウとご飯。大きく切っているのに存分に味の染みた具。食べたい。忘れていたあの味。ああ、食べたい。食べれるのだろうか。むしろ食べれなかったら、思い出させた事を恨むぜ、董白さんよ。
僕は期待のこもった目で、波柔を見る。
返答は、親指を立てた状態で握られた右手。できるということだろう。やったぜ。
畑で香辛料を引き抜く。臼で粉にして乾燥させる。足りない物は市場で買ってきた。
クミンやガラムマサラ、コリアンダーなど、聞いたことはあっても良く知らない香辛料が机に並ぶ。鶏がらで出汁を作って塩と胡椒を加える。あとはターメリックやサフランで色づけ、小麦粉を加えて混ぜた物を加えてルウが出来上がった。
豚肉、ニンジン、タマネギ、ナスを切って具材にする。
ジャガイモが手に入らないのが残念だ。意外な事にこの時代、イモ類のほとんどは中華に無い。ジャガイモやサツマイモはアメリカ大陸が原産らしく、ユーラシアに伝わるのはかなり先になる。
焼き芋、スイートポテト、ポテチにフライドポテト。芋は絶対に必要だ。どうにかして必ず手に入れると誓った。
しかし、それはともかく、今はカレーだ。
「これは、どう見てもカレーライスだぜ、兄様。俺っち、感動してきたぜ」
そう、食卓に並んだのは皿に盛られた茶色と白のアレに間違いなかった。董戎の奴、涙ぐんでやがる。おっと、いけない僕の目から出た汗がカレーに落ちるところだった。
「おいしい。美味いじゃん。てか。これカレーじゃん。ふつーにカレーライスだし。どうやって作ったんじゃん?」
「すげー。マジで半端ないって兄様。うまあい。おかわりだぜ」
「はいはい、これはな、僕が庭で作ってるクローブとか買ってきたクミンとかの香辛料とを混ぜてだな……」
「ウチもおかわりー」
って、聞いてないよね。
まあ、気持ちは分かる。僕も食べることにする。この分ではあっという間に無くなってしまいそうだ。
現代とは違って、材料を揃えるのが実は大変だ。高価でもある。たまたま市場に必要な物が並んでいたからよかったが、次はいつ食べる事ができるか分からない。
感動的に美味しい。普通のカレーではない。特別に美味しい専門店で出されるようなスパイスカレーだ。
対してライスは蒸して作るので、少しもちっとしていてカレーにかけるには頼りないが、それでも十分堪能できるものが出来上がった。
これは香辛料の栽培比率を上げざるを得ない。
誰も聞いちゃいないと思っていたが、僕の講釈をありがたがっている者がいた。羊聖だ。
「董真様。このような特技を今まで隠しておられたのですね。ね。ずるいのですよ。よ。これからはこの羊聖を助手にして下さいませ。きっとその秘伝の味を受け継いで見せますよ。よ」
よだれをダラダラ。瞳をキラキラしながらこちらを見る羊聖。
僕はお料理のアシスタントを手に入れた。




