奴隷解放しないとやってられないよ
翌日早朝から城内は騒がしかった。
反乱軍の王国が北の山を迂回して、城の東に現れたからだった。これで、この陳倉城 (ちんそうじょう)は東西から包囲される形になった。
それでも、数の上ではこちらの優位に変わりは無いので兵士たちは殺気立ってはいるものの、まだ兵士の士気には余裕があるようだった。
二正面作戦となるが、城を挟んでいるので、敵方は連携を取りにくい。対してこちらは、城壁で片方を守れるため、一方に戦力を集中し易い。うまくやれば、敵を各個撃破できる。
「ふぁ~あ、俺達も前線へ行きてえよ。こんなところにいてても手柄は立てられねえよ。コイツさえありゃ、いくらでも手柄になんのによ」
そんな馬毛の愚痴が聞こえる。僕は荷運びの手を止めて彼の方を見る。手にした銃を放り投げては、キャッチする、また投げてはキャッチする事を繰り返している。
彼らは後方支援要員なので、さらにもう一つ緊張感は無い。
僕の視線を感じたのか、馬毛は威嚇するような顔でこちらを睨むと、束ねた矢を運び出した。向かう先は東門。
東門には今から城の東に回った王国軍を迎撃に向かう兵達が集結している。
「裏口を塞がれたことで兵站が確保できないけれど、物資に関してはこの私が万全に十分に城内に運びこんでいる。何も問題はないだろうねぇ。それに、この戦いには負けは無いんだよね」
腕組みしながら歩く周豊はそれなりにこの時代の歴史を知っているらしい。
「涼州の反乱は全部潰される。今回も負けだよね」
策士ぶっているけれど、彼はいつだって肝心な事を見落としている。波柔との戦いのときもそうだった。自分に自信があり過ぎて、相手の力量を見誤っているのだ。自信過剰でプライドが高すぎる。だから、付け入る隙がある。
涼州の反乱が鎮圧される。それは、僕ら転生者がいない歴史の話だろう。涼州の陣営に転生者がいない保障なんてどこにもないのに。波柔のような魔法使いが2、3人いれば、戦況は吹っ飛ぶだろう。もしくは、周豊が持つような創造スキルで武装していたら。なんて可能性はいくらでもある。
僕らが転生してきている以上、歴史は確実に変わっていくはずだ。
「おう、今日は鉄仮面かよ。やっぱオモシレぇな」
「あ、ありがとうございます」
「ハッハッァ。褒めているかどうかと言われれば微妙だぞ」
「気にかけて頂けるなら、明日は別のお面を用意してもらいましょう」
「ハッハッハッハァ。そうしろ。ま、いっちょ行って来るぜ」
馬をいななかせて、駆けていくのは昨日会った徐栄だった。東門から出て行く部隊を指揮しているようだ。徐栄はゆったりと出て行く隊列に向かう。その先には馬車がある。馬車の奥から現れたのは董卓、僕の祖父だった。二人は笑顔で挨拶を交わしている。話す様も親密な様子だ。
「あの徐栄って武将、お前のじいさんの部下らしいよ」
煙のように頭上に浮かぶ波柔が教えてくれる。昨晩、ユリリンと一緒に城内をうろついて情報収集をしてくれていたらしい。
「なら、あの武将に買われていれば僕は奴隷から抜け出せたという事かな」
戦は始まったばかり、まだチャンスはあるだろうと思っていた。が、この日、徐栄は数々の戦功をあげ、王国の軍は散々に打ち負かされたらしい。
再起不能なまでに叩かれた王国軍はそのまま潰走してしまった。そして王国が負けたという情報を聞いた敵軍は翌日に全て撤退した。
こうして陳倉城 (ちんそうじょう)の攻防戦はあっという間に終結した。
この戦に限っていえば、概ね史実どおりに推移したようだった。
「いやあー。徐栄様のお強いことといったらないぜ。大薙刀で右に左にと敵兵を薙ぎ払ったり、引きちぎったり、縦横無尽に駆け回り、引きちぎる。兄ちゃんも見ただろ。え?」
酔っ払いは徐栄の武勇伝を大きな身振りで喧伝している。
僕はからんでくる酔いどれを「後方部隊ですから……」と、押しのけるようにかわして通りを進む。商会の連中に遅れたら何を言われるか分かったものではない。城へ戦果の報告へ向かった周豊に従っていた帰り道だ。
城内はお祭りムード。戦に勝ったのだから当然だろう。しかも圧勝。賊軍は蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
町中のいたるところで、焚き火を囲んで宴会が催され、歌や踊りで今朝まで殺伐としていた城内を彩っている。お酒も大量に振舞われているようで、どんちゃん騒ぎは夜通しになりそうだ。
「ふん。もう用はないよね。私は皇甫嵩に挨拶してくるから、帰り支度をしておいてちょうだいよ」
城から戻ると周豊が不機嫌そうにそう言った。
僕はこのタイミングを待っていた。
周豊が宿舎から出て行くと、入れ替わるように数名の武人が宿舎を訪れた。
それは、徐栄と取り巻きの軍長達だった。
ユリリンと波柔がうまくやってくれたようだ。僕はユリリンに徐栄と接触し、彼がここに出向くように仕向けたのだ。猫の身でよくやってくれたものだ。後で高級猫食をあげようね。
「おうおう、可愛い猫ちゃんに連れられて来てみれば、まさかお前さんに会えるとはな。ますます何か縁を感じるじゃねえか」
「将軍。お引取り下さい。我らは周豊様の留守を預かっているのです。勝手なマネは将軍といえども許しません」
油断無く装備を整えた馬毛と部下連中が徐栄と取り巻き達と狭い室内で対峙することになった。
祝勝会を抜けてきた様子の徐栄らは腰に中剣を挿しているだけだ。対する馬毛らは近代装備に身を包んでいる。人数は同じだが、武装が全然違う。それはもう、天地ほどの差があるといっていいだろう。
「ふん、何をするつもりもなかったが、そういきり立たれちゃ、収まりつかねえな。将軍様の実力の程、見せて……」
僕はとっさに将軍に体当たりして最初の一撃目を反らしてやった。轟音と共に放たれた弾丸が背後の壁を抉っていた。
「将軍、ヤツら、クロスボウのような武器で武装しています。気をつけて下さい」
そう言う間に、徐栄の取り巻き達は次々と撃たれて倒れる。拳銃に合い対してはとても常人に太刀打ちできるものじゃあない。ましてこの時代の人間なら銃の存在すら知る由もないのだ。
「水よ、穿て」
僕は、袋から水を大量に取り出すと、魔法を放った。ちなみに、魔法を使うのに詠唱のようなものは不要だ。言葉すら本来はいらない。ただ、自分で発動タイミングを掴むために声を出した方が都合がいいというだけのことだ。あと、雰囲気出るし。
流水弾は次々と銃を構えた兵士にぶち当たると、彼らを壁際まで吹き飛ばした。
すごい。これはいい。
僕は実戦で初めて使う魔法に感動し、興奮した。魔法最高。
と、そんな場合ではなかった。
僕は、また袋に手を入れると、今度は透明な盾を出して、将軍に渡してやった。歴戦の勇者である彼すらもこの状況にあっけに取られていたが、盾を受け取ってからの行動はさすがと言って良かった。
盾を前面に飛び出して行くと、右の端にいた相手から順に斬り裁いていく。
が、斬れない。
「どうなっている?」
「あっ、将軍。胴体は切れません。特殊な鎧を着ています。関節か頭、下半身を狙って下さい」
助言どおり、正確に腕を飛ばし、首を切った。三人目を切ったところで、初めに水流弾を受けた残り二人も戦闘に復帰する。
すぐさま銃を構えて撃つが、徐栄の動きは早く、抜き打ちではとても当てる事ができない。
四人目を斬った。
「ま、ま、待ってくださいぃぃ。わ、私はただ、主の命を守っただけなんでぇすぅぅぅ」
最後に残された馬毛は顔面の筋肉の限界を感じさせるほど顔を歪めて可愛そうな表情を作ると、命乞いを始めた。
「だがなあ、有無を言わさず、俺や俺の部下を殺ろうとしたよなあ。いくら命令だっつってもなあ。許される限界ってもんがあるよなぁ。そうじゃねえか?」
そんな馬毛に、こちらも頬をピクピクさせて怒りを現わしている。
「で、ですからぁ。わ、私はぁ……、貴方様の為ならば何でもします。させて頂きます。だ、だからっ、どうかぁ、……ひぐっ」
涙と鼻水で見るに耐えない形相である。
さすがに困った顔で徐栄は僕に判断を仰いでくる。
奴はつまらない悪党で、か弱い少女である羊聖にも簡単に手を挙げるようなクズだった。
そう思えば答えは簡単だ。だが、今まで忌々しかった。男の顔が、極限まで歪んだその目が僕を祈るように見ている。
「生かしておいてもその小悪党には何もできないでしょう。それに、閣下の剣をその者の穢れた血で濡らすのも惜しゅうございます。ですが、その者の武装は危険ですので、裸で開放してやるのがよいかと思います」
こうして、僕は羊聖と共に無事に徐栄に保護されて祖父董卓の庇護下に入った。




