仮面だなんてやってられないよ
波柔との戦いでは全く得る物が無かった周豊は焦っているようだった。
大金と引き換えに自らが作り出した武器や装備も大半を燃やされてしまった。また、商会の人員も戦いで失ってしまったので、新たに何名か雇い入れたのだが、これがあまりうまくいかない。
もともとただの無頼漢の集まりだった『周商会』の古株は新参者に寛容ではなかった。威張り散らす者が多かったので、新しい者はすぐに去っていった。
まあ、もともと僕以外は大した仕事はしていなかったので、売り上げにはあまり影響してはいなかったけど、このご時勢、人手はあるに越した事はない。事業を大きくしていきたいのならばなおさらである。
僕が使える『収納術』スキルの効果を過小に教えているので、周豊は商品を運ぶ人足が足りないと感じていたようだ。
そして、人足募集の立て札を町に出す事になった。
僕は相変わらず、安く商品を買っては、高値で売りさばく作業を行っていた。
前世では公務員だった周豊は商売があまりうまくはなかったが、僕のスキルで売り上げはやはり右肩上がりだった。
組織の内部的には不協和音が流れていても表向きは、徐々に人員も増え、収益も増加している。社員への給料払いも悪くは無いので、『周商会』の世間での評判はよくなっていった。
社長の人柄は会社に影響するものだから、そのうちボロが出るのだろうけれど。あの戦い以降、周豊の傲慢で不遜な態度は少し鳴りを潜めていた。彼なりに思うところがあったのだろう。
「アコギな商売をして裏で銃器の製造って、まるで“ヤ”のつく自由業みたいだな」
空中で寝そべったまま、腹を掻いている波柔が呟いた。たしかにその通りだ。一見普通の会社に見えるが実は強力な武力集団だった、って事。拳銃とはいえ、近代装備に身を包んだ一団は、軽く百倍の兵力を圧倒するだろう。
その手先となっていると思うと、忸怩たる思いがこみ上げるのだが。
188年。年が明けた。
僕らはちょうど元旦に転生しているので、年は11歳になった。
波柔と僕、それにユリリンはささやかに年越しと誕生日を祝った。
4年前に起きた 黄巾の乱以降は世間的には大きな事件は聞こえてこなかった。
しかし、世相の悪化は益々深まっており、物乞いの姿は日々増えている。悪漢暴徒も町を離れればそこかしこに出没するようになっていると聞いている。
『値踏みLV6』、『値切りLV7』、『収納術LV6』、『販売LV4』、『契約LV2』、『使い魔LV2』、『水魔法LV2』。僕の持つスキルは順調に伸びている。
魔法は毎日こっそりと練習していたが、なかなかに伸び悩んだ。やはり適正の問題だ。
それでも諦めずに続けている。今ではバレーボール大の水流弾を飛ばす事ができるようになった。腰の袋に家一軒分を収納できるほどの容量になった『収納術』があるので、そこに水を溜めておけば、さらに素早く、効率良く魔法が使える。
魔力量が少ない僕は、何も無い場所から水を生成すると、一気に魔力を奪われてしまう。だから、既にあるものを使い、魔力は主にそれをコントロールする事に集中する。その方が圧倒的に効率がいいということも分かった。
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水:10000リットル
金:5グラム
銀銭:100000銭
麦:22キログラム
米:38キログラム
粟:85キログラム
豚肉:2キログラム
鶏肉:4キログラム
塩:200グラム
コンバットナイフ:一本
ポリカーボネート製盾:二枚
防刃ベスト:一着
ニューナンブM60拳銃:二丁
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管理がザル、というよりも僕が管理を任されているので、『収納術』を使えば、商会の物品の横領はわけなかった。今ではこれだけの物資が袋に詰められている。ベストやナイフなどの近代装備は、波柔との戦いのドサクサに紛れて回収させてもらった。
これだけあれば、一人で数ヶ月は暮らせるだろう。いつまでも奴隷としてここに居続けるつもりはないので、そのいつかの為に蓄えは必要だ。
僕の腰袋は、周豊におねだりして買ってもらった物に交換している。前の物は本当にほぼボロキレ同然だったから、破れるのが怖かったのだ。破れて使い物にならなくなった場合、中に収納していた物はどうなってしまうのだろう。そういって脅したのが効いたのだろう。
渋々だったが、割と値の張る頑丈なヒップバックを必要経費として購入する事を許された。周豊はこの『収納術』を「ちょっと運搬に便利な袋が作れる」くらいの認識みたいで、これほど大容量な空間を使える便利機能だとは予想してもいないだろう。そう思ってもらっていた方がありがたい。
ヒップバックはまだいくらか容量に余裕がありそうだ。腹7分目というところだろうか。
「涼州で戦があるみたいなんだよね」
ある日、周豊は僕にそう告げた。それが何を意図しているのかはおおよそ理解はできた。戦には武器や食料の物資が必要だ当然、買い付けや買占め、購入の制限が行われる。つまり、ビジネスチャンスという訳だ。
そう思って話を聞いていたが、どうやらそれだけではないらしい。
現在、中華の支配国家である『漢』は十三の州に分かれている。ここ、長安は司州という行政地域に含まれる。州、っていうのは、まあ現代日本では関西地方、とか中部地方とかの地方のくくりにあたるだろうか。涼州というのは、僕が生まれた臨洮の町を含む、司州の隣にある州だ。中華の西の果て。その先は敦煌から死ぬほど広大なウイグルやチベット高原を抜けてインド方面へと続く。いわゆるシルクロードだ。
お隣の州のことなので、この長安にも戦火が及ぶ可能性は否定できない。
「涼州の王国と、韓遂、馬騰らが反乱を興した。それで、討伐を命じられたのが皇甫嵩将軍とお前のおじいさん、董卓将軍なんだよね」
今や飛ぶ鳥を落とす勢いの董卓は僕の実の祖父だ。今年、前将軍に任命されている。父が分家しているので、縁者としてはやや遠い存在ではあるが、親戚としては鼻が高い。
「僕はツテを手繰って皇甫嵩とは、交流があるんだよね。そこで、今回の戦に僕を軍市の一人として従軍させたいと言って来たんだよねぇ。僕としてはあまり戦に首を突っ込みたくはないんだよね。あくまで商売としてお付き合いしていきたいんだよね。圧倒的強者でないと、戦いはもうしたくないんだよね」
周豊はいつになく弱気だ。波柔との戦いで懲りているのだろう。その当の波柔はプカプカ浮きながらハナホジして会話を聞いている。
ちなみに、軍市とは、従軍して商売をする商人のことだ。主に軍の兵站や兵士達の福利厚生を賄う。
「歴史上、反乱が鎮圧されるのは間違いないけれど、流れ矢に当たって死ぬのも嫌だしね。それに、君を連れて行くと董卓に君の存在が知れてしまう。私にとって今回の話、百害あって一利なしなんだよね」
「じゃあ、断る?」
「断れるかよ。大将軍様のお誘いなんだ。行くしかないよね」
答えは分かりきっていた。ただ愚痴りたかったのと、僕にそれとなく釘を刺したかったのだろう。余計な事は考えるなよ、と。
周豊は悩んだあげく、僕を従軍させる事にした。野放しにしておくと何をするか分からないと踏んだのだろう。憎たらしいがそれは正しい判断だった。もしも、僕を残して行っていたら、羊聖を連れて逃げていただろう。どれほど監視をつけていても使い魔のユリリンと水魔法があれば、それを打破することは難しくない。
陳倉城 (ちんそうじょう)は山間の城だった。狭い谷間を塞ぐような形で造られた堅固な城砦。長安の西の護りだ。
王国と、韓遂、馬騰の反乱軍は西側から数万人の兵で城を西側から攻囲している。皇甫嵩、董卓率いる官軍は東の門から入城した。
城の兵士も合わせると官軍が優位になる。さらに城に篭って戦えるので、こちらが随分と有利になった形だ。
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陳倉城 LV58
西門及び城壁の防御力:4950/6876
東門及び城壁の防御力:6723/6723
北門及び城壁の防御力:5030/5450
南門及び城壁の防御力:4864/5564
人口:214327人 うち、134685人が軍属
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我が能力ながら防御力の基準が不明だけど、難攻不落といわれた長安がLV91で四方の城壁の防御力平均9000台なので、この陳倉城 (ちんそうじょう)もなかなかの堅城だと言える。
防御力が下がっているのは、攻撃を受けたからだろう。特に西門が傷んでいるようだ。北と南は山に近いので防御力は低いが、地形の効果があり、それに補正をかければもっと高い防御力になるだろう。そしてこの城は主に城砦なので、もともとの住民はあまり多くないようだ。
あてがわれた兵宿舎を目指して街中を歩く。店は少なく商店に活気も無い。まあ、戦争中なので当然か。しかし、援軍の到着に人々は沸き立っていた。僕らが歩く沿道は喜び合う人々で溢れ、声援で迎えてくれていた。
それを眺めキョロキョロしながら歩いていたら、つまづいて転んでしまった。
「しっかり歩け。隊列が崩れるだろう」
だって、前が見えにくいんだからしょうがない。僕は、100円ショップで売っているような、玩具の仮面を被せられていた。子供のゴリラのようなそれの視界は極めて狭かった。
これは周豊の能力で生成した物だ。ゴム製なので、この時代に通常あるような物ではない。『値踏み』で確認してみると、果たして、値段は100円だった。新品らしく、ゴムの臭いがマスクの下は充満していて酔いそうになる。
さらに、今回は手錠も嵌められている。こちらは、以前から僕が嵌めさせられている物で、100円ショップじゃなくて日本の警察が使っていた物だ。
「董真様、私の手に掴まって下さい。怪我はありませんか?」
と、優しく細い手を差し出してくれる羊聖を安心させてから立ち上がる。自身も手錠をされて不自由な身なのに、この女神ぶりである。
「勝手な事をするな」
周豊の部下が来て、彼女の頭を平手で叩く。
こいつは馬毛とかいうクズだ。戦前で気が立っているので、いつにも増してクズ度が上昇している。
こんなことは奴隷にされてからは日常茶飯事で遭遇する光景ではあったが、それでも怒りに拳は震える。事を荒立てても楽しい事など何もないので、落としどころのない鉄槌は心にダース単位で溜まっている。こんな時は本当に力が欲しいと思う。
護衛として周豊はこの馬毛と他五人を完全武装で同行させている。もちろん、自身も超が付くほどの完全武装だ。今回は防炎防寒性のあるマントまで着こんでいるので、達磨のように丸いシルエットになっている。
周豊に与えられた任務は、荷駄隊の運営と食料の運搬だ。臨時で雇い入れた荷運び人足の管理と長安から陳倉城 (ちんそうじょう)まで安全に兵士達の食料を運ぶ事が仕事の内容だった。
「面白い面を被っておるではないか。貴様」
高いところから低い声が降ってきた。見上げると、馬に乗った美丈夫がそこで笑っていた。
若いのに顎鬚を生やし、手には大薙刀を軽々と握っている。若者は徐栄と名乗った。
「俺は面白いものは大好きだ。奴隷。お前を買ってやる。主人はどこだ?」
「これは徐栄殿。お待ちくだされ。この奴隷は売り物ではございません。毒を得て顔を焼いておりますゆえこのように面をさせて飼っております。あまりに醜く、人様に晒す事もできません」
「ふむ、毒が移らぬなら私は構わんが。まあ、売っていないというなら、今日のところは諦めるとしよう。ではな」
そう言うと、徐栄は去っていった。
「危ないところだった。その面も考え物だねえ。しかし、取ってやる訳にもいかないしねぇ」
100均お面がいけないと思った周豊は代わりに鉄仮面を俺に被せた。重い。首が痛い。そして前が見えにくい事に変わりは無い。あと、どっちにしても目立つだろこれ。
宿舎に着くまでに僕は3回転んで、その度に馬毛に怒鳴られた。ちくしょう。




