おいでよ! ヤンキーの森!
「マエカワさんヤバいっスよ! 強い人のオーラ出ちゃってます!」
コーラにKO勝ちした後日、さっそく辻倉さんにイジられました。
本心だったのか、冗談だったのかはコミュ障の私には全くわかりません。
イジられた現場はいつものジム...ではなく、支部の方でした。
潰れてしまった小さな工場を改装して作った、サンドバッグが一つとシャドー用の鏡が設置された簡素な仕様です。
マットは敷き詰められていましたが、もちろんリングなんて置いてありません。
なぜ私が普段のジム...本部ではなく、支部の方にお邪魔するようになったかと言うと、ドラッグストアで色々任されるようになって残業が多くなり、ジムの練習日である火木だけでは時間を作ることが難しくなってきたからです。
おまけにシフト変更と休日出勤連発のトリプルパンチです。
同時期にネット版某有名カードゲームにハマってしまい。それをプレイしたかったというのはここだけの秘密と言う事でお願いします。
格闘技ナメ太郎ですいません。
繰り返しの言い訳になりますが、プロ目指した事は一度もありません。
支部の練習日は特になかったと思います、本部が火木だったので水金だったかもしれませんが忘れました。
土日だけ自主練習日となっていましたが、プロ組は本部より支部に集まって練習する事が多かったみたいです。
なぜかと言うと本部よりバチバチにスパーリングしていたからです。
もちろん本気のガチスパーでは無かったですが、それでも当たりのキツさは本部の比では無かったです。
私は初日で支部の洗礼を受けることになり、中島さんから、前手で顔を押さえてからの右ストレートを3連発で食らい、何か嫌な事でもあったのかな? と勘ぐってしまいました。
あとはピー〇ー・アーツの得意技だったなコレと思いました。
当たりは強かったですが、痛みは感じなかったです。
というか防具アリとはいえ、顔殴られて痛くないと感じる私はやはり変なのでしょうか?
別の日には多田さんとのスパーリング中、前に出た所にカウンターのジャブをモロに食らい「今いいの入ったな」と思ったら、頭の位置が勝手に下がって尻もちをつくという人生初のダウンを味わいました。
多田さんは「うわ、すいません!」と謝ってくれましたが、私は「ダウンするってこんな感覚なんだ」とちょっと感動していました。
あとやっぱりプロってすごいなと再認識しました。
私は体格のわりに首が太く、辻倉さんから「タフですね」とも言われていましたが、所詮アマチュアの同レベルのヘタクソ相手のタフさだったのだと気付かされました。
手加減がドヘタクソだと分かったのも支部に通いだしてからです。
主に辻倉さんからダメ出しされました。
1回だけ「全力で来てください」と言われた時は普段のスパーなら絶対やらない攻撃を食らいながらの突進をしましたが、キックはともかくパンチはかすりもしなかったですね。
やっぱりヘタクソだなぁと思っていましたが、プレッシャーはかけられたのか「マエカワさんってイライラしてる時の方が強いですよね」と言われました。
そんな支部で知り合ったのが最後のネームドキャラ。
名前は竹内さんという事にしておきます。
身長は170cm以上で体重は60~70kgくらいのガッチリした体型。
辻倉さんの古くからの友人という雰囲気だったので同級生だとばかり思っていましたが、実は私と同い年でした。
向こうは年齢不詳だった私を年上だと思ってたらしく、同い年と分かった時は「マエカワさんじゃなくてマエカワくんじゃないですか!」となぜか興奮していました。
竹内さんとはお互いに「ガチでやったら絶対に勝てない」と思い合ってた事を後に飲み会で知ることになります。
ベロベロに酔っぱらった私を見て「今ならマエカワさんに勝てる気がする」と言っていたので「普通にやっても竹内さんの方が絶対強いですよ」と返しておきました。
彼との初スパーリングの時に前手を払ってのジャブを3か4連発で打ち込んだら、かなり嫌な表情をしていたので、顔殴られるの嫌いなタイプなのかな? と思っていたら、かなりの力で右ストレートを返してきました。ヘタクソな私はもちろん顔面直撃でした。
「ごめんなさい」と謝られましたが、私は特にダメージも無かったので笑顔を返しておきました。
以後も彼とスパーリングする機会は何度もありましたが、ガンガンくるタイプでは無かったので技術比べって感じの展開になり、悪く言えば気楽な相手でした。
ジャブの差し合いでも普通に勝てましたが、体格差があったので「ガチでやったら負けるだろうな」と思っていたのは本心です。
支部で出会う事が多かったですが、たまに本部にも顔を出していました。
彼は太りやすい体質だったのか、私の体脂肪の少ない身体を羨ましがっていました。
「どんなサプリ飲んでるんですか?」とか「プロテインは何使ってますか?」とかよく聞かれました。
逆に私は太い筋肉を持っている竹内さんの身体の方が羨ましかったです。
竹内さんとの思い出で、辻倉さんの友達が総合格闘技の試合に出るというので一緒に観戦しに行った時、スポンサーがTEN〇Aだったので「最優秀選手にはTEN〇A1年分が贈られるみたいですよ」とボケたら、「マジですか? すごいな」と真に受けたので「ウソです」と言ったら、肩に軽くパンチを入れてきて「ちょっとやめてくださいよ」と笑わせてやったという超くだらないのがあります。
他にも私がベロベロになった飲み会で「マエカワさんはスケベすぎてイカ臭い」という謎の誹謗中傷をされたので「そうですね、僕が出場したら会場全体がイカ臭くなりますよ」「それで対戦相手から『レフェリー! レフェリー! あいつイカ臭い!』って抗議されるんです」と返したら大笑いされて「マエカワさんめちゃくちゃ面白い人じゃないですか!」と言われて嬉しかったという、これまた超くだらないエピソードがあります。
この私小説見てくれている人は伝わってると思いますが、私はボケるのが大好きです。
私は変人である事を笑われるのはしょっちゅうありましたが、ギャグで他人を笑わせたという実績は親族以外にはほとんど無かったので、彼との交流はキック人生の貴重な思い出でもあります。
そんな竹内さんにも退会の連絡は当然入れていません。
コロナ渦の時に私がまだドラッグストア勤めだと勘違いして「マスク売ってください」と連絡くれた時にもうキックはやってないんですとは伝えましたがね。
※ ※ ※ ※
支部にも辻倉さんが新規会員候補のヤンチャ坊主たちを連れてきた事は何度もありました。
実は『兄貴』くんの友達も来ていた事が後にわかるのですが、身体もデカくてボクシング経験者だけあって「強いなコイツ」と思いました。
おまけに辻倉さんが「倒せる! 倒せるよ!」と煽るものだから、おそらく全力で私を倒しにきやがったのでマジで困りました。
私は苦笑いしながらラッシュを捌き、パンチでは勝てないと判断してローキックを中心に反撃していました。
ただ1周回ってもう一度スパーリングする事になった時には別人かと思うほど元気が無くなっていたので、ガス欠起こしたのかな? と思ってジャブの差し合い挑んだら結構当たったので驚きました。
瞳に恐れの色が見えたので、私のローキックも結構効いていたのかもしれません。
『兄貴』くんに私がキックをやっている事を信じてもらえたのもこの時期です。
ヤンチャ坊主たちが、友人が支部に行った話をしていた時。
「そういえば兄貴もキックボクシングでしたよね? 〇〇に会いました?」
と聞かれたので、名前はド忘れしていましたが、身体的特徴から、おそらくあの時の子の事を言っているのだと思ったので「会いましたよ。パンチが強かったです」と答えた後に「ひょっとして辻倉さんと同門なんスか?」」と再び質問されたので、入れ墨の特徴なんかを話したらやっと信じてもらえた。
という流れです。
結局〇〇くんも会員になる事は無かったです。
というか辻倉さんが連れてきたヤンチャ坊主たちは全員会員にはなりませんでした。
喧嘩自慢も多かったのかも知れませんが、プロとのスパーリングで実力差を思い知って、心がポッキリというのが予想です。
私みたいないかにもオタクって感じの青年...28,29は若い子から見たらおじさんかもしれない。
にパンチ・キックが一切通じなかったのも原因だったのなら嬉しいです。
四谷さん仕込みのブロッキング技術が生きました。
いやジムのためには喜んでいいのか? ジャッジはこれ見てる人に判断よろしくお願いします。
ヤンチャ坊主たちのほとんどは遠慮を知らなかったので、私はイラッとしてローキックやミドルキックも全力でブチ込んでいた記憶があります。
パンチも「強すぎ」だった可能性もあります。
後に辻倉さんのお友達が何人か会員になり、全員で出撃というイベントがあるのですが、それはもう少し未来の話。
その時、なぜか私も出場するのですが、完全にメンバーから浮いていたと思います。
オタクにやさしいヤンキーは存在するのです。
ただし、これは私がみんなより年上だから敬意を払ってくれただけという可能性もあります。
※ ※ ※ ※
大宮のゴール〇ジムと同じビル内にはかなり大きな格闘技のジムがあり、結構な頻度でスパーリング大会が行われていました。
スパーリング大会と言ってもAクラスと呼ばれる試合はプロも出場していて、ファイトマネーも出ていたと思いますが、詳しくは知りません。
観客から金取っていたので、たぶんそうなんだろうという予想です。
あとスパーリング大会ではなく、ちゃんとした試合だったかもしれません。
Aクラスは防具なしの3分3か2ラウンド制。
Bクラスは防具ありの3分2ラウンド制でアマチュア部門。
ここで3勝した者にはAクラスへの出場権利が得られるという仕組みです。
どちらも判定はありで、マストポイントシステムは無し。
1ラウンドに2ノックダウンでKOだったと思います。
Cクラスもアマチュア部門で、防具ありのポイント制。
有効打を10発決めたらKO勝ち扱いというルールだったはずです。
これ見てるかもしれない関係者の方、間違ってたらごめんなさい。
ちなみに山本さんはアマデビュー戦でCクラスで出場して、対戦相手を1発KOしたせいで「ちょっとあんなの出すの勘弁してくださいよ」と会長が相手ジムか主催者から文句を言われた。
というエピソードがあります。
この大会に多田さんがAクラスで出るというので、誰か他に出るやついないか、という事で白羽の矢が立ったのが私とキッズクラスの2名です。
出ろと言われたら断れないのが私。
Bクラスでの出場が決まってしまいました。
準備期間は2、3か月はあったような気がしますが、もっと短かったかもしれません。
その間の練習ペースも多くて週2だったと記憶しています。
相変わらずドラッグストアにはキックをやっている事は内緒にしていたので、応援のために残業減らしてくれるという事も無かったです。
つくづく格闘技ナメ太郎だと思います。
練習は本部だったり、支部だったりとバラバラでしたね。
休日だったり、早めに仕事が終わった時を狙ってジムに通っていました。
それでも仕事がある日はジムに到着するのが8時くらいになってしまい、スパーリングだけやって帰るという事がしょっちゅうありました。
「今度もKOで勝てたらいいな」
などと調子コイて無かったかと言われればウソになりますが、プロとのスパーリングで心はバキバキだったので、やっぱり「俺って弱いな」が自己評価です。
ですが、ピンクマンやコーラレベルの相手だったらいいなとは願っていました。
勝ちに飢えてたくせに練習量は人並み以下なのだから、やっぱり私は格闘技ナメ太郎だと思います。
この時もまだAくんはジムに在籍していて「そういえばAくんもデビュー戦はKO勝ちだったな」と会長が言ったせいで空気がピリついたのを憶えています。
(対抗心煽るのやめてくれ)と、私はビクビクしてしまいました。
Aくんとのスパーリングは相変わらずバチバチの接近戦で、たまに繰り出してくる全力の前蹴りが直撃した時は結構効きました。
私にはいいのをもらうとニヤニヤしてしまうという悪癖があったので「やりずらいッス」と文句を言われてしまいました。
その事に関しての発言だったのかは実のところは不明です。
パンチが強すぎた事を言われたのかもしれません。
しかし天然ボケの私は「僕もAくんとのスパーリングはやりづらいよパンチも上手いし」と返してしまいました。
Aくんは「そういうことじゃないんだよな」と言う表情をしていたので、やっぱり私はコミュ障なんだなと再認識しました。
思い出したら激しく自己嫌悪に陥ってしまいました。
いやですよねコミュ障って...
試合が決まった事を支部のメンバーにも報告したら「次もKOで勝ってやりましょうよ」と辻倉さんに激励されました。
それで熱が入ったとウソ書きたいですが、やっぱり私は平常運転でした。




