そうだ! 学校へ行こう!
キックを始めるのとほぼ同時期に通信制の高校に通っていました。
入学も面接と書類手続きだけで試験は無しだったのでラクチンでした。
授業も月に2回くらいで非常に通いやすかったです。
5年くらいかけてゆっくり卒業しようと思っていましたが、普通に3年で卒業できました。
高校に入ろうと思った理由は、今後転職する際に中卒じゃ不都合だろう。
というのもありますが、一番は学歴コンプレックスを無くしたかったからです。
この時期の私の行動力の源泉はなんだったんだろうと不思議でなりません。
学校の治安ですが、思っていたよりは大分マシでしたね。
真面目に勉強に取り組んでいる生徒も多かったです。
しかし、いわゆるヤンチャ坊主たちの内一人が、テスト中に「ここの答えこれであってますか?」「この漢字なんて読むんスか?」等々、堂々と私にカンニングを要求してきました。
私は「いいひと」なので、こっそり合図を送って、その子に見えるようなテスト用紙の端に〇とか×とか答えそのものを書いてあげていました。
悪事とはいえ、人を救うというのは気分が良いものです。
体よく利用されていただけかもしれませんが、私は満足していたのでWin-Winですね。
「マエカワくんでもカンニングの手伝いやったら0点だからね」
と、先生に釘を刺されてからはやりませんでしたが、気付かれていたのかもしれません。
通信制でも体育の授業はありました。
私は体育...特に球技が大嫌いだったので、バドミントン、卓球、バスケの中から渋々卓球を選んで、クソ真面目に授業を受けていました。
サボリ組は主に女子が多かったです。ヤンチャ坊主たちはバスケを選択していました。
バドミントンを選択しなかったのは一回やってみたらシャトルが天井にしか飛ばなかったので「こりゃ無理だ」と思って辞めました。
卓球の方はと言うと、これが意外にも様になってたようで、経験者だと思われたくらいです。
ここでも古武術の『膝抜き』とキック仕込みのステップワーク。そしてラケットを振る時の脱力が役に立ちました。
ただ私の空間認識能力はカスなので空振りも結構しました。
試合ではなくラリーを目的にした物だったので、敗北感を味わう事無く気楽にやれました。
体力的にも高校生より全然元気だったので、自分って意外とスタミナあるんだなと驚きました。
そして、難しい球を打ち返した時は女生徒から「うまいしw」と驚かれて嬉しかったです。
ボールがサボリ組の方へ行ってしまった時も「すいませんボール取らせてくださいね」と毎回バカ丁寧にお願いしていたせいか「超礼儀正しい人」「他の男子も見習ってほしい」と陰で言われていたのをしっかりと特殊スキル『地獄耳』でキャッチしておきました。
名誉のために言っておくと『高校生の恋人作りたい』と不純な考えを持った事は一度もありません。
というか負け犬人生を覚悟した時点で恋愛のスイッチは切っていました。
職場でも恋愛に発展しそうな雰囲気にはなりましたが、自ら壁を作って拒絶しました。
辻倉さんは「マエカワさんにならいくらでも女紹介しますよ」と言ってくれましたが、「辻倉さんの株が下がるだけだからやめておいた方がいいよ」と返して苦笑いされたのを憶えています。
キックをやっていた事は先生には言っていましたが、ヤンチャ坊主たちの興味を引きたくなかったので、生徒には伝えていませんでした。
加えてヤンチャ坊主たちの中に私の事を『兄貴』と呼んでくるヤツがいて、たぶん私の事をナメていました。彼も空手経験者だという事は後に知りました。
「兄貴って童貞ですか?」と聞かれた時にカチンときて「だったら面白いか?」と満面の作り笑顔で返してやったら、キレたのが伝わったのか、しどろもどろになっていたので面白かったです。
私は静かに暮らしたい派でしたが、自分の性分は抑えきれなかったようです。
ちなみにこの時はまだ風俗遊びに目覚めていなかったので、普通に童貞でした。
※ ※ ※ ※
スパーリング大会から3ヶ月くらいが経過したくらいでしょうか。
また会長から「知り合いが9月に県内の市民ホールで興行を打つからお前らも出てこい」と提案がありました。準備期間は2ヶ月くらいだったと思います。
プロで参加するのは中島さんと山本さん。山本さんにとってはプロデビュー戦です。
そしてアマチュア参加は私一人だけという布陣です。
私の場合はアマのデビュー戦ですね。
プロはファイトマネーが貰えますが、アマは逆に金払っての参加です。
3000円くらいだったかな? よく憶えていません。
ピンクマンをぶちのめした自信はプロや山本さんとのスパーリングで消し飛んでいたので、「超やりたくない」が本音でした。
しかし会長の「キックは空手と違って段位が無いから、実力を示せるのは試合だけなんだ」と言う言葉には全然胸を打たれなかったのですが「まぁどうせ負けるだろうけどいいか」とお付き合い優先で出場する事を決めました。
デビュー戦という言葉に心は踊らなかったですね。
不安も緊張もそんなにありませんでした。なぜなら最初から諦めていたからです。
周囲に漏らしていたら絶対に怒られていたと思ったので、心構えを聞かれた時は「不安の方が大きいですね」程度にお茶を濁しておきました。
ポスター用の写真撮影をする事になり、どんな顔がいいかなと考えた結果。
『顎を引いて上目遣いで相手を睨む』という、いつものファイティングポーズからグローブの構えを取っ払った物にしました。
完成したポスターを見て、辻倉さんには「この中で一番誰と戦いたくない? 俺マエカワさん」とイジられました。
他の選手の笑顔だったり、自然体だったり、ちょっと気合が入ったキリッとした表情だったりの中でも私の表情は浮いていたみたいです。
目つきが特に良くなかったですね。
練習でも特に熱が入ったわけでもありません。
減量が必要だったプロ組はピリピリしていましたが、私はいつも通り練習に取り組んでました。
そして、私はまたも体重増加に失敗し、55kg契約を52か53kgでパスしました。
格闘技ナメ太郎すぎます。
他のアマチュア格闘家はしっかり体重作って試合に臨んでいるんでしょうか?
でも増えない物はしょうがないです。
努力が足りないのは元からなのでこれもしょうがないです。
応援しがいの無い主人公ですいません。
クズ人間ですいません。
謝ってるフリだけですいません。
※ ※ ※ ※
「夢ってありますか?」
学校の授業中に仲良し女生徒二人組の片割れから聞かれた質問です。
もう一人は質問の内容に噴き出してました。
「キックボクシングが上手くなる事ですかね」と答えかけて「いや特にないです」と変更しました。
おそらく学校で最年長で、対して若くもない歳で入学してきたからには何か理由があるのだろう。
という興味があったのかは知りませんが、突然凄い質問するなと私はちょっと驚きました。
ちなみにこの女生徒二人がスキル『地獄耳』で私に好印象を抱いていた事を知った相手です。
二人ともかわいい子でしたが仲良くなりたいなとは思わなかったです。
ウソです。ちょっとは思っていました。
賢いと思われていたのか、勉強の質問を何度かされた事はあって嬉しかったです。.
答えられる問題で良かった。
負け犬人生覚悟していた私にとって『夢』なんて単語は凶器でしか無かったですが、不愉快にはならなかったですね。
実はドラッグストアを除いた就職先ほぼ全てで「正社員にならない?」と打診されたのですが、責任感の無い私は「いやこのままでいいです」と返し、それをトリガーにして面倒くさい仕事を押し付けられる前にとっとと辞めて次へ行くという事を繰り返していました。
私は「責任感がある」という評価をかなり多くの人から頂きましたが、内心「責任なんてクソくらえ」と思っていました。
加えてイチイチ退職を願い出るのも苦痛だったので、仕事は期間限定のモノを好んで選んでました。
それでも「残って欲しい」と頼まれましたが、仕事を評価された嬉しさよりも「クソくらえ」が勝っていたので遠慮なくサヨナラバイバイしていました。
つくづく人生ナメ太郎だなとは思いますが、性分なので仕方ありません。
大津さんが辞めた後、会長が私をインストラクターにしたがっていたのもウザかったです。
あとこれも仕事でムカついた事なんでついでに書いてしまうか...
私は今はもう廃止されてしまった初級シスアドという、合格率30%のパソコン関係の国家資格を独学で習得している事をドラッグストア本社の社員に漏らした事があり、加えて仕事ぶりを評価されて噂になっていたのかは知りませんが、視察に来た幹部からこんな事を言われました。
「なんでこんな所で働いてるの? 誰でもできる仕事じゃん」
私は「いやぁそうでもないですよ」と笑いながら答えましたが、私なんかよりずっと真面目に働いている他のパート従業員に失礼すぎるだろとブチギレかけました。
我慢せずにぶちまけてやった方が良かったでしょうか?
他にも派遣で働いていた時、派遣会社の社長から「今やってる仕事なんて誰でもできるやつだよ。マエカワさんにはもっとオススメの仕事がある」と言われました。
速攻でNOと返してやりました。
世の中の偉い人がこんなやつらばかりで無いことを祈ります。
ちなみに初級シスアドは1回落ちて、2回目で猛勉強の末に「いける!」と思ったら「残り10分です」と言われて回答欄が全然埋まってなかったのでエンピツ転がしで枠埋めたら、合格点ジャストで資格取得した人生屈指の超強運エピソードでもあります。
他にア〇バで取ったパソコンインストラクター資格もありますが、今後使う事は無いでしょうね。
ア〇バでもここで働かない? と誘われましたが断りました。
ひきこもり時代に『親に頑張ってるアピール』がしたかっただけだったと今は思います。
※ ※ ※ ※
そんな高校生活のある日、デビュー戦が決まった事を始業前に先生に報告しました。
「おめでとう! 応援いけたらいくね」
と喜んでもらえました。
結局、応援には来てくれなかったのですが、そこは社交辞令と分かっています。
ピンクマンをぶちのめした話もしていたので「次も勝てるといいね」と言われました。
すまんなピンクマン。私の中ではアレは勝ち扱いにさせてもらった。
ヤンチャ坊主たちは遅刻してきたので、デビュー戦の事は聞かれずに済みました。
面倒くさい事にならなくて良かったです。
そして授業が始まりました。
何がきっかけだったかわかりませんが、ヤンチャ坊主たちは下ネタ話を延々としていました。
この日以外の授業でもしょっちゅう下ネタで盛り上がっていました。
私は笑いをこらえるのに必死でした。
そうです。私は下ネタが大好きで弱点なのです。
「女子もいるんだからこんなのセクハラだろ」
と思っていましたが、先生たちはたまに「ちゃんと授業聞けよ~」と言う程度で止めようとはしませんでした。
マジで勘弁して欲しかったです。
後に辻倉さんや中島さんからも下ネタ攻撃を受けるのですが、ゲラゲラ笑う私を見て、攻撃した側が「ホント好きなんすね」と引いていました。
そんな感じでその日の授業は終わりました。
しかし帰り際に先生が「試合がんばってね!」と余計な一言をぶちかましてくれました。
当然ヤンチャ坊主たちは「試合ってなんすか?」と私に興味を持ってしまいました。
私はどう切り抜けようかと困っていた所に、先生が「言っちゃえ言っちゃえ」とトドメの一撃をお見舞いしてきました。
もう逃げられません。
「キックボクシングですよ」
言ってしまいました。
ヤンチャ坊主たちは一斉に「すげー!」と歓声を上げました。
私はそれ以上の追及をされたくなかったので、逃げるように教室を後にしました。
『兄貴』くんとその親友は私がウソを言っていると思っていたみたいです。
とても格闘技やるタイプに見えない自覚はあったので、そう思われてもしかたありません。
しかし、後にプロになって地元のヤンチャ坊主界隈で有名人になる辻倉さんと一緒に練習している事が分かった時は「もしかして兄貴めちゃくちゃ強い人なんですか?」と言われました。
私は「そうでもないよ」と笑って返しましたが、彼らが私を見る目が変わったのは少し嬉しかったです。
そんなこんなで私のアマチュアデビュー戦の日は迫るのでした。




