ピンクマン
会場の中で一際異彩を放っていた、と私は思っていたピンクマン。
彼の所属するジム会員からも「キックボクシングにピンクを取り入れたのお前が初めてじゃないか?」とオシャレを褒められていました。
年齢も若く、確か19歳だったと思います。これはスキル『地獄耳』で盗み聞きして知った情報です。
ジムのホープと言う雰囲気がバリバリで、本人も自信満々というような態度でした。
(コイツが俺の対戦相手じゃねえだろうな?)
先のエピソードで前述した通り、ピンクマンは180cm以上で体重もおそらく60kgはありそうでした。
あきらかに階級が違うのに何故かそう思いました。
そしてAくんはAくんで「あのヤバそうなヤツ、自分の対戦相手かもしれないっス」と予想していました。
私は「そうだね。でも階級違うかもよ?」と返しましたが、もしそうだったら神様譲ってあげてくださいと懇願していました。
(リーチ差もすごいし、あの体格から前蹴りと膝蹴り繰り出されたら完封される)
なんとなく木下さんとのスパーリングを思い出して、身震いしました。
元から無かった闘志がさらに萎えていくのを感じました。
(頼むからピンクマンだけはやめてくれ!)
ビビりまくりながら軽量をパスしました。
計量は準備ができた選手からバラバラにというスタイルだったと記憶しています。
この時、現場に張り付いていれば対戦相手が判明したかもと思いますが、緊張していたのか、ヌケていたのか分かりませんが、ウチの会員は誰一人として確認にいっていませんでした。
ピンクマンもレガースを付けていたので計量済みだったのだと思います。
体重は52kgだったと思います。入門して半年経過した時と何も変わっていません。
55kgリミットでコレは格闘技ナメすぎだろとか言わないでください。
私は小食だったので「食って体をデカくする」という事ができませんでした。
というか、そういう努力ができなかったというのが正しいですね。
加えて筋肉が付きづらい体質だったので、自重トレーニングやジムに置いてあったマシンやにも挑戦しましたが、やり方を間違えていたのか、体重は52kgから全然増えてくれませんでした。
つまり格闘技をナメてます。すいませんでした。
でもプロ目指してない人なんてこんなもんじゃないですかね?
ね?
※ ※ ※ ※
計量も終わってまったりしていた所で「そろそろスパーリング大会始めます」とアナウンスがありました。
どうやらボクシングのスパーリングも兼ねていたようで、ボクシング→キックボクシングの順番で大会は始まりました。
ボクサーがパンチを連打してダウンを取る姿を中島さんと観戦していた時に「マエカワさんもアレやりましょう」とアドバイスを頂きました。
私は「できますかねぇ」と苦笑いを返したような気がします。
そしていよいよキックボクシングの部に移ります。
ジムの先陣を切ったのはBくん。
相手は160cmくらいで、偵察の時に「この子が対戦相手かもしれない」と思っていた選手の一人でした。
結果は惨敗。ボッコボコもボッコボコのKO負けでした。
これで心折れたのか、この大会以降Bくんは練習にも来なくなってしまいました。
やっぱり格闘技には向いてなかったみたいです。
次に出撃したのがAくん。
しかし、ここで予想外の出来事が起こります。
相手はなんと女性選手だったのです。
Aくんは遠慮なしのフルパワーで襲い掛かり、速攻でダウンを奪いました。
しかし「女の子いじめない、いじめない」という主催者のアナウンスで、めちゃくちゃ「やりずれー」と言う顔で手加減攻撃に切り替えていました。
私はせっかく練習してきたのに全力を出せなかったAくんがかわいそうだと思っていました。
あと相手がいなかったからって女と男の試合組むなよと主催者にイラつきました。
おそらくですが女性選手は主催者のジム所属だったと記憶しています。
中島さんは「どっちにとってもかわいそうな試合だったね」と言っていました。
力のぶつけどころを失ったAくんはBくんの敵討ちをするため、スパーリングのおかわりをお願いしていたみたいですが、断られてしまったようで消化不良な大会となってしまいました。
さて、私の番です。
相手はピンクマンです。悪い予感が的中しました。
この時点で心はポッキリ折れていましたが、ここで主催者から突然のお知らせ。
ピンクマンが体重超過したペナルティで、私のグローブをふた回り小さい物と代えて良いという事になりました。
そりゃそうだ、絶対階級が違うと思ったもん。
私はなぜか中島さんに「いいんですかね?」と聞き「いいんじゃないですか?」と返してもらったので、スタッフから代えのグローブを受け取り、いそいそと装着しました。
(果たしてこんな小さなグローブで人を殴っていいものだろうか?)
という謎の背徳感めいたモノを抱いた事で緊張も不安も抜けました。
そして中島さんが下から2番目のロープに座って私をリングに招き入れてくれるのを見て...
(わあ、格闘家っぽい)
と感動と気恥ずかしさを噛みしめながらリングイン。
ピンクマンにはグローブ交換に時間を使ってしまったので「お待たせしてすいません」と一言謝っておきました。
キョトンとされましたね。
やっぱり私は変な奴でしょうか?
試合は2分2ラウンド。1ラウンドに2ノックダウンでKO負け。判定は無し。
というルールだったと思います。
目の前に立たれた時、やっぱりデカいなぁと思いました。
しかし、変にリラックスしていたせいで威圧感は全く感じなかったです。
そしてゴングが鳴り、タッチグローブをして試合が開始されました。
ピンクマンはまずジャブを放って来ました。
私がそれをブロックしたところに右ローキックを繰り出して来ました。
カットに失敗したので太ももに直撃しました。
(あれ????)
全く痛みを感じませんでした。
そこで思い切って踏み込み、強めのジャブを打ち込んでみました。
直撃です。ピンクマンの頭が大きくのけぞりました。
(あれあれ????)
右ローキックも放ってみました。
膝裏を狙った一撃です。これも直撃してピンクマンは露骨に嫌な顔をしました。
(あれあれあれ????)
今度は間合いを詰めてのワンツーを放ってみました。
ガードをすり抜けて顔面に直撃、ピンクマンも負けじとパンチを放って来ました。
私はこれを被弾。しかし、痛みはまったくありません。
防具付けてるからなのか、相手のグローブがデカいせいなのかわかりませんが、同じサイズのグローブで中島さんや辻倉さんが手加減して打ってくるパンチの方がまだ痛いというレベルです。
(こいつ...!!)
見掛け倒しの雑魚だ!
私は完全にピンクマンをナメ倒しました。
対戦相手へのリスペクト? そんなものはキック人生で一度も抱いた事はありませんよ。
一気に接近戦に持ち込み、フルパワーの連打を顔面に打ち込みました。
全弾命中。しかし、そこは当て感のない私。急所をとらえていたとはいえません。
ドヘタクソです。
しかしそのヘタクソ以下がピンクマンでした。
その後は終始私のペースで試合は進みました。
間合いをつめての左右のフック。中間距離から飛び込んでのジャブ・ストレート。
右ローキックも右ミドルキックも全部入る。
ダメージを追ったピンクマンの攻撃はどんどん弱くなり、何食らっても効かないという状態でした。
そして、これがゾーンに入るという感覚なのかはわかりませんが、私の場合は試合中に頭が冴えていると左耳のテニスボール一個分上辺りから「〇〇してみよう」という声が聞こえてくるのです。
妖精さんと呼ぶことにします。
この試合では「右アッパーやってみなよ」でした。
私は声に従ってガードを固めるピンクマンに全力の右アッパーをブチこみました。
結果は見事ガードの隙間を縫っての顔面直撃。
私はエスパーか? と錯覚しました。
ピンクマンは「ぐうっ」とうめき声を漏らしました。
ここでボディ打ちも狙うという選択が出来たらKO勝ちも夢では無かったと思いますが、私はキック人生で1度もスパーリングや試合で使った事がありませんでした。
前にも語りましたね。
実に惜しいことをしました。
そんなこんなでキック人生初の全力全開バトルは終了しました。
結果は判定無しのドローでしたが、内容的には圧勝です。
おめでとう私。
※ ※ ※ ※
「マエカワさんすごいじゃないですか!」
Aくんが目をキラキラさせて祝福してくれました。
正直Aくんにはナメられてると思っていたので、尊敬のまなざしを向けられたのは嬉しかったです。
中島さんも「圧勝じゃないですか」と褒めてくれました。
しかし、ここで問題発生。フルパワーで戦ったツケで酸欠状態になってしまいました。
「ごめんちょっと休みます」と横になり、結構長い時間体力回復に努めるハメになりました。
おかげで山本さんの試合を見逃しました。
激闘の末にドローと言う結末でしたが、内容は良かったので判定なら勝ってたんじゃない?
と中島さんは評価していました。
体力回復した後は特にする事も無いのでぼーっとしていました。
その間、ちょいちょいピンクマンと目が合いましたが、コミュ障な上に特に話したい事もなかったので笑顔を返しておきました。
スパーリングのおかわり...気になる相手を誘ってのスパーリングを挑む時間も終わり、最後に参加者全員でリングの上で記念撮影をしました。
私の隣はAくんがボコボコにした女性選手だったので、なんか気まずかったです。
その時の写真は今でも自室のコルクボードに飾っています。
私の数少ない成功体験の宝物です。
帰りは中島さんのオゴリでみんなで牛丼食べました。
こういう時って最年長の私がオゴるべきだったのかも知れませんが、そこはコミュ障。
「みんながんばったんでご褒美ですよ」
人生で最高の牛丼だったとウソを書きたい所ですが、牛丼は苦手な上にどんな味だったかなんて忘れました。
小食だったのでミニ牛丼を頼んだのは憶えています。
牛丼食べるたびに成功体験を思い出してニヤつくというウソも書きたいがそんな事もないです。
「帰りの運転代わりますよ」
とは言えなかった。キックに加えて運転もドヘタクソだったからです。
こういう時自分のダメさ加減に嫌になります。
ピンクマンをフルボッコにした余韻はどこかへ消え、小さな自己嫌悪だけ残してスパーリング大会は終わりました。
顔面パンチは何発かもらいましたが、腫れは一切無かったので、勤め先への言い訳を考えなくていい事だけは好材料でした。




