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初めましてマエカワと申します。よろしくお願いいたします。

私は基本敬語で会話をする。

会員のほとんどが私より年下だったが、タメ口で話した相手は引退するまで一人もいませんでした。

中学生相手にもこんな感じで挨拶していました。

会長からは「硬い硬い」と何度も笑われたが、改める気は無かったです。


そのほうがラクだったからです。


私は職場では愛想よく振舞っていたが、めちゃくちゃ他人との壁を作るタイプの人間です。

だからジムで友達作る気は一切ありませんでした。


それは中卒元ひきこもり童貞パート勤めというコンプレックスから、自分みたいな人生の負け犬が真面目に生きている他人と関わっても傷つくだけだと思っていたからだと今は思います。


「マエカワくん。ありの~ままの~が一番だぞ」と会長には心配気味に言われたが、私は苦笑いを返すのが精いっぱいでした。


さて練習初日である。

その日、練習に来ていたのは大津さんと、見学の日に華麗なカウンターのミドルキックを決めていたプロ選手。


名前は中島さんとしておく。歳は私の一個下です。

この中島さん。妻子がいる身で風俗遊びが大好きという『自称、人間のクズ』である。

本人が言っていたので気にせず書く事にします。

私は自己評価が最低なので「私の方がクズですよ」とクズ人間比べを良くしていました。

バリバリ仕事をこなしながら子育てもして、プロとしても活動する姿は、人生ナメ太郎の私からすればまぶしいくらいでした。


まぶしすぎて彼の影響で風俗遊びに興味を持ち、ピンサロ→ヘルスときてソープで脱童貞を果たしたくらいです。

脱童貞の感想は「TEN〇Aってよくできてるんだな」でした。

後は愛の無いセックスって自傷行為みたいだなとか思っていました。


そんな自傷行為を気に入って二月に一度はソープ通いをするようになるのだから人の縁とは恐ろしいものである。


風俗店に行くためには遠出をしないといけないので、親には城とか寺院とかを観に行くと言っていました。

実際、歴史的建造物には興味があって、風俗のついでに観光もしていたので嘘は言っていない。


他にも植物園を観に行く、水族館に行く、漫画喫茶で泊ってくるという手も使いました。

ちなみに実家に生活費は一切入れていない。


中島さんとは『いかにして風俗店通いをごまかすか』という話を何度かしましたが、私には軍師の才能は無かったので有効な献策はできなかったです。


辻倉さんからは「あの二人を一緒にしておくとエロトークしかしない」と呆れられました。

女性会員の前で風俗遊びをバラされた事はいまでも恨んでいる。

なので辻倉さんも浮気が原因で嫁とクソモメしたことをここに記しておきます。


練習は縄跳び、シャドーボクシング、サンドバッグ、ミット打ち、スパーリングの流れで行われました。


縄跳びは苦手というか嫌いで、キャリアの後半はほぼサボっていました。

かわりにシャドーボクシングはインストラクターから絶賛されるほどの得意分野になったが、入門初日はドタバタだったと記憶しています。


一番苦手だったのがミット打ちです。

私は人を殴る才能は人並み以上にはあったが、運動神経は壊滅的で学生時代は体育が大嫌いだった。

なのでリズム良くコンビネーションを打ち込むミット打ちでは空振りや打ち間違いを連発し、危うくミットを持っている相手を殴りかける事がしょっちゅうありました。


ミットを持つのも不得意でした。

変な当て方をして相手を怪我させた事も何度かありました。

その節は本当にすいませんでした。


サンドバッグは好きです。何も遠慮する必要が無いからです。

思い切り蹴って、思い切り殴れる。コンビネーションも気分の赴くまま自由に決められる。

私には『当て感』は無かったが、スピードと回転力と体重のわりにパワーがありました。


会長からは『典型的なKOファイター、接近戦で重いパンチをガンガン当てていくスタイルが似合っている』と後に評価されました。


「マエカワくんはセンスがある。一皮剥けたら強くなれるよ」

とも言われていたが、残念ながらその一皮は剥けず仕舞いでした。


初日のミットは大津さんが持ってくれました。

パンチコンビネーションもキックもやっぱりドタバタだったと記憶しています。


全然ダメダメだと思っていたが、大津さんは意外にも「ホントはダメなんだけど、マエカワくんは基礎ができてるからスパーリングやっても大丈夫そうだね」と言ってくれました。


正直かなり嬉しかったが、「大丈夫なのかそれ?」と少し不安になりました。

基礎ができてる初心者ってなんだろう? キックボクシング教本と古武術の本に感謝ですね。

後に初心者のスパーリング禁止は無くなるのだけれどね。


肝心の初スパーリングの内容ですが、自分の予想通りの展開になりました。


まあパンチが当たらない当たらない。

そしてジャブを食らいまくって前に出られない。

もちろん二人ともめちゃくちゃ手加減してくれているのは、全然攻撃が痛くない事で分かりました。

運よく懐に飛び込めた時も何をすればいいのかわからない。


大津さんは「マエカワくんの距離だぞ」と言ってくれましたが、顔面へのショートフックは全部ブロッキングされて通じません。

今考えたらボディ打ちと言う選択肢もあったなぁと思いますが、私はキックボクシング人生でボディ打ちを使った事が試合でもスパーリングでもありませんでした。

強力な武器になり得たかも知れないのにもったいないことをしたと思っています。


まず、プロとのスパーリングではジャブの差し合いで勝てなかったので懐に飛び込めないんですよね。

ガード固めて前に出ようとしても前蹴りだったり、ステップだったりでいなされておしまい。

前手で頭を押さえられて手が届かないというコントみたいな醜態をさらした事もありました。


ですが『左がダメなら右を使えばいいじゃない』という利き手を前にした、俗に言うリードストレートを使った時だけは互角とは言えないものの、マトモに差しあえる事に気が付いたのは、仕事が忙しくなりすぎてキックへの情熱が消えかけていたキャリア終盤でした。


これも非常に残念な発見でした。もっとはやく気が付いていれば...と思いますが、私のファイトIQなんてその程度のモノだったという事です。


人生初のスパーリングの感想は予想通りすぎて「ダメだったなぁ」とも思わなかったと記憶しています。

ここで「絶対強くなってやる!」と反骨心に燃えないのが私です。

というかキックボクシング人生で「強くなりたい」と考えて練習に取り組んだ事は一回もありません。

代わりに「上手くなりたい」とはずっと思っていました。

それでも技術習得への貪欲さはプロを目指すような人と比べたら屁みたいなもんですが...


この時の私はプロどころか試合に出ることすら目指して無かったので向上心はゆるゆるでした。

ウソです。向上心がゆるゆるだったのは最初から最後までずっとです。


「初めてのわりには動けてたよ、ローキックも良かったし」


大津さんが褒めてくれました。

事実ローキックだけは何発か良いのが入っていました。

「レガース付けてるからキックは全力で蹴っていいよ」と言われていたので遠慮なく全力で蹴りました。

憎くもない相手に全力の暴力を振るうというのは不思議な感覚でした。


しかし、キックはOKでもパンチはNG。後に辻倉さんから「ダメですよ力込めて攻撃しちゃ、相手も同じくらいの力でやり返したくなるんですから」と注意されるのですが、私はキャリア通じて『手加減』がドヘタクソで、パンチも軽く打ってるつもりでも「強すぎ」と怒られる事がしょっちゅうありました。


私は短気な性格ですが、肉体の性格はもっと短気だったと言うやっかいな体質だったようです。

なのでスパーリングは不得意な上にわりと嫌いでしたね。

試合に出るのも好きじゃなかったですが、一切手加減をしなくていいと言う点では気楽でした。


その後はプライベートな雑談をするわけでもなく、そそくさと片づけを済ませて帰りました。

あくまでキックボクシング習いに来てるだけだから他の事に興味が無かった。

というより、単にコミュ障だっただけです。


後に統合失調症を発症して自分の人生が酷く空虚に思えた時、私は寂しがり屋なんだと気づきました。

今ではデイケアで気になった利用者に片っ端から声をかけています。

職員から注意されてはいないので迷惑になってはいないようです。

人から話しかけられる事も多いです。


私は人間のクズですが、めちゃくちゃ人ウケは良いのです。

加えて他人を陥れる事が大好きという性癖持ちです。

頭が良かったら詐欺師になってたと思います。バカで良かった。


少し脱線しましたが、練習初日の話はこれで終わりです。

お疲れさまでした。



※  ※  ※  ※



次の練習日。だったかはもう忘れました。


ここでまた別の会員の紹介です。

名前は多田さんという事にしておきます。年齢は私の二個下です。


技術的には会長お墨付きのジム最強の男。

とあるグローブ空手のトーナメント優勝者相手に1-0ドローで惜しくも判定勝ちを逃すほどの実力者。

身長は私より少し低かったと記憶していますが、超合金といった感じの肉体を持つプロ選手です。


ちなみに彼も風俗大好きな既婚者。

格闘家というか社会人のリアルってこんなもんなのか? 他所の事情はわかりません。


キックボクシング人生で一番の衝撃を受けたのが、この多田さんとのスパーリングです。

結論から言うと『本物のローキックってこんなに痛いの?』です。


鉄の棒で殴られたかと錯覚するほどの痛みでした。

それもおそらく手加減しての攻撃で、です。

私は倒れそうになるのをなんとか堪えながら「格闘技やめたい」と思ったくらいです。


後に会長からも「ローキックは力じゃないんだよ」と教えられました。

私はとある有名選手の影響で膝裏を狙うローキックを蹴るタイプでしたが、多田さんは太ももの激痛ポイントを狙ったモノでした。


具体的な場所はズボンのポケットの底辺りです。

試しに指でグリグリしてみてください、結構痛いはずです。

私もこっちのタイプのローキックを極めた方が良かったかなと後悔しています。


以後も多田さんとのスパーリングする機会は何度もあるのですが、そのたびにローキックの恐怖に怯えていました。


多田さんとの思い出にパンチの打ち方の基本を教えてもらったというのがあります。

壁際に立って、ジャブやストレートを打つ時に肘が壁に当たったらダメと教えられました。

私は最初からコレが出来ていたので感心されて嬉しかったです。

そして、後に女性会員やキッズクラスの指導をした時にしっかりとパクらせていただきました。


ついでにもう二人ほど紹介。


一人目の名前は木下さんと言うことにしておきます。

年齢不詳と思われていた私にタメ口で話しかけてきたのでたぶん年上だったのだと思います。

子供が産れたのを機にジムをやめてしまったので、付き合いは1年程度でしたが、私にとっては印象深い会員でした。


なぜなら私の天敵だったからです。人間的に苦手なタイプだったというのもあります。

プロではありませんでしたが、180cm以上の長身から繰り出されるパンチと前蹴りで毎回毎回毎回毎回完封されていました。


攻撃の当たりも結構キツくて、特に左右のミドルキックが強烈で嫌でした。

私には蹴りを手で受け流してのローキックという得意な攻撃パターンがありましたが、マトモに当てられるのはそれだけでした。


木下さんとのスパーリングも非常に苦痛でしたが、キックボクシング人生の中で『ときめき』を与えてくれた人でもあります。


それは右ストレートを搔い潜っての右アッパーというカウンターを決められた時の事です。


(やばい! 今の超かっこいい!!)


動きを見切られた事や直撃をもらった悔しさなんかより、凄いモノを見たという感動が勝りました。

私も真似して何度か挑戦しましたが、上手くいった試しは1度もありませんでした。

女性会員相手のスパーリングでフリだけはやりましたけどね。


時々辻倉さん辺りが連れてきた素人相手に狙ってみるのもアリだったかもしれませんが、その時の私はパンチをブロッキングする技術の習得にハマっていたので、直撃を1発も許さない練習台として使わせていただきました。


右アッパー自体は私の得意技の一つになりましたが、スパーリングでは全然使っていませんでした。

そのくせ試合ではクリーンヒットを連発できたのですから不思議です。


もう一人は四谷さんと言います。もちろん偽名です。

会員ではありましたが、もう一人のインストラクターでしたね。

歳は40代前半くらいだと思っていましたが、詳しくは知りませんでした。


「めちゃくちゃいい人だけど、サングラスかけたら見た目完全にヤクザですよね」と中島さんが笑いながら言っていました。

身長は180cm越えでしたが、不思議と威圧感を感じない温厚な人柄でした。


パンチのブロッキングの仕方を教えてくれたのも四谷さんです。

最小限の動きで直撃を防ぐ技術でパンチラッシュに対応できるようになった時には「俺、上手くなってる!」と興奮しました。


被弾しながらプレッシャーをかける裏技として『脳天受け』というテクニックも教えてもらいました。

文字通りジャブを脳天で受けて間合いを詰めると言うモノです。


そして、もう一つ勉強になったのが、彼のパンチに関する意見。


「当たる瞬間拳を握れって言うけど、パンチが当たったら反射で勝手に拳握るよね」


これは私に向けたアドバイスでは無く、練習中に彼が友人としていた会話だったのですが、特殊スキル『地獄耳』によって聞き取った物です。

インパクトの瞬間に力を込めて拳を握っていた私にとっては目から鱗でした。

そしてすぐさま自分のパンチに取り入れました。


私には赤ちゃんの手の握り...有名格闘漫画でいうところの『菩薩の拳』が合っていたので、四谷さんの意見を取り入れた事で劇的にハンドスピードとキレが向上しました。


会長にミットを持ってもらった時、ジャブを放ったら「おっ!」と驚かれました。

「パンチは発射する時に力を入れて後は抜くだけ」と会長も言っていたので、どうやら正解だったのかもしれません。


余計な力を使わなくなった事でパンチの回転力も増しました。

何人かの会員からは「パンチ速いですね」と褒められたので「力抜いて打つのがコツですよ」とエラそうにアドバイスしていました。


惜しいのはこのテクニックを習得したのが、リードストレート同様に仕事が忙しくなってキックへの情熱が消えかけていたキャリアの終盤だった事です。


私はドラッグストアでは品出しオンリーで9時出勤5時上りの残業ナシという契約で仕事をしていた時期が結構長く、レジの仕事もやってほしいという店長の願いを頑なに断っていました。


思えばこれをずっと続けていたらキックへの情熱も失わずに済んだかもしれません。

ある時、根負けしてレジも担当する事になり、そこからはズルズルと人手不足が原因で飲料・酒・米の三部門に加えて、客注商品(客からの商品取り寄せ依頼と到着後の連絡)に電話対応、果ては調剤事務まで任される事になってしまいました。


急な休日出勤&残業でジムに行けない日もどんどん増えていきました。


そうです。私は「都合のいいひと」になってしまったのです。


絶対に時給に見合ってないと思って辞意を表明しましたが、これも人手不足を理由に3年も保留されました。そしてそれを受け入れました。


担当部門の棚替え作業(本社の指示による商品入れ替え)の時なんて、そんな時間作れねーよボケということで休日にサービス出勤までしていました。


つくづく「いいひと」すぎて吐き気がします。


何度か転職しましたが、どこも残業・残業・残業だらけでジムに通う時間も気力も体力も削がれて行った上に、途中で身体も壊したりなんかしてハイサヨウナラというのがこの物語の結末です。


バッドエンドは予告済みなので平気でネタバレしてやります。

思い出したら自分に腹が立って来ました。


あ、これだけは書いておかなければいけません。

四谷さんもキャバクラ、風俗大好きで「フィリピーナの店はすぐ摘発されちゃうんだよな」とボヤいていました。ウチの会員はスケベだらけです。


自主練習日の土日に、店のおねーちゃんを、後に私も通うことになる支部に連れ込んで個人レッスンしている所に訪ねてしまった時はむちゃくちゃ気まずかったです。


バイアグラを欲しがっていたので、もっと安く手に入るジェネリック医薬品の個人輸入代行サービスの事を教えてあげたら大変喜ばれました。


会長からも色々と教わりましたが、私にとっての一番の恩師は四谷さんだったと思います。

そんな四谷さんにジムを辞める時に電話の一本も入れなかったのが私です。


ね、クズでしょ?

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