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痛いのは嫌ではないが、やっぱり嫌だと後に思い知る。

元ひきこもり、コミュ障、根暗、ついでにメガネのオタクで人間のクズ(私)がキックボクシングジムに入会を前提にした見学をしにいった日の話です。

あくまで趣味で始めようと思ったので、ここからプロを目指していくという熱い展開はありません。

バッドエンド?も確定しております。


それでよければあなたの時間を私に下さい。

失敗した。


それが、見学のためにキックボクシングジムを訪れた時の感想です。

ガラス張りの壁の前で気合の声を発しながらサンドバッグを蹴り上げる怖そうなアンちゃんがいっぱい。

中学生時代いじめられっ子だった私には刺激が強すぎる光景でした。


しかも身長165cm体重48㎏というもやしメガネ青年。

ついでに言うと漫画とアニメとエロゲーが大好きなオタクでもあります。

なんでそんなヤツが27という中途半端な年齢で格闘技を始めようと思ったのかと言うと、某立ち技最強を決める格闘技団体のファンだったからである。


たぶんキックボクシングと言うものを知りたかった。

それだけの理由だったと思います。


近場で通えるジムを探し、ホームページから入会を前提とした見学の申し込みを済ませ、火曜日が初心者クラスの日だからどうですか? という返事を頂いてやってきたのが始まりです。


結論から言うと、その日来ていた会員に初心者は一人も存在せず。入会して半年という会員もバリバリのプロを目指してた。というか後に本当にプロになった。


名前は辻倉さんとでもしておく。年齢は私の三個下だったはずです。

金髪、入れ墨に日焼け肌と言うザ・ヤンキーなジムで一番怖い見た目をしていた人です。

身長は175cmくらい、体重は70kg程度で、筋肉質な良い体をしていました。


初心者クラスというから、もっとゆる~い空気を期待していた私としては「入りたくねぇ」とそのまま帰りたい気持ちでいっぱいになりました。


だが、来てしまったものは仕方ない。

私は覚悟を決め、ジムのドアを開け放ち、ドラッグストア勤めで培った大声で...


「こんばんわ! よろしくお願いします!」


と一歩を踏み出したのである。



※  ※  ※  ※



私がジムに足を踏み入れた瞬間、張りつめていた空気が緩むのを感じた。

後にネタバレされるのだが、「真面目そうなヤツが来るからお前ら優しくしろよ」と全員会長に言い含められていたらしいです。


「いらっしゃい。マエカワくんだね待ってたよ」


熊みたいな男がそこにいた。

身長は私より少し高い170cm程度でしたが、首、腕、脚、全部が太かったです。

只者ではない威圧感を放つ男が柔和な笑顔で私を出迎えてくれました。


会長である。


歳は40代後半だと勝手に思っていたが、もっと若かったかもしれません。

結局ジムを辞めるまで分からず仕舞いでした。


「今日はよろしくお願いします」


会長の次は会員とインストラクターに挨拶、不思議と緊張はしなかった。

接客業やってたせいもあると思うが、それよりも『憧れの格闘家』を前にしてワクワクの方が勝っていたのだと思います。

数分前まで駐車場で帰りたがっていたのがウソみたいである。


会員達もみんな笑顔で私を迎えてくれました。

これも後から聞いたのだが、とても格闘技をやるタイプには見えなかった上に、クソ真面目な見学の申し込みをして、友達も連れずに一人で来たのが相当珍しかったらしいです。


つまり私は『おもしれー男』だったみたいです。


その珍獣扱いは在籍中ずっと続きましたが、イジられるのは苦痛では無かったです。

特にイジってきたのが辻倉さんでした。


「これからちょうどスパーリングやるからここで見学していきな」


と、インストラクターに促され、用意されたパイプ椅子に座って観戦という流れになりました。

インストラクターの名前は大津さんとでもしておきましょう。

身長は180cmくらいでやや細身の体型です。

温厚な性格で優しく指導してくれた人ですが、ガチ勢からは「たいして強くない」「練習にならない」と散々な評価をされていたのがかわいそうでした。


ジムにはリングが無かったので、マットの敷かれたスペースにバラバラに散らばってスパーリングをするというスタイルでした。

そこから対戦相手を入れ替えて、一周したら終わりという感じでしたね。


タイマーの設定はスパー兼練習時間3分、休憩1分にセットされていて「次の3分からスパー開始ね」と大津さんが指示を出していました。


私はどういう顔で待つのが正解か分からなかったので、とりあえずニコニコの営業スマイルで待機する事にしました。

自分で言うのもアレですが変な奴でしょ?


そしてスパーリングが始まりました。

ジムの方針で、ヘッドギア(頭の防具)とレガース(足の防具兼緩衝材)とファールカップ(金玉の防具)ともちろんマウスピースの着用は必須で、バチバチにやるのは禁止だったようですが、それでも私はその迫力に圧倒され...


本気でニヤけていました。


特に会員の一人が右ストレートに合わせて華麗にミドルキックをカウンターで決めた瞬間には思わず「おお!」と声が洩れました。


これも後に判明するのですが、ドン引きされると予想されていたようです。

逆に私の隣に控えていた大津さんから「楽しい?」と若干引き気味に尋ねられたくらいです。

私は当然「ハイ!」と大声で答えました。



※  ※  ※  ※



スパーリングが終わった後、みんなの興味は当然といえば当然ですが私に向きました。

そこで「ちょっとサンドバッグ叩いてみる?」と提案されました。


当時の私は格闘技を神聖視していたので、会員達が"正装"で叩いているモノに私服で取り組む事に謎の気おくれを感じつつ、ジムの備品のパンチンググローブを貸してもらってサンドバッグの前に立ちました。


パンチの打ち方はキックボクシングの教本で予習済みでした。

ついでに古武術の本から『膝を抜く』という技術と脱力の重要性も学んでおきました。

利き手を後ろにした右構え、しっかりを脇を締めて余計な腕の力を抜く、拳は固く握らない。


そこから軽くステップインしてからのジャブ・ワンツーを繰り出しました。


サンドバッグを初めて叩いた感想は「拳が痛いな」という感動もへったくれもないモノでしたが、会長から「いいパンチ打つじゃん」とお褒めの言葉を頂いたのは嬉しかったです。


これも後に知るのですが、辻倉さんから「こいつ何かの経験者じゃないか?」「絶対俺より強い」と思っていたと聞かされたので、100%新規会員獲得のためのお世辞と言うわけでも無かったようです。

パンチが縦拳気味だったので会長からも「日本拳法やってた?」と聞かれました。


次に「蹴りも打ってみたら?」というお誘いに「ジーンズですいません」という謎謝罪を交えつつ、腕を大きく顔の前で振りかぶってタメを作り、軸足の回転を意識した右ミドルキックを叩き込みました。


「蹴りもイイッスねぇ!」


辻倉さんが興奮気味に言ってくれました。

「ホントに何もやってなかったの?」と会長にも言われました。

後にキッズクラスの会員のお手本として「今からマエカワが蹴るからちゃんと観とけよ」と会長のお墨付きを頂く事になる私の右ミドルキックですが、この時の蹴りはそれに比べると全然ダメでしたね。


ここで一つ、右ミドルキックの思い出を語りたいと思います。

そして格闘技を愛する人にとっては不愉快になるかもしれない事を言います。


自分には『暴力』の才能がある。


それに気づいたのはいじめられっ子だった中学性時代です。

何がきっかけだったのかは謎ですが、とにかく私は「いじめていいやつ」扱いされていました。

そのいじめグループの中心にいたヤツが私より二回りはデカい空手経験者で、私をサンドバッグ代わりにして柔道の授業中にローキックを叩き込んできました。


正直痛かったです。

しかし同時に思ったのが「こいつ大した事ない」という感想でした。

相手も私が悶絶して倒れる事を予想していたのか、耐えて立っていたことに驚いた表情をしていました。


私は決めました。

次にサンドバッグ扱いしてきたらキレたふりしてブチのめしてやろう、と。


私は『素直で優しくていい人』という周囲の評価に反して狂暴な性格をしているのです。

小学生時代には腹が立った相手の金玉を傘で突いたり、従兄弟の喉を三角定規で刺したりと狂暴を通り越してイカレ野郎な事を平気でやるような奴でした。


体育の授業中に派手に喧嘩をして「君は頭がおかしい」と先生に注意された事もありました。

つまり私は暴力を振るうと決めた時に躊躇いを感じない人間なのです。


そんな私が小学生時代はクラスの人気者だったのだから世界は不思議に満ちています。

クラスの男子のほとんどが友達、女子人気も高く、クラスで1番の美少女とは両想いという本当に自分の人生だったのかと疑いたくなるような黄金時代でした。


いじめられるような暗い性格になったのは、引っ越しによって全てを失い、それをずっと引きずっていたというのも一因だと思っています。


脱線しました。

話を戻しましょう。


機会はすぐにやってきました。

舞台は教室、休み時間に私をいたぶりきたヤツは、今度は軽く膝蹴りを打ち込んできました。

私はチャンスが来たと思いました。

そしてすぐさま右フックを顔面にブチ込んでやりました。


「いってえな!」


ヤツもキレて全力のパンチを顔面に返して来ました。

それで確信しました。


(やっぱりこいつ雑魚だわ!)


痛みは全く感じませんでした。

その代わり全身の血が沸騰するような高揚感に包まれました。


歓喜です。

大歓喜です。


私は待ってましたとばかりに顔面パンチを3連発でお見舞いし、ひるんで後ろに下がったヤツの腹に全力の右ミドルキックをぶちこみました。

そして蹲りかけたヤツに追撃を試みようとした所を周囲に止められました。


「どうだ! いてぇだろ! ざまあみろ!」


もっと徹底的にボコボコにできなかった腹いせに吠えてしまいました。

静まり返った教室に自分の心臓の音がうるさかったです。

今考えると完全に殺す気で殴りに行っていたので、止めてくれた友人には感謝しないといけませんね。


それをきっかけに私へのいじめは無くな...る事はなかったですが、ヤツからサンドバッグ扱いされる事はなくなりました。


「アイツの拳は硬い」


いつかヤツがそう友達に話していたのを、しっかりと私の地獄耳はとらえていました。


他にもクラスで一番ヤバい奴扱いされていた不良とも本気の殴り合いをしました。

しかも音楽会の最中です。何がきっかけだったのか忘れましたが、そいつも私をサンドバッグ扱いしようと後ろの席から背中を小突いて来たので、振り返って胸を殴り返してやりました。


そこから両者立ち上がっての殴り合いがスタートです。

速攻で周囲に止められましたが、無関心だった先生達は何をやっていたんでしょうね?

「正気かよお前...」とそいつの取り巻きの一人からドン引きされました。


以上、思い出話はおしまいです。

楽しかったですか?


会長と練習生に優しく迎えてもらったおかげで「ここでやっていけそう」と感じた私は「次の水曜日に入会の手続きいいですか?」と人生にキックボクシングという潤いを取り入れる事を決定しました。


車で片道20分くらいの帰り道で何を考えていたかは残念ながら憶えていません。

たぶん褒められた事が嬉しくてニヤニヤしてたんじゃないかというのが予想です。

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