それでもキックが好きだった
工場の仕事を辞めた後は期間限定の仕事ばかりを選んで仕事をしていました。
理由は以前に語った通り、イチイチ退職の意思を伝えるのが面倒だったからです。
風俗遊びもペースダウンして1年に1回くらいになっていました。
私は終わりの見えない物に取り組むことが苦手と言うか嫌いです。恐怖を感じるくらいです。
定年までここで働くのかと思うとやる気が失せてしまうのです。
しかし、仕事の方は一応真面目にこなしてはいました。
残業を頼まれる事も多く『都合のいいひと』である私は断れなかったので、キックの練習も週1ペースになってしまっていました。
いや、これは言い訳ですね。
無職だった時期も週2回以上の練習に通うのが億劫になっていました。
せっかく勝ち星が五分に戻ったのに台無しですね。
自分から試合に出たいとも思っていませんでした。
この時期にどういうモチベーションでキックを続けていたのか本当に謎です。
何を考えていたのか当時の私に聞いてみたいものです。
それでもキックが好きだった。
という事にして話を進めましょう。
それ以外に納得できる理由が見つかりません。
※ ※ ※ ※
アーミー戦から1年近く経っていたと思いますが、正確なところは良く分かりません。
大宮の大会にBさんがCクラスで参戦する事になりました。
今回はキッズクラスの参加者は無し。
他に出る人がいなかったのでBさんが心細いと思ったのかどうかは知りませんが、会長が「マエカワくんも出る?」と聞いてきました。
「出ろ」と言われたら断れないのが私です。
「出ます」と答えた私に困惑気味に「出るんだ」と会長は呟いていました。
おそらくダメ元な上に明らかに練習不足だった私が「出る」と言うとは思わなかったのでしょう。
これでBクラスでの出場が決定です。
準備期間は1ヶ月と少しだけだったと思います。
バリバリ練習していたBさんと違って、私はなるべく週2ペースと土日の自主練習に行くという、超ゆるゆるモードでした。
練習は本部ばかりだったと記憶しています。
プロテイン事件のせいで「そういうヤツ」がいる支部には行きたくなかったからです。
バチバチやる気分でも無かったというのもあります。試合が近づいてもやる気はほとんど湧いてこなかったです。
それを会長や他の会員に咎められた事は一度もありません。
『プロ目指す気は無いんだな』というのは伝わっていたと思います。
格闘技ナメすぎですからね。
支部にも通っていたBさんが真剣に練習に取り組む姿を見て「やっぱりスポーツマンは違うな」とか思っていました。
私には理解はできても真似はできない精神です。
ちなみに私はスキーもドヘタクソです。
Bさんはかなり上手くなっていたので「勝つんだろうな」と思って見ていました。
彼女の攻撃は以前にも増してキレていたので、入っては辞めてと入れ替わりの多かったその他大勢の男性会員よりよほど強く見えました。
もちろん体格差がありすぎるので本当に強かったわけではありません。
私の勝手なイメージです。
彼女の友達だった残りの二人もキックは続けていましたが、練習で見かけることはほとんどありませんでした。
子供をキッズクラスに通わせていた人も送り迎えだけしていたのか、一緒に練習した記憶がありません。
これはサボリぐせのついていた私の方が練習に来てなかっただけというオチもあります。
たった二人の出場者でしたが、試合についてどころか会話らしき会話もしていなかったですね。
「お互いがんばりましょう!」くらいは言ったかもしれません。
相変わらずの薄情者です。
オマケに自分の試合にも「勝っても負けてもどっちでもいいや」という最低な心構えでした。
入れ替わりの多かった男性会員についても少し触れておきましょう。
全くの素人だけどパンチが超強力という人がいました。
体重は60kgぐらいだったと思います。
すごい音を出してサンドバッグを殴る様子を見て、会長に「あの人のパンチ強いですよね」と言ったら「試合じゃあんなの使えないけどな」と返されてしまいました。
結局すぐに辞めてしまいました。
元プロだった人も入会してきました。
ムエタイ出身で、山本さんに首相撲のやり方を教えていました。
私はスパーリングでその餌食になり、めちゃくちゃ苦しめられました。
脱出の仕方くらい習っておけばよかったです。
しかし、女性会員とのスパーリングでも強い攻撃を繰り出していた事に辻倉さんがキレてしまい。
「アイツをシメる」
と言って、ガチめのスパーリングを挑んでボコボコにした事で続けるのが嫌になったのか、ジムを退会してしまいました。
もう一人元プロという人も入会してきました。
今度はなんとヘビー級です。
ややぽっちゃり体型でしたが、私にとってヘビー級ファイターは憧れだったので、出会った時はめちゃくちゃ興奮しました。
脚に入れ墨があり、更衣室で私がそれを見てしまった時に「あっすいません」と謝られました。
やっぱり私は格闘技やるタイプの人間には見えなかったのだと思います。
怖がらせてしまったと勘違いしたのでしょう。
彼とスパーリングする機会もありました。
会長は「ウチの最軽量と最重量の戦いだな」と笑っていました。
この時の体重も52か53kgだったと思います。
そこで私は衝撃の体験をします。
彼が放ったジャブが顔に当たった瞬間、自分の頭がバスケットボールになったのかと錯覚しました。
もちろん手加減しての攻撃ですが、これがヘビー級のジャブか...と。
本気でニヤけてしまいました。
これ全力で当てられたら確実に死ぬヤツじゃんと感動していました。
パンチを被弾するたびに感動していましたね。
手加減してくれているのは分かったので恐怖は全く感じなかったです。
〇ー1ファイターはこれ以上の攻撃を食らっていたのかと思うとニヤニヤが止まりませんでした。
変ですかね?
相当手加減してくれたのか、蹴りは全く痛くなかったです。
というか手加減攻撃であれだけクソ痛い多田さんの蹴りってマジですごいんだなと思いました
案外本気の蹴りだったのかも知れませんが、真相は闇の中です。
結局彼も仕事が忙しくなってジムに通える時間が無くなったのか、すぐに辞めてしまいました。
ですが、彼とスパーリングした経験は〇ー1ファンだった私にとって宝物の一つです。
他にも色んな人が入会してはすぐに退会という事がありましたが、私の印象に残っているのはこの三人だけです。
女性会員の方は全く増えませんでしたね。
レディースデーを作りたがっていた会長はガッカリしていました。
※ ※ ※ ※
さてさて試合当日です。
身体のコンディションはまあまあでしたが、精神の方は「どっちでもいいや」という投げやりな物でした。
格闘技というかスポーツをナメてますよね。
これ見てるかもしれないアマチュアスポーツ選手の方はどう思います?
車は会長が出してくれました。
会長と奥さんと子供、そして私という謎の組み合わせです。
奥さんはビデオ係だったのかもしれません。
子供は別にキッズクラスに出場するわけでは無かったので、お留守番できないと判断して連れてきたのでしょう。
Bさんの方は旦那さんが車を出して、三人娘を含む友達軍団と一緒だったみたいです。
全部で7,8人はいたかな?
私はなぜか助手席に座って、会長と色んな話をしての道中でした。
そこで「マエカワくんも体育館とかで指導者やってみない?」という話になりました。
私は「いやぁ私には無理でしょう」と言いましたが、会長は「俺がマエカワくんと同じ歳の頃には道場任されていたから大丈夫」と全く大丈夫じゃない返しが来ました。
それに関してはテキトーに流しておきました。
どういう形であれ、キックで食っていこうという気が全く無かったからです。
一貫して趣味の一つでしたね。
この時期も孤独を愛する人とかっこよく言ってみましたが、一人で遊ぶ事が気楽で好きでした。
キックで友達作って一緒に飲んだり遊んだりしたいとは思わないのも変わらなかったです。
酒の席も嫌いでしたしね。
というか人生でサシ飲みをした経験は一回もありません。
辻倉さんと話した時「最初に会った時から良い人だと思ってました」と言ったら、大興奮で「マジッスか!? マエカワさん今度一緒に釣り行きましょうよ!」とめちゃくちゃ喜んでいました。
これは本心したが、結局釣りには行かなかったです。
コミュ障でごめんなさい。
デイケアで友達はできましたが、一緒に遊ぶという事もありません。
トラブル回避のために連絡先交換するのも一応禁止になっていますしね。
「僕は友達いないです」と言ったら「そんな事言わないでくださいよ、僕らもう友達じゃないですか」と言われた時は本当に嬉しかったです。
後は文章書いて世界と繋がる事で寂しさを紛らわせています。
Xもやっていますので、よろしくお願いします。ウェブサイトから飛べます。
今のところフォロワーは1人です。
ほぼ統合失調症の後遺症(?)の愚痴です。
たぶん全く面白くありません。
こんなのをなろうに書くやついるんだろうか?
やっぱり私は変人かもしれません。
会長との会話は内容ほとんど憶えてないので後はカットです。
練習不足を怒られたという事はありません。
試合するとかナメてるのかとも言われていません。
途中、急ブレーキをかけて驚かされるというイタズラはされました。
危ないので皆さんは絶対にやめましょう。




