ミッキーの愛拳
タッチグローブの後、私は一気に間合いを詰めて連打を仕掛けました。
結果はほぼ全弾命中、ミッキーは大きく後退しました。
(ここで潰す! 潰さなきゃ負ける!)
私は態勢の崩れたミッキーに突進し、試合開始10秒も経たない内に勝負を仕掛けました。
フルパワーのパンチラッシュです。
追撃で4連発以上は顔面をとらえたと思います。
(いける! このままぶっ潰す!)
焦りから完全に冷静さを失っていました。
中島さんの提案したファイトプランなんてスッポリ頭から抜けていましたね。
全身の血が沸騰するような感覚でした。
(倒れろ! 倒れろ!)
そう願いながら連打を続けようとしていた時、顔面に強烈な一発が来ました。
ミッキーのストレートです。
ガチン! という音がしました。
鼻に直撃です。
あまりの衝撃に脳がバグを起こしました。
(こいつのパンチ"辛い!)
しかし、私は倒れませんでした。
それどころかほぼノーガードでミッキーの顔面目掛けて全力のパンチを繰り出し続けました。
私にはスパーリングの時、プレッシャーをかけられた時に真っすぐ下がってしまうという悪癖がありましたが、試合では1度も後ろに下がった事はありません。
ピンクマンやコーラと戦った時もそうでしたが、意識してやっていたわけではないです。
自分の打たれ強さに自信を持っていたわけでもありません。
事実、多田さんのジャブでダウン奪われた時に『別に自分はタフなわけではない、相手もヘタクソなだけ』と思い知らされていたからです。
私はひたすらミッキーの顔面を狙い続けて追いかけまわし、ミッキーはガードの甘くなった私の顔面に有効打を打ち込むという乱打戦になりました。
おかげで「あれは止めなきゃダメだよ」と試合後にセコンドに立った中島さんは会長にダメ出し食らっていたらしいです。
それに対して中島さんは「だってイケると思ったんだもん」と帰りの車の中で漏らしていました。
最初の攻撃以外『効いた』という攻撃はありませんでした。
痛みもまったく感じません。
それでもミッキーの有効打が当たる度に「打ち返さなきゃポイント取られる!」と必死になってパンチを繰り出し続けました。
連打、連打、連打です。
ガードの上からだろうがお構いなしでパンチを打ち続けました。
そして打ち終わりにミッキーに反撃されるという展開です。
(俺のパンチ効いてないのか?)
途中、そんな不安が頭をよぎりましたが、そんな事より顔面殴らなきゃと言う意識が勝りました。
ローキックもほとんど使っていなかったと思います。
おまけにボディ打ちができないモノだから、上下のゆさぶりもへったくれもありません。
カーン! とゴングが鳴り、1ラウンド目が終わりました。
私はフルパワーを使った代償とおそらく顔面攻撃のダメージもあったのでしょう。
加えて近眼だったこともあってニュートラルコーナー(自陣でも敵陣でもないコーナー)に帰ろうとしてしまいました。
「マエカワさん! こっち! こっちです!」
中島さんの叫び声に反応して、リングをキョロキョロ見回し、恥ずかしい事をやってしまったと苦笑いを浮かべて自陣コーナーに戻りました。
「大きく息吸って、吐いて、まず落ち着きましょう」とか「相手パンチ効いてます。あと、ガードが下がってるんで気をつけましょう」
と言ったアドバイスを貰った気がしますが詳細は忘れました。
そんな事よりヤバいなと思ったのが、すでに酸欠一歩手前だったという事です。
今でも格闘技の試合を観る時、1ラウンドに大攻勢をしかけていた選手がガス欠起こして逆転負けする姿を見ると「プロでもやっちまうんだな」と共感を覚えます。
インターバルの間はとにかく「苦しい」としか思って無かったです。
後は「酸欠でKOとかダサすぎるだろ」とも考えてました。
1分間の休憩はあっと言う間に去ってしまいました。
体力はほとんど回復しなかったです。
ですが無情にもラウンド2は始まってしまいます。
私は疲労困憊の身体にムチを打って再び乱打戦を挑みにかかりました。
セコンドの言う事をまるで聞いていません。
アホです。
気持ちは前のめりでしたが、身体の方がついてきてくれません。
間合いを詰めて連打を試みますが、その度に有効打を返されるという不味い展開です。
「左ストレート当たるよ!」
ミッキーのセコンドの声が聞こえました。
私は「左ストレートってなんだよ」と思いながら、ふと冷静になってミッキーの構えを見ました。
サウスポー(左手を後ろにした構え)でした。
つまり私は2ラウンドの中盤まで相手がどっち構えなのかもわからず戦っていたのです。
完全にアホです。
辻倉さんには「相手がサウスポーかどうかなんて一番最初に確認する作業ですよ」と後日ダメ出しされました。
ですがそんな事はもうどうでも良い、とにかく攻撃を当てなきゃと踏み込んだ直後。
ミッキーの左ボディストレートがカウンター気味に突き刺さりました。
疲れていたのか、パンチが効いていたのかわかりませんが、攻撃はヘロヘロでノーダメージでしたが、私はその見事な一撃に...
(うわぁヤベェ! 今の超かっこよくない!?)
とキュンキュンしてしまいました。
キックボクシング人生で一番ときめいたのがこの瞬間です。
「相手も疲れてんだ! 行け!」
中島さんの激でなんとか力を振り絞って突撃を試みましましたが、防御が甘くなっているせいで反撃のパンチを何発も被弾してしまいました。
「ガード上げろぉおおお!!!」
中島さんの全力の怒声を受けても腕が重くてガードはあがりません。
おまけに完全に酸欠状態です。
汗で滑って転んだ時もなるべくゆっくり立つようにしていました。
ラスト30秒。最後にラッシュを仕掛けたかったですが、もう体力は残っていませんでした。
そして試合終了。負けたと確信しました。
結果は0-2の判定負け。
ジャッジの一人が1ラウンドを私に付けていました。
最初のラッシュと手数を評価されたのでしょう。
しかし負けは負けです。
試合後は悔しさよりも、酸欠KOにならなくて良かった。
と安堵したのを憶えています。
ちなみにこれを機に「強くなってやる!」と燃えなかったのが私と言う人間です。
「ありがとうございました」とタッチグローブを交わしてリングを去りました。
会長からは「まっ、冷静にやれば勝てる相手だったな」と励まされました。
後日談として同じ大宮の大会でミッキーの試合を運よく観戦する機会がありました。
ダウンを奪われてからの逆転勝利です。超カッコイイ!
私はよくあんなの相手に最後まで立っていられたな、とちょっと誇らしくなりましたとさ。
めでたしめでたし?
※ ※ ※ ※
ミッキーとの激闘後。
私は酸欠とおそらく顔面攻撃のダメージで1時間ほど横になっていました。
時々吐き気が襲ってきて、何度かタオルに黄色い胃液をぶちまけてしまいました。
その間、中島さんはずっと側にいてくれました。
「この人はこのまま死ぬんじゃないか?」
とか冗談半分に思っていたそうです。
ミッキーが挨拶に来てくれたらしいのですが、私には全くその記憶がありません。
下手すると短時間気絶していた可能性もあります。
対応は中島さんがしてくれたみたいで「好青年だったよ」と言われました。
多田さんの試合はまだまだ先だったので、休息は十分に取れました。
むくりと起き上がった時「あっマエカワさん復活した」と中島さんに笑顔を向けられました。
試合の総括としては中島さんのアドバイスをガン無視した戦い方をしたことで「やるなって言われた事を全部やって負けた」と反省しました。
ウソです。
反省だけなら猿でもできるが、猿ではないので反省はしません。
体力回復した後はミッキーに挨拶しにいこうかな...とは全然考えなかったです。
毎度毎度コミュ障を言い訳にしてすいません。
それにもうミッキーの顔もジムの名前も忘れてしまっていました。
私は自販機で飲み物買ってまったりする事にしました。
多田さんの激励にも行った気がしますが、よく憶えていません。
「勝てませんでしたすいません」とか言った記憶がありますが捏造の可能性が大です。
Bクラスの試合が終わり、Aクラスの試合に移りました。
スタッフがリング周りにパイプ椅子を並べて観客席を作っていました。
たしかそのはずです。最初から並べてあったかもしれません。
間違ってたらごめんなさい。
多田さんの相手は格上でしたが、本人は「オイシイ相手」と言っていました。
セコンドには会長と中島さんが付いたので、私はビデオ係として遠巻きに観戦という事になりました。
試合は技術戦というようなシブい内容の試合になりました。
手数で勝っていた多田さんはすごいと思いましたが、あのクソ痛いローキックを何発も食らって立っている相手もすごいなと感じました。
結果は2-0の判定勝ち。私と逆ですね。
帰りの車では多田さんが助手席で私は後ろでした。
多田さんは「運転代わりますよ」と言っていましたが、中島さんが断っていました。
当然運転ドヘタクソな私はそんな事は言えません。
夕食を食べるためにサービスエリアに止まった時、多田さんから「大丈夫ですか? ダメージないですか?」と聞かれたので「大丈夫です。強いて言うなら心が痛いです」とボケておきました。
実はこれ、中島さんが負けた時に言っていたボケのパクりだったのですが、多田さんは私がボケるとは思ってなかったのか驚いていました。
中島さんに「マエカワさんがボケた」と告げ口をしていたので「中島さんのパクりですよ」と言ったら、「僕のギャグが役に立ってよかったです」と笑って返されました。
中島さんと多田さんはガッツリ丼を食べていましたが、私は食欲が無かったのでおにぎりを一個だけ食べました。
車内では多田さんと中島さんはエロトークなんかせずにお互いの家庭の話をしていました。
時々中島さんが私に話題を振ってくれましたが、何話したかは全然憶えていません。
多田さんみたいに冷静に戦いたい。
という話はした気がします。
中島さんは「いいじゃないですかアレがマエカワさんのファイトスタイルで」と言ってくれました。
黒星を付けられた事はちょっとは悔しかったですが、まあ私なんてこんなもんだろ。
と現実の厳しさを知った一日となりました。
それでもやっぱり「練習頑張ろ」とは思わない私でした。




