文明の灯火を求めて(生存への方向転換)
「……眩しい」
東の空から昇ってきた太陽の光が、遮るもののない俺の顔を容赦なく照らした。
あたり一面、黒焦げの木屑と獣の死体。かつて「我が家」と呼ぶはずだった木造小屋は、完全に灰化してパチパチと小さな煙を上げているだけだった。
異世界転生3日目の朝。
俺は、全身煤まみれ、服は破れ、肉体疲労は限界突破という、前世のデスマーチ最終日でも経験したことのないレベルの満身創痍の中にいた。
「ハハ……。レベル5になったのに、ステータス画面を見る元気すらねぇよ……」
ぐぅぅぅ、と腹が鳴る。
アイテムボックスには、昨日解体した生肉がまだ残っている。だが、今の俺にはそれを再び焼いて、あの味のしないゴム草履を噛みちぎる気力は残っていなかった。
何より、精神が限界だった。
周囲の森から鳥の鳴き声が聞こえるが、今の俺にはそれが「新たな魔獣の接近」を告げる警報にしか聞こえない。スキル【危機感知:Lv2】のせいで、神経が過敏になりすぎている。
「これ以上、ここにいたら確実に死ぬ。精神が狂うか、餓死するか、別の化け物に食われる」
認めよう。
俺に「自給自足ののどかなスローライフ」なんて高等な真似は不可能だ。
元SEの俺は、社会のインフラ、分業体制、そして法律という強固なシステムに守られて初めて生き長らえていた、ただの「ひ弱な現代人」だったのだ。
「女神の言う通りにするのはやめだ。俺は……人間がいる場所に行く」
街だ。村でもいい。とにかく、誰かが作ったコミュニティに滑り込まなければ明日はない。
幸い、目の前の川は一方向に流れている。文明というものは、大抵水の便が良い川沿いに発達するものだ。川を下っていけば、いつかは人に会えるはずだ。
「よし、【危機感知】、頼むぞ……」
俺は鉄の短剣をしっかりと握り直し、川のさらに下流を目指して歩き始めた。
川沿いの道なき道を進むのは、想像以上の重労働だった。
生い茂る草むらを短剣で切り開き、ぬかるむ泥に足を捕られながら進む。少しでも茂みがガサリと揺れれば、心臓が跳ね上がり、短剣を構えて周囲を警戒する。
道中、木の実やキノコを見つけるたびに【鑑定】を飛ばしたが、
『食べられるが強烈な幻覚を見る』
『摂取後30秒で心肺停止する』
といった物騒なものばかりで、まともな食料は一切手に入らなかった。この世界の自然は、本当に人類に対して敵意でもあるんじゃないだろうか。
歩き始めて、およそ4時間。
足の裏にいくつもマメができ、一歩進むごとに激痛が走るようになった頃。
【危機感知】が、これまでとは違う、ピリッとした奇妙な感覚を俺の脳に伝えた。
正面の、少し開けた河原からだ。
(また魔獣か……!?)
俺は息を殺し、木陰に身を潜めて河原を覗き込んだ。
そこには――。
「――おい! しっかりしろ! 誰か、誰かいないのか!?」
人間の声だ。
焦燥に駆られた、若い男の声。
見れば、河原に一台の粗末な木製の馬車が停まっていた。いや、停まっているのではない。車輪が一本、完全にへし折れて傾いている。
そしてその傍らで、一人の少年が、地面に倒れ伏した年配の男の体を揺さぶっていた。
「じいさん! 目を開けてくれ! クソッ、毒が回ってる……!」
【鑑定】を男たちに向けて発動する。
> **【アレン(16歳)】**
> 職業:新米商人
> 状態:健康・極度のパニック
> **【ムト(62歳)】**
> 職業:御者
> 状態:重度の中毒(フォレスト・スパイダーの毒)、衰弱(残り体力わずか)
「人間だ……。本当に、人間がいた……!」
俺の胸に、言葉にできないほどの安堵感が押し寄せた。
だが、状況は一刻を争うようだ。あの御者の老人、このままだと確実に死ぬ。
俺のアイテムボックスには、解毒薬なんて上等なものはない。
だが、俺には前世で培った「問題解決のためのロジック」と、この2日間命がけで手に入れた「異世界の知識」がある。
(フォレスト・スパイダーの毒……。待てよ、昨日、解体したウルフの残骸をアイテムボックスに仕舞う直前、ウルフの胃袋の中身を【鑑定】した時のテキストに、何か書いてなかったか!?)
必死に記憶のログを検索する。
『ウルフはフォレスト・スパイダーを主食としており、その胃液にはスパイダーの毒を中和する成分が含まれる』
「……繋がった」
俺はゴクリと唾を飲み込み、煤まみれの体を起こした。
第一印象は最悪だろう。血塗れでボロボロの男が突然現れるのだから。だが、ここで日和れば文明社会への切符を失う。
「おい、そこの少年!」
俺は木陰から飛び出し、声を張り上げながら河原へと駆け出した。
元SE、異世界転生3日目。ついに、初めての「他者」との接触である。




