味気なきご馳走と、夜這いする絶望
「ただいま、我が家……。いや、我が避難所」
半壊した小屋に戻った俺は、ぐったりと床に座り込んだ。
爆破イチゴのおかげで、壁には綺麗な(綺麗ではない)大穴が空いている。ここから差し込む夕日が、俺の血塗れの服を虚しく照らしていた。
だが、感傷に浸っている暇はない。暗くなる前に、こいつを処理しなければ。
俺はアイテムボックスから、苦労して解体したウルフの肉塊を取り出した。
「よし、まずは火だ。【生活魔法:着火】」
ボッ。
昨日あんなに苦戦した火起こしが、今やスキルのおかげで一瞬だ。少しだけ人間らしい生活に近づいた気がして、自嘲気味な笑いが出る。
俺は枝をナイフで削って串を作り、ウルフの赤身肉を突き刺した。そして、焚き火のゴウゴウと燃える炎にかざす。
じちちち……と、脂の焼けるいい音が響き、香ばしい匂いが小屋の中に広がった。
「おお……! 匂いは完全に『焼き肉』だ!」
ここ数日、まともな固形物を口にしていない。胃袋が猛烈に自己主張を始める。
表面がこんがりと狐色に焼け、肉汁が滴り落ちたところで、俺は肉に噛みついた。
「うぐっ、硬い……!」
思わず顎が外れるかと思った。
フォレスト・ウルフの肉は、前世で食べたどの肉よりも筋張っていて、まるでゴム草履を噛んでいるかのように強靭だった。
おまけに、野生動物特有の獣臭さがガツンと鼻に抜ける。
そして何より――。
「味が……しない。ただの『熱くて硬い獣の繊維』だ……」
知ってはいた。知ってはいたが、塩がないだけで、肉というのはここまで味気ないものなのか。
前世では、唐揚げにレモンをかけるか否かでネット論争が起きていた。今思えば、贅沢の極みだ。レモンどころか、小さじ一杯の食塩のために、今の俺なら全財産を差し出せる。
それでも、あごの筋肉を酷使しながら、必死に噛みちぎり、喉の奥へ押し込む。
生きるためだ。タンパク質を摂らないと、明日動けなくなる。
「ごちそうさまでした……」
なんとか一切れを完食した時、周囲は完全に夜の闇に包まれていた。
満腹には程遠いが、胃に食べ物が入ったことで、少しだけ体が温かくなる。
だが、本当の地獄はここからだった。
ヒュゥゥゥ……。
「寒っ……!」
壁の大穴から、容赦なく夜の冷気が吹き込んでくる。
この世界の夜の気温低下は異常だ。前世の日本の秋物ジャケット程度(しかも返り血でガビガビ)の服装では、寒さで体中がガタガタと震え出す。
俺は焚き火の火を絶やさないように薪をくべ、そのすぐ横で丸くなった。
だが、火に面している側は熱いほどなのに、背中は氷を押し当てられているように冷たい。
(眠りたい。でも、眠ったら火が消えて凍死するか、また魔獣に襲われる……)
まさに四面楚歌。
さらに最悪なことに、昼間の解体で体に染みついた「血の匂い」が、服から、そして大穴の空いた小屋から、外へと漂い出していた。
闇の向こうから、ガサリ、と草むらが揺れる音が聞こえた。
「……ッ!」
俺は飛び起き、短剣を構える。
昼間のウルフ戦で獲得したスキル【危険察知:Lv1】が、脳裏で警報をガンガンに鳴らしていた。
大穴の向こう、月の光に照らされた草原に、複数の「影」が蠢いている。
それらは、昼間のフォレスト・ウルフよりも一回り小さいが、数が違った。5匹、6匹……いや、10匹はいる。
「おいおいおい……群れかよ!?」
ウルフの死体をアイテムボックスに隠しても、俺自身が発する血の匂いまでは隠せなかったのだ。
彼らは復讐のため、あるいは新たな獲物を求めて、この半壊した小屋を包囲しつつあった。
ギチチチ……と、飢えた獣たちが牙を鳴らす音が、静まり返った夜の森に響き渡る。
「スローライフなんて……できるわけないだろぉぉぉ!!」
俺は涙目で叫びながら、アイテムボックスから残りの【爆破イチゴ】を掴み出した。
文明を失った元SEの、生き残りをかけた2日目の夜戦が、今幕を開けようとしていた。




